第303話




 カツカツと足音だけが響く通路。

 ナグリの先導で俺が後に続いて歩いているが、先程の闘技場っぽい所から、ナグリは殆ど喋っていない。

 まぁ原因はあの時に聞いた声なんだろうが、あの声の主が恐らく『幹部』だったんだろう。

 そして殆ど喋らない原因は先程の戦闘が、幹部からの指示ではなく勝手な行動だったから、普通に考えれば、この後彼等に待っているのは勝手な行動に対する粛清。

 どの程度になるかは分からんが、少なくとも、主犯格のあの女と取り巻きはタダでは済まない。

 勝手な行動を認めてしまえば、組織として成り立たなくなる。

 そして、長い通路を歩いていたら、目の前に扉が見えて来た。

 ナグリが扉を慎重に開けると、蝶番の部分に油を差していないのか、ギギィィと五月蠅い音がする。

 それとも、侵入者対策で意図的に差して無いのか?


「待っていたよ」


 そんな言葉で出迎えたのは、黒いローブで全身を隠し、その顔には白い仮面が付け、椅子に腰掛けたいかにも胡散臭い奴。

 その白い仮面には、右目の部分に青い涙の様な模様が描かれているが、それ以外に特徴らしい特徴は無い。

 更に、手袋まで付けている徹底ぶりだ。

 そのせいで見た目や声から、性別や年齢を判断する事が出来ない。


「あぁ、私のこの見た目に関しては、組織を守る為で見せる事は出来ないので許して欲しい」


「そのくらいは分かる。 さて単刀直入に聞くが、どう落とし前を付けるつもりだ?」


 俺がそう言うと、その仮面野郎が腕を組んで『うーん』と唸る。 

 普通に考えれば、関わった主犯格と取り巻きは粛清、俺が賭けた金を全額払う、それ以外に侘びとして追加で金を払う、と言った所だろう。

 流石にこういった組織の幹部が、外部の人間に対して謝罪をするとは思えんしな。


「大前提を話そうと思うが、あそこでのやり取りは全て見ていた。 その上でだ、まず、君達の賭けは成立している。 それが一番の問題だ」


「問題だと?」


「額だよ。 そこのナグリが賭けた額程度なら払う事は出来る。 だが、君の掛けた額は、我々が想定している額を遥かに超えている」


 あの時掛けた額は正確には分からないが、まぁ相当な額だった筈だ。

 そして、あの時どんな配当になったか分からんが、相当俺には不利になっていたのだろう。

 そんな俺が勝ってしまえば、そりゃ確かに払い切れるとは思えんか。


「具体的には?」


「………恐らく、組織の資金を全て渡し、換金出来る物を全て換金しても足りない程の額になっているだろう。 かと言って、払わないというのは組織の信用にも係わる。 かと言って、代わりの物をと言っても、クリファレスやヴェルシュであれば首謀者達を『借金奴隷』として渡して、思う存分私怨を晴らしてもらう事が出来るが、バーンガイアでは奴隷の個人所持は、基本禁止されているから渡す事も出来ない」


 仮面野郎の言う通り、この国じゃ奴隷は全て国が管理していて、個人で奴隷の所有は禁止されている。

 アイツが(無理矢理)従えているムッさんに関しては、かなり微妙な所だが所属は国だ。


「バーンガイア支部としては、この大損害で組織そのものを潰す訳にはいかない。 なので、我々としては金ではない物で支払いをしたい」


「この『迷宮』の支配権とかだったらいらんぞ?」


 俺の言葉で、仮面野郎の動きが止まる。

 やはり、この『迷宮』を手放すつもりだったか。

 ここの迷宮は、意図的に『迷宮核』に干渉して、魔物や魔獣を湧かない設定にしているのだろうが、その設定のままに俺に渡されても、使い道が無いただのゴミ迷宮になる。

 そんな『迷宮』の『迷宮核』では、恐らく殆ど成長もしていないから使い道も無いし、価値も低い。


「……やはり、気が付いたか……あの『魔女』の兄だけはある。 そうなれば、我々に出来るのは……」


 その言葉で、一応警戒の為に剣の柄に手を置く。

 そして、仮面野郎が立ち上がると、俺に向けて膝を付いて頭を下げた。


「バーンガイア支部は貴方の部下として活動し、忠誠を誓いましょう」


「いや、お断りだが」


 裏組織を部下にするって、思いっきり面倒な事になる。

 だが、俺の考えを見透かすように、仮面野郎はいくつかの利点を話してきた。


 直接的な部下になるのは、今回の首謀者達のみで、仮面野郎とかの幹部や他の構成員は協力者として手を貸し、俺と組織の連絡役として、ナグリを専属として派遣する。

 そして、俺からの命令で掛かった金を組織が払っていく事で、今回、俺に払い切れなかった配当金を少しずつ削っていく。

 もしも俺の命令と組織の命令が対立した場合、優先されるのは俺の命令となる。

 更に、もし組織が問題を起こして表で裁かれる際でも、所属している訳では無い俺の名前が出される事は無い。


「かなり俺が有利な条件だな」


「……人生数回は、盛大に遊び倒しても十分過ぎる程の額だよ」


 詳しい額は教えてはくれないが、俺が賭けた額は、あの時に見せた分だけじゃなく、乗せた袋の中身も含まれるという事で、軽く黒貨1億でも数百枚以上の額になっており、結果としてそれを賭けた事で何百倍も増えてしまった。

 つまり、俺個人の資産だけでも、大国の国家予算並になってしまった訳だが、そんな額を全国に支部がある様な組織と言えど、一度で払える筈もない。


「取り敢えず、今後はナグリを通じ、好きに使える便利な諜報員が使えるようになった、そう考えていれば良いだろう」


「……裏切る可能性は?」


「裏切りに関しては私と『契約』すれば良い。 組織の決定は絶対だからね、そんな事をすれば、我々の方で対処しておくさ」


 そうして、細かい話を色々としたが、最終的に俺が有利な『契約』のままとなった。

 そして、最初の命令として行う事になったのが、クリファレスの村々へと物資を秘密裏に運ぶ仕事だ。

 物資に関しては国と俺の方で用意し、それを組織の秘密のルートで運ぶ。

 かなりの金額が掛かるが、俺の資産からすれば雀の涙程度の額だ。

 そう考えると、いつの間にやら大富豪になった訳だな。

 そう思っていたら、ナグリが『旦那、これで一生遊んで暮らせるようになったんじゃないっすか?』などと言ってきたが、お前も金貨100枚賭けた事になってんだから、配当は相当な額だぞ?

 その事に気が付いて無かったのか、言われたナグリは固まっていた。

 取り敢えず、名前が無いと呼び辛いので、幹部の名前は『ギュンター』、あの女は『スザンナ』となった。

 その後の連絡は、ナグリを通じて行う事になるが、しばらくはクリファレスへの物資支援を行うだけだから、連絡するのも物資を準備して渡すくらいだな。

 そして、俺はそのまま帰るのだが、闘技場を通ると誰もいなくなっていた。




「……ふぅ、いなくなったな?」


「はい、帰ったみたいです」


 私は座っていた椅子から、ズルズルと地面に滑り落ちた。

 あの男、対面しただけで本能的に分かる、あの男は『敵対したらヤバイ』。

 まるで、強大な魔物が目の前にいるような感覚。

 仮面や手袋で隠していたが、顔や手は汗ばみ、それを気取られない様にするだけでも相当辛かった。


「今後、ナグリはレイヴンに出来る限り従い、我々との連絡を密にせよ」


「了解でさぁ」


「次に……お前のだが、『スザンナ』となった、以降はスザンナと名乗り、レイヴンの指示に従う様に」


 私の言葉で、跪いていた女が頭を下げた。

 この女に此処での賭博を許していたが、まさかあの男に手を出した上に、明らかに受けたらマズイ賭けをやるなんて、考えてもいなかった。

 本来なら、損害を補填する為に何処かの迷宮に送り込んで、延々と素材や財宝を集めさせたりするのだが、今回はソレですら足りなさすぎる額。

 なので、この女と部下共には、レイヴンの命令に絶対に逆らえない様に私と『契約』を結ばせて、今後はレイヴンの小間使いとして活動してもらう。

 その最初の仕事が、クリファレスの村への物資運びを行う各部隊の隊長として動いてもらう。

 この仕事には、確実に数ヶ月は掛かる。

 その間、コイツ等には休みなんてものは無い。

 そして、もしもレイヴンや組織を裏切れば……


「……了解しました……」


 スザンナがそう言って部屋から出て行くのを確認し、溜息を吐いた。

 さて、この事をクリファレス支部とヴェルシュ支部にも、ちゃんと連絡しておかなければならない。

 当然、事の経緯も聞かれるだろうが、下手に隠せば怪しまれるだろう。

 本当に頭が痛い問題になった。

 私は仮面の下でもう一度、大きく溜息を吐いた。



 こうして、レイヴンは不本意ながら、秘密の戦力を保有する事になり、魔獣を利用してバーンガイアでも輸送路を確立した水月の協力の元、色々な所から余った物資を集めて、クリファレスにある村中に援助物資をバラ撒いていった。

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