第304話




 ドリュー先生が学園に戻って来たという事で、ワシは学園から去る前に授業内容を引き継いでもらう為、生徒達との授業をしながらドリュー先生に授業内容を見せておる。

 今回やっておるのは、『魔術』ではなく『魔法』を発動させる方法じゃ。

 『魔術』は、魔法陣を展開してそこにマナを流し込む事で、魔法陣の魔法文字によって発動するのに対し、『魔法』は自身をマナの変換装置とし、明確なイメージを持つ事で発動させる事が出来る。

 つまり、明確なイメージを持つ事が出来れば、『魔法』に詠唱は必要ないのじゃ。

 まぁワシでも、『隕石落しメテオ』の様なイメージが難しいものは、一応詠唱するんじゃけどな。

 そして、説明を聞いた生徒達が、教室の中で安全な『魔法』を発動させておるんじゃが、その様子を見たドリュー先生が唖然としておる。


「先生、『灯りトーチ』以外の魔法を練習したら駄目なんですか?」


 ミニンが指先で光る『灯り』の魔法を維持しながら、そんな事を聞いて来たのじゃが、『魔法』と言うのは『魔術』と違って、自身を変換装置にしておる関係でマナを際限なく注ぎ込める。

 これが『魔術』であれば、許容量以上のマナを流すと魔法陣が崩壊し、その発動が止まるのじゃが、『魔法』の場合はそれが無いので、一歩間違えばかなり危険。

 もし発動中に暴走したりすれば、威力が上がり続け、体内のマナが枯渇して命の危険もある。

 それに、教室で攻撃能力がある様な『魔法』を、まだ制御が甘い生徒に使わせる訳にもいかん。

 そう説明しながらドリュー先生の方を見れば、相変わらず、授業を始めてからずっと唖然とした表情を浮かべておる。


「と言う訳で、今は『無詠唱』で『魔法』を発動させる様に訓練しておる最中じゃが、ケン・ミニン・ライムは水準としては下の上、ヴァルとカーラは下の中程度と言った感じじゃ」


 特にミニンは『灯り』であれば、同時に複数展開する事も出来る程、慣れて来てはおるんじゃが、カーラは発動させる時間は早いんじゃが光量はかなり弱く、ヴァルは発動までに時間が掛かっておる状態。

 最終的に目指すのは、素早く展開して維持出来る様になる事じゃ。

 このメンバーの中であれば、ケンとミニンが一番最初に達成出来そうじゃな。

 そう説明したのじゃが、ドリュー先生が頭を抱えておる。

 む?


「……一応説明しますが、この子達がやっている事は相当に高度で、この学園でも教授クラスの先生がやっている事で、それでも出来る人は少ないんですよ」


 ドリュー先生が言うには、『無詠唱』はこの学園の教授クラスでも出来る人数は少なく、あのバーラード学年主任も出来ぬらしい。

 意外なのが、『錬金科』のギラン殿が、簡単な物であれば『無詠唱』が使えるらしいのじゃ。

 まぁ戦闘に使うというより、『錬金術』で使う物だけらしいのじゃが、それを考えたらバーラード学年主任より立場が上になるんじゃないのじゃろうか?

 そう思ったのじゃが、ギラン殿は『錬金科』で研究しておる方が良いという考えで、学年主任とか学園長とかの椅子には興味が無いとの事。

 まぁそう言う『自分の仕事趣味を優先したいから、権力には興味が無い』という人は、一定数おるからのう。

 ギラン殿の場合、自由に研究したいから教授職にはなっておるが、それがなければ、恐らく研究室に引き籠っておるじゃろうな。


「なので、私が授業を引き継いで教えると言っても、何も教えられないのが現状です」


 そう言えば、バーラード学年主任は生徒達に今は何を教えておるんじゃ?


「えーと、今は『詠唱による効率的な魔法陣の構築式』を教えている筈ですね」


 なんじゃその非効率な授業。

 魔法陣なんて、構成する魔法文字を適切に配置するだけで発動するじゃろ。

 まぁ詠唱に頼っておる状態では、適切な魔法陣は分からんか。

 しかし、向こうがそのレベルでは、こっちと合流させる事は不可能じゃのう……

 取り敢えず、ワシが学園から去る前に、学園長と相談する事にし、可能な限りドリュー先生にもワシの授業を教え込む。

 その為に、ワシの倉庫私室にテントを張って、その中で大変じゃけどドリュー先生に詰め込み授業じゃ!




「婆さん邪魔するぜ」


 そう言って教室の一つに入ると、そこではエルフの別嬪さんと皺くちゃのニカサの婆さんが、人体を模した模型を挟んで何かを話し合っていた。

 その模型、かなり精巧に作られてるから気持ち悪ぃんだよ。


「なんだい、偏屈爺さんじゃないか」


「うるせぇよ、頑固ババア」


 手近な椅子を引っ張り出してそれに座ると、エルフの別嬪さんが部屋の隅にある机に置いてあったカップセットでお茶を淹れて持ってきた。

 中身は何の変哲も無い茶の様だが、香る匂いからかなり高価な茶葉を使っている様だ。

 流石エルフだな。


「で、何のようだい」


 ニカサの婆さんがそう言いながら、同じ様にカップを受け取って、そこにボチャボチャと角砂糖をぶち込んでいく。

 紅茶の味も香りもアレじゃ台無しだな。

 軽くチラリと別嬪さんの方に顔を向けると、それで察したのか『お茶用のお湯を貰って来ますね』と言って、部屋から出て行く。

 しばらく待って、カップから茶を一口飲み、婆さんの方を向いて眼を開いた。


「あの婆さんの弟子とか言う、一体何処で見付けた?」


 この学園に来て、初めて見た時の衝撃は忘れられない。

 俺の眼は、『神眼』と言う特別な『魔眼』であり、対外的には相手のマナやオーラを見る事が出来ると言っているが、実際は、所謂『鑑定』スキルの完全上位の能力を持っている。

 そんな眼で見れば、相手の詳細な情報や、所持してるスキルもすべて丸見えに出来るので、そこから相手の行動パターンや攻撃方法を予測する事が出来る上に、僅かだが相手の動きのが見える。

 例えば、相手が剣を振ってきたら、その剣筋が通る軌道が見えるので、先にその軌道から退いていれば楽に回避出来る。

 そんな俺が、あの婆さんの弟子とか言う小さいガキンチョを遠目で見た瞬間、思わず俺が使える最大魔術をぶち込もうと身構えてしまった。

 まるで、小さなガキの全身に凄まじいマナが内包され、そのマナで光り輝いている擬態した巨大な化物が、小さい身体に無理矢理押し込んでいる感じだ。

 こんな奴は見た事が無い上に、情報を見ようとしたが、何も見えない。

 それこそスキルは勿論の事、種族や最低でも見える筈の名前すら見えない。

 人間でこんな事になったのは、産まれてこの方初めてだ。


「あのおチビちゃんの出身はアタシも知らんよ。 何でも兄妹で拾われて、それから俗世とは関わらずに生きてたらしいから、詳しく知りたいなら、本人達に聞くと良いさ」


 『答えてくれるかは分からんけどね』なんて言いながら、砂糖ぶち込みまくった紅茶を婆さんが飲んでいるが、そんな事したら後が怖い。

 もし、本当に何かのバケモノが人間に擬態していたとしたら、正体を見破られたと攻撃してくるかもしれない。


「……ちょっと待て、兄がいんのか?」


「あぁ、おチビちゃんに負けず劣らず、凄まじい強さの剣士だよ」


 そしてその特徴を聞くと、偶に学園に来ている黒髪の剣士の男だった。

 そう言えば、あの男、『騎兵士科』の生徒の護衛と偶に話してたが、妹の方と違って、それ程膨大なマナを内包してるバケモノじゃなかったな。

 ただ、あの男も名前が見えただけで、それ以外の情報は分からなかったんだよな。


「取り敢えず、用件はそれで終わりかい? こう見えて、アタシ達は次の授業の準備があるから忙しいんだけどね?」


「次の授業って、その気持ち悪ぃ奴使ってか?」


「気持ち悪いとは酷い言い草だね、この人形で内臓の位置とか、何処に炎症が起きやすいのかって説明するのに重宝してるんだよ? 実際に掻っ捌く訳にはいかないからね」


 昔は内蔵系の病気を患った場合、教会に払う金が無くて治療を頼む事が出来ず、治療院で治療する事になるが、その医師が慣れた医師であれば、直ぐに手術をして摘出したり出来るが、慣れていない奴は掻っ捌いても治療に時間が掛かったり、そもそも原因を特定出来なかったりする。

 だが、この人形での授業をして学べば、そんな事が起きにくくなり、治療にも役立つ様になるだろう。


 これ以上此処にいたら、この頑固婆がキレて実験台にされそうだから、賢い俺は退散するぜぇ!

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