第307話




 王城の食堂に繋がっている調理場。

 前は30人で、王城に勤めている文官や兵士全員を対応していたけど、ここ最近で訪れる人が増えた事でこの人数では対応出来無い程に忙しくなり、遂に料理長が増員を決定。

 それによって50人まで人数が増えたんだけど、全員がすぐに調理に関われる訳じゃ無い。

 増えた人員は、まずは野菜の下拵えや食器洗い等を行い、元々いた人達が調理を行う事になった。

 勿論、それで文句を言う人達もいるが、料理長が『だったら俺を納得させてみろ!』と、これまで月一で文句を言った人達に料理をさせて、ケチョンケチョンにしていた。

 文句を言った人達は、確かに調理に携わった人達もいたけど、大半は入ったばかりの新人で、予算や調理時間を一切考えずに、贅沢に材料を使ったり時間を考えずに作ってしまっている。

 当たり前だけど、王城の調理場だって無尽蔵に予算がある訳じゃ無く、調理時間も考えなければならない。

 かと言って、材料をケチりすぎるのも駄目だし、早過ぎると提供まで保管する事になって、提供する頃には冷めてたり、パサパサになってしまう。

 一応、調理場にも料理を保管する為に魔法袋があるけど、それだって数がある訳じゃない。

 それに、魔法袋で保管する料理は食堂で提供する以外に、特別な方達に提供する為の物で、王族と言ったほぼ国のトップと、近衛や軍務卿サーダイン公爵様魔法師団長トレバー老と言った王族を守る人達の為に使われている。

 王族以外は、警備や防衛の為に毎日決まった時間に食べられる訳では無いから、別に保管する必要があるので、別に魔法袋を準備されている。


 あ、私の名前は『キャスリー=ノーレッジ』と言います。

 今日付で、下拵え班からパン焼き担当に格上げされた、王城調理室所属3年目の調理師です。

 元々は陸軍兵士でしたが、女だからと調理担当を押し付けられていたけど、元々料理をするのは好きだった事もあり、文句も言わずに料理をしていたら、その丁寧な仕事を料理長に認められ、兵士としては実力は平凡だったので、そのまま調理師として引き抜かれた。

 元々陸軍に入ったのも、両親が大怪我をして作ってしまった借金を返済の為、私の様な平民が大金を稼げるのが軍だったからで、同じくらい稼げるならどこでも良かった。

 そうして3年間、必死に調理場で下拵えをしながら借金返済をしていたら、料理長が師匠と呼ぶ人物が現れた。

 正直、その師匠を最初見た時は全員が叫んでいた。

 それも仕方無いよね。

 でも、この師匠は凄い。

 私達下っ端にも、本来は教えてくれない様な調理の方法を教えてくれる。

 その中でも私が気になったのがパン焼き。

 今までパンと言えば、重く固く、そのまま食べるには苦労する物だったが、師匠が『コウボ』という物を使う事で、今まで無かった軽く柔らかいパンが焼き上がる。

 『コウボ』にも種類があって、それによってパンの風味も変わると言うから難しい。

 そのパンが大人気になってしまい、供給が追い付かなくなるとして真っ先にパン焼き専用の窯が増設され、今回の人員増加でパン焼き担当が増やされた。

 それが私なのだが、出身が平民であるからと増えた人員から疎まれている。

 勿論、所属している期間は私の方が長いから、直接言う人はいないが、影では色々と言っているのは知っている。

 同僚からは『君が気にする必要は無いし、酷いようなら料理長が叩き出すさ』と言っている通り、この調理場では師匠を除いて、料理長が全権を持っているので、料理長の一言でクビにも出来る。

 そして、今日は私がパン生地を作ってパンを焼く日。

 今まで通り、日が昇る前に準備して、提供する少し前に焼き上がる様にして、鉄板に並べたパン種を窯に入れて焼き上げる。

 そうして焼き上がったパンを冷ます為に、窯から取り出して、机に置くんだけど何か違和感を感じた。 

 見た目は普通に焼き上がったパンだけど……

 そして、その内の一つを手にして、その違和感の正体がハッキリし、私の顔から血の気が引いていった。




 今日の朝食は、パンに生野菜サラダ、オーク肉の塩漬けを薄くカリカリに焼いて腸詰も付けて、トマトソースを添え、スープを出す予定になっている。

 ただ、これまでの人員数では限界が来ていたから、いずれは人員を増やす予定だったが、急遽、その予定を前倒しして増やしたのだが、そのせいで調査が間に合わず、鹿

 王城の調理場と言うのは、色々な貴族と顔繋ぎが出来るし、裏で色々な事も企めるから、こっそりと貴族の子息があの手この手で入り込もうとして来る。

 その子息に性格とかに問題が無いのであれば、何も問題は無いのだが、そんな事を企む奴等に問題が無い訳が無い。

 特に多いのが貴族こそ上位の存在で、平民は貴族に従うべきと言う選民思考だ。

 だから、そう言った選民思想を持った馬鹿を調理場に入れたくないので、事前に調査をしていたんだが、急遽人員を入れる事になった事で、入り込んだようだ。

 当然、そんな馬鹿はいらんが、クビにするには一応正当な理由が必要だ。

 で、今回はその証拠集めがやっと終わったので、そんな馬鹿共を叩き出す。

 そう思って調理場の扉を開けたら、何やら騒がしい。

 その騒動の中心にいるのは、パン焼き担当になったばかりのキャスリーと数名の連中。

 全く、朝の忙しい時に……


「お前達、屯っているのは良いが、朝食の準備は出来ているのか!?」


 俺の言葉で、その場にいた全員が此方を見るが、一体なんだと言うのだ。


「りょ、料理長、実は……」


「この女、このクソ忙しい時に、を作っちまったんですよ」


「しかも、パン種も全部使っちまったんで、どうやっても間に合わねぇっす」


 キャスリーの声を遮ったのは、新しい人員として調理場に採用された『トラス』と『キーガン』の二人だ。

 しかし、だと?

 取り敢えず、キャスリーが今日焼き上げたというパンを手にしてみると、良く焼けていると思うが、成程、確かに妙に軽い。


「キャスリー、二人の言う通り全部なのか?」


「す、すみませんっ、でも、指示されていた通りの分量で作った筈なんです。 それなのに……」


 キャスリーの言葉を聞いて、指示をしたというパン焼き担当のもう一人の方を見ると、頷いていた。

 もう一人のパン焼き担当は、この担当になってから10年のベテランだ。

 そのベテランが間違った指示を出すとは思えない。


「兎に角、原因探しは後にするが、どうするか……」


 今から新たにパン種を作り直して、焼き直すというのは時間的に不可能だ。

 かと言って、パンより早く提供出来るコワを炊くにしても、そうなると献立を変えなければならないから、どの道時間が足りない。


「ここはやはり、買い取るしかないのでは?」


「買い取ると言うが、何処から……」


「それは当然、城下の店からですよ。 それに王城で使われるのですから、金を払えば喜んで売るでしょう」


 トラスの言葉に頭が痛くなる。

 そんな事をすると、城下の店から庶民に提供するパンが、一時的とは言え消える事になる。

 確かに、王城で使われたというのは一種のステータスにはなるだろうが、今回は緊急で使うだけで、それでは何の意味も無いのだ。

 それに、正直、王城で提供する料理に何か混ぜ物がされたら、という危険性もある。

 だから、そんな事は認められない。


「駄目だ、管理されていない店の物を使う訳にはいかん」


「ですが、このままだと」


『ぁー……研究してたら徹夜しちまった……って、どうした?』


 そんな事をしていたら、師匠が扉を開けて入って来た。

 その師匠の姿を見て、トラスとキーガンがたじろいでいるが、まだ日が浅い二人には仕方無いだろう。

 溜息を吐きながら師匠に現状の事を説明する。

 その説明を聞いて、師匠がキャスリーの作ったパンを手にすると首を傾げてた。


『ぁ? 何でこんな軽いんだ?』


 そして師匠がパンを二つに割ると、表面はこんがりと焼けているが、その中身は空洞になっており、薄い皮だけの様な物だった。


「も、申し訳ありま」


『あー、こりゃ使った粉とパン生地を焼く時に温度が高過ぎて、表面が一気に焼けて中のガスが逃げ切れなかったんだな、まぁ慣れてなきゃよくやる事だから気にすんな』


 キャスリーが師匠に謝罪しようとしたら、師匠がなんて事は無いという感じで遮った。

 しかし、このままでは朝食のパンが無い事を説明すると、師匠は少し考えた後、全員に指示を出し始めた。

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