第306話




 新しい菓子専門店のレシピと試作品を作った後、使った手持ちの包丁の水気を拭き取っていた所、少し気になった所があった。

 俺が使っている包丁は、その殆どがドワーフの連中に頼んで作った物だが、切れ味が少し鈍くなってきている。

 丁寧に洗って水気を拭き取った刃に軽く触れると、僅かだが違和感がある。

 こりゃ手入れしないと駄目だな。

 切れ味が鈍くなった包丁なんて、危険極まりない。

 そんな事を考えつつ、桶といつも使ってる手入れ用の砥石を取り出して、水を張った桶の中に沈めておく。

 そして、包丁を一本以外全て取り出し、広げた布の上に並べる。

 果実用の小さく刃が薄い物ペティナイフ骨ごと肉を切る肉厚の物ブッチャーナイフ葉野菜とかを綺麗に切る為の物菜切り包丁肉を細かく解体する為の長く薄い物筋引包丁魚の身を綺麗に切る為の長い物柳刃包丁……

 他にもその用途毎に揃えた包丁がズラリと複数並んでいる。

 ただ、ちっこいのから貰ったあの包丁チタン包丁だけは、箱に入れたままだ。

 と言うのも、あの包丁、滅茶苦茶手入れが難しい。

 他の包丁と違って錆びたりはしないんだが、切れ味が鈍ったからと下手に研ぐと、切れ味が良くなる所か逆に悪くなる。

 なので、かなり慎重に研ぐ必要があるんで、今回は他の包丁の手入れを優先する。

 桶から十分に水を吸った砥石を取り出して、手持ちの包丁を研いでいく。

 数度研いで刃の部分を確認しては、何度も修正していく。

 最初は荒砥で大きく研ぎ、中砥、仕上砥と続けて研いで仕上げる。

 しかし、この使っている砥石も、少し中央が凹み始めてるな……

 後で砥石の方の面直しもしなけりゃいけねぇなコレ。

 そんな事を考えつつ、包丁を次々と研ぎ直していく。

 研ぎが終わったら、その切れ味を確かめる為に、首の鞄から一枚の紙を取り出して、軽く押し当てて引くと、抵抗無く紙が切れる。

 この時、刃が引っ掛かって紙が切れなかったら研ぎ直しだが、今回は全て抵抗無く切れたので終了だ。

 砥石の汚れを流し落し、布で水気を軽く拭き取ってから、『念動力サイコキネシス』で、水分を外に排出させて乾燥させる。

 そう言えば、弟子達は使ってる道具の手入れをしているのを俺は見た事が無いが、いつやってんだ?

 俺は一週間に一度程度の感覚で手入れをしてるが……


「道具の手入れですか? 必要になったらボボンに依頼していますが……」


 弟子がそんな事を言ってるが、そう言えば、此処にはいろんな物を作ってるドワーフがいるんだったな。

 俺も特殊な鍋を作ってもらったが、あのドワーフ、作るだけじゃなくて手入れもしてるのか。


「まぁ一度に大量に頼む事はしませんが、そう言えば、そろそろいくつかの包丁は手入れを依頼しませんと危ないですな」


 そう言えば、少し前に、弟子の弟子が包丁の刃を滑らせて指を切り掛けてたな。

 切りはしなかったが、もし怪我していたら、料理が駄目になる所だった。

 まぁここ最近、弟子達も駆けずり回る程に忙しかったから、手入れが追い付かなかったって理由もある。

 そう考えたら、やはり少しは自分で手入れを出来た方が良いな。


「確かにそうですな。 後でボボンに手入れ方法を指導して貰いましょうか」


 時間のある時にですが、と弟子が言うが、向こうボボンにも都合があるからな、こっちの都合を押し付ける訳にもいかない。

 そうしていたら、何やら外が騒がしい。

 弟子と一緒に部屋を出ると、そこには巨大な魔物が置かれ、その周りにはその魔物を運んできたのであろう兵士達がいた。


「一体何の騒ぎだ?」


 弟子が兵士の一人に聞いた所、冒険者ギルドでこの魔物の討伐依頼が出ており、それを受注して倒した冒険者達からギルドが受け取ったのだが、なんと依頼を出していた依頼人に何かしらの問題が起き、引き渡しが出来なくなってしまったらしい。

 こういう場合、ギルドは依頼人に違約金を求めるのだが、今回はそれが出来なかった。

 何せ、依頼人の商人が死んでたらしい。

 それも、明らかに他殺。

 コレに関しては、殺人事件として捜査される事になったが、問題になったのは受け取った魔獣。

 ギルドには一時的に保管する倉庫はあるが、それでも売れるまで置いておく訳にもいかない。

 内臓は使い道がないので、引き取った際に一応処理した後らしいが、ギルドとしては早めに手放したい。

 そこで、日々の訓練や警備で動き回り、食糧の消費が比較的多い国に買い取ってもらえないかと話が来たらしく、国としても別に拒否する理由もなかったので、他に買取希望者が出なかった場合、そのまま買取となる手筈になっていた。

 そして、誰も買取希望が出なかった為、買い取られた物が今日届いたらしい。


「そう言えば、上から近日届くと話が来ていたが……今日だったのか」


 弟子には話が来ていた様だが、詳しい日時は決まっていなかったようだ。

 だが、そうなるとさっさと解体しちまった方が良いだろう。

 見た目は、首が無い鹿とか牛みたいな4足獣型だが、かなりデカくて邪魔になる。

 弟子が兵士に指示を出して、解体場に運び込んで鎖を巻き付けて引き上げる。

 そして、手早く皮を剥ぎ、どんどん解体していくんだが、スゲーなコイツ、肉と脂が程よく付いている。

 関節部分に包丁を突き入れてグルリと廻して外し、どんどん肉塊にする。


「ふむ、コレだけの量は初めてですが、凄いですな」


 解体が終わって詰み上がった肉塊を見て、弟子が言ったが、どうにもこの魔物は珍しい魔物で、手に入るのは相当に珍しいらしい。

 弟子も過去に数回、肉の一部を調理をしただけで、此処までの量は初めてらしく、今から何を作るか悩んでいるが、どんな料理に適してんだ?


「この『ローブモー』と言う魔物ですが、どんな料理にも使えるのですよ。 それこそ、焼きから煮込み、保存食に至るまで、部位によって適した料理はありますが、どれもかなりの味になります」


 ただし、この『ローブモー』って魔物は、かなり警戒心が強い上に、繁殖期以外では単独で行動しており、出会う事すら難しい。

 しかも、繁殖期の『ローブモー』は、警戒心が弱くなって出会う事が容易になるのだが、討伐してもその肉に凄まじい臭みが出てしまい、とてもじゃないが食べられなくなってしまうと言う。

 その繁殖期だが、春から夏にかけてだから、秋から冬は一番美味くなる。

 その為、食糧として考えるなら、繁殖期以外で探し出して討伐する必要があるんだが、その討伐したって冒険者達は相当に腕が良いか、探索が上手い奴等だったのだろう。

 取り敢えず、今回はそんな最上級の肉が全身手に入った状態だから、何でも出来るだろうが、数はそこまで多くは無い。

 どんな料理にするか考えたが、少し思い付いた事があり、後ろ足の一本と使わない骨、一部の肉を俺が別に買い取る事にした。


「一体、その肉で何をするんですか?」


 弟子から聞かれたが、後ろ足の塊肉はこのまま保存食にしようと思ってる。

 少し前、外で色々と買った際に保存食の作り方が書いてあった本が手に入り、そこに大きい塊肉を保存食にする方法が書いてあった。

 ただ、この塊肉の保存食は、使用する肉の品質で味が大きく左右されるらしく、作ってみたいと思っていたが上質な肉が手に入らなかったので断念していた。

 だが、今回手に入ったので、遂に作る事にしたって訳だ。

 まぁ今からやっても、完成するのは来年の予定だけどな!

 そんな事を説明したら弟子もやってみたいと言うので、その方法が掛かれた本を弟子にも見せて書き写させて挑戦させてみることにした。

 この保存食、ベーコンとかと違ってかなりの時間が掛かるが、その分、相当美味いと書かれているだけに、完成するのが楽しみだ。











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-この保存食って?-


-まぁ言ってしまえば『生ハムの原木』ですね。 美味しいんですが、作るのは相当に難しいんですよね-


-メ〇ンと合わせて食べるって言うアレね。 でも、アレってそこまで美味しいって程じゃない気がするんだけど、何でメ〇ンと合わせてるの?-


-それは甘いメ〇ンと合わせた場合ですね。 生ハムメ〇ンは甘味が少ないメ〇ンの甘味を、生ハムの塩味で引き出す目的で合わせたらしいですよ-


-地球人の食に対する執念って凄いわよね。 美味しい物の為に何年も研究したりするんでしょ?-


-聞いた話では、何十年も品種改良をして完成したという果樹もあるくらいですし、特に日本人はその執念が顕著ですね-


-そう言えば、毒でも何度も手順を繰り返して食べれる様にするとか、何があったらそんな事考え付くのかしらね-


-流石に、アレはどうしてそうしたのかは分からないですねぇ-

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