第300話
「オヤジ、いつもの部屋頼むわ」
定宿にしている冒険者向けの宿屋に入って、暇そうにしている店主に使っている部屋を頼む。
金を払う時に、ワザと半分に割れた金貨も出す。
「おいおい、コイツは使えねぇぞ」
オヤジが割れた金貨を俺に突き返した後、親指でカウンターの隣の扉を指差したので、荷物が入った袋を持ってそこに向かう。
「オヤジ、そんな金で泊まれる部屋あんなら俺達にも紹介してくれよ、今月も金がヤバいんだよ」
「馬鹿野郎、金がねぇなら働け! それにあそこは倉庫だ、お前らみてぇな手癖の悪ぃ奴等を入れられるか!」
俺が払った額が少ないのを見たのか、そこで酒を飲んでいた他の冒険者共がそんな事を言っていたが、オヤジが一喝していた。
この宿、そこそこの値段で泊まれるが、料理は別料金で、その料理が中々に美味いから、それを目当てにした客でそれなりの人気がある。
俺も、その口、と言う訳ではなく、ここは表向きは宿だが、俺が所属している組織の隠れ拠点の入り口の一つになっているのだ。
倉庫の扉を開けて奥に進んでいくと、ジャガイモやら根菜やらが積み上げられた一角に辿り着く。
壁を調べると、壁の一つに掛けた部分があり、それを掴んで引くとズボッと引き抜け、そこには半月状の穴が開いているので、先程の半分の金貨を嵌めて押しながら回転させる。
ズズズと音がして、その隣の壁が奥に動いて、隠し通路が現れたのでその中に入ると、開いた隠し扉が同じ様に閉まっていく。
そして、完全に閉まったのを確認すると、空中に先程穴に嵌めた筈の金貨が空中に現れるので、それをキャッチした。
最初、教えられていたが急に現れた金貨に驚いて、キャッチし損ねて通路に落っこちて探し回ったのは、今ではいい思い出だ。
螺旋階段の様になった通路を進んでいくと、扉に辿り着いたので、先程と同じ様に金貨を取り出し、鍵の所に嵌めると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
扉を開いたら、そこは若干明るいが誰もいない部屋。
そこで
「……今日来る事は報告には無かったが?」
「ちっと厄介な相手に目を付けられちまってね。 幹部に御目通りをしたいんだが、今は大丈夫っすかね?」
「……少し待て」
ローブの一人が俺の言葉を聞いて、部屋から出て行く。
恐らく、幹部に確認してくれているんだろうが、正直、あの提案内容で取り合ってくれるかどうか……
そして、戻って来たローブを着たヤツに『付いてこい』と言われたので、その後を大人しく付いて行く。
部屋から出て若干騒がしい大部屋を通り、その奥にある部屋に案内された。
部屋の奥には、壁があって姿は見えないが誰かがいる。
その中央に進んで膝を付く。
「何やら厄介な奴に目を付けられたって?」
部屋の奥から声が響くが、その声は男との女とも聞き取れる中性的な声であり、それだけでは判断出来ないが、その声だけでも俺の腹に響く様な威圧感がある。
「……はい、ソイツから、提案があるから幹部と話をしたいと言われまして……」
「ハッ、アタシ達に提案なんて、何処の命知らずさ」
そんな事を言っているのは、壁際にある椅子に座っていたローブの一人。
声からして女だが、その声からは此方を完全に見下しているのが分かる。
「提案内容は聞いているのかな?」
「……詳しくは聞いていませんが、どんな事をするのかだけは聞いています」
額から汗が噴き出してくる。
俺の様な下っ端が、幹部にあんな提案をするなんて、本来なら絶対に出来ない。
だが、一応、結果は伝えないといけないから、言わなければならない。
「用意した荷物をクリファレスの各村にバラ撒いて欲しい、と……」
その言葉で、壁際にいたローブの集団から殺気を感じる。
俺が言ってるんじゃねぇから、俺に向けて殺気を向けないで欲しい。
「………そんな提案をした厄介な奴ってのは?」
「名をレイヴン、あの魔女の兄です」
壁の向こうにいる幹部が考え込んでいるみたいだが、俺としてはレイヴンに『駄目だった』と伝えて終わりにしてぇ。
これ下手に上手くいっても、面倒な事になるだけだし。
「ソイツ、何処で寝泊まりしてんだい? アタシ達がちょっと思い知らせてやるよ」
「……今は『ナグリ』って名乗ってるんだっけ? 君の眼から見て、レイヴンに思い知らせるなんて事は出来そうかい?」
壁際にいたローブ女がそんな事を言っているが、レイヴン相手にそんな事をしたら、多分、全員返り討ちにあうだろう。
幹部から聞かれるが、考えるまでも無い。
「止めた方が良いっすね、確実に、笑いながら全員返り討ちにされるっす」
レイヴンの強さは常軌を逸している。
俺達の組織にも確かに強い奴はいるが、レイヴンと比べたらそこ等の雑魚と代わり無い。
「ハン、直接相手する必要なんて無いさ、家族がいるなら付け入る隙はいくらでも」
「あ、それは止めた方が良いっすよ、そんな事したら、多分組織が壊滅させられると思うっす」
そもそも、レイヴンの家族って、あの『魔女』だ。
もし『魔女』に手を出したら、レイヴンが怒り狂う以前に『魔女』によって壊滅する可能性がある。
下手をすれば、今では国益にもなっている『魔女』を守る為に、国が動く可能性があるだろう。
まぁレイヴンが怒ったら、確実に組織が壊滅する事になるだろうけどな。
「やはり、そう思うか……」
幹部もレイヴンの強さは知っているだろうに、態々そんな事を聞いてくるなんて、どんな意味があるのかと思ったが、ここにいる連中は幹部とはいかなくても、それなりの実力者達だ。
そいつらにも情報共有する為なんだろうが、
それこそ、クリファレスの勇者でも敵わなかった、なんて話があるくらいだし知らない方が問題だろう。
「返答の期限は?」
「一応、一週間後の冒険者ギルドの横にある路地で結果を伝えると……」
「……分かった、詳しい話を聞くとしよう」
「本気ですか!? 我々にそんな配達員の真似事をしろと」
壁際にいたローブ女がそう言った瞬間、部屋の空気の温度が一瞬下がったような肌寒さを感じ取れた。
俺は直接会った事は無いが、この組織の幹部と言うのは伊達ではない。
当たり前の話だが、こんな非合法の組織を束ねるだけあって幹部の実力は俺達とは隔絶している。
そんな幹部の決定に、実力はあっても構成員が反論するなんて事をするのは、自分の命を捨てる様な物だろう。
確かに、その決定が間違っていたりするなら、反論してでも止めるべきだろうが、今回はレイヴンが詳しい話をしていないから、俺達には判断出来ない。
もしかしたら、有り得ない事だが、あのレイヴンが交換条件として、俺達の仲間か協力者に出来るかもしれない。
そこは直接交渉をする幹部の腕の見せ所だろう。
取り敢えず、ローブ女達は幹部の決定を覆す事は出来ず、そのまま退室する事になった。
俺は残されて、交渉の為の詳しい話をする事になったんだが、俺もこんな恐ろしい所からさっさと帰って、酒を浴びるように飲んで寝たいよ。
部屋から出されたアタシ達は歯噛みしていた。
コレまで組織にも幹部にも尽くしていたアタシ達より、あの下っ端が残されたのは仕方がないが、まさか、このまま使いっ走りにされる可能性が出て来た。
「姐さんどうしやす?」
「……どうするって? アタシらを便利屋か何かと勘違いしてる大馬鹿には、ちょっと思い知らせる必要があるだろうさ」
部下の一人がそんな馬鹿な事を聞いてくるが、アタシの答えなんて決まってる。
いくらその『レイヴン』とやらが強かろうが、アタシ達の敵じゃない。
いつもの様にアタシ等の得意な場所に誘い来んで、歓迎会を開いて思い知らせてやるだけだよ。
「それじゃ、特別ゲストも招待してやらないとね」
ニヤリと笑みを浮かべながら、アタシ達は特別ゲストと
あぁ、一週間後、床に這い蹲って許しを請う馬鹿の姿が目に浮かぶよ。
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