第299話
黒いローブを着た集団が、森の中にあった小屋の一つの前に馬車を止め、その小屋に入っていく。
その小屋は見た目はボロボロになっており、明らかに誰かが住んでいるとは思えないのだが、そこには数台の馬車が停車していた。
そして、その小屋の中には一つだけ机があり、その奥には古びた暖炉があるだけで、他の家具は置かれていない。
そんな小屋の中に、ローブを着た者達が数人立っている。
「……此方は終わったが、其方はどうだ?」
「……私の方も終わったわよ……」
「此方もだが、流石に中央に近い所は危険だったぞ」
その言葉にローブを着た者達が頷いている。
彼等は、巡回しているクリファレスの警備部隊の眼を盗んで、各村を回っては救援物資を渡している。
その為、巡回が多い王都付近の村ではかなり難しく、巡回のタイミングで数日待つ必要がある程だった。
「次の巡回は大丈夫か?」
「問題無いだろう、調べた限り、奴等は気が付いてすらいない様だ」
「……俺等が行くと感謝される位だからな、相当困窮しているのだろう」
「金払いの良い奴等はさっさと逃げているからな、それにしても、コレだけばら撒いていればかなりの稼ぎになった筈なのにな……」
そう呟いた男の言葉で、その場にいた全員の視線が一人のローブに向いた。
「悪かったわよ……まさか、あんなバケモノだったなんて分からないわよ」
そう言うと、ローブ達が全員溜息を吐いた。
この場にいる全員、言い訳をした彼女と同じ事を思っていた。
彼等が何者なのか、それは数ヶ月前に時は遡る。
バーンガイアの王都、マグナガン学園にいるアレス王子が王城に招かれて今後の事を話し合っている最中に、滞在する間の費用の話になって、非常識な額でなければ後々で払ってくれれば良い、という話になった。
そうして、国に戻るまでの間、アレス王子はマグナガン学園で学びつつ、クリファレスの現状を聞いて過ごしていたのだが、あの勇者は王位を簒奪した後、住民に対して重税を課し、毎夜毎夜贅沢をしていると知り、自身が使う費用の一部を住民の救済に使いたいと提案したのだが、クリファレス全土の住民全てを救う事は難しく、事情を把握しているバーンガイア側でも、何とかしたいとは思うが手出し出来ないのが現状だった。
それに、今回食糧を送れたとしても、村で自給自足が出来なければ、延々と援助し続けなければならないが、それを解決に導いた一つが、バーンガイアで奇病騒ぎの際に使用された『魔粉除去如雨露』であった。
あの如雨露は王城に買い上げられた後、近衛魔法師団の団長であるトレバーにより研究が続けられ、その内側に魔導回路を仕込む事で、如雨露の中の液体に、限定的ではあるが効果を付与する事が出来る事が分かった。
そこで、植物に対して活力を与えて成長を促す『グローアップ』を使える様に改良し、実験して効果が発揮されたのが確認出来た所で、この話が出て来た。
他にも、食べられるまでに準備が必要な小麦と比べ、比較的簡単に食べる事が出来る上に、栄養価も高いコワの実を使えば、最初だけ多く援助し、後は最低限の援助をすればどうにかなる、と判断し、王国各地で今年は過剰生産されている野菜を国が買い取り、その為の準備を行う事になったのだが、ここで一つの問題が起きた。
これ等の物資を、どうやってクリファレス全土の村へと秘密裏に送るかと言う問題だ。
もし、物資を送っている事がバレれば、あの強欲な勇者なら確実に接収しようとするだろう。
それに、こっそりと送ろうとしても、バーンガイアの兵達には土地勘も無いから、秘密裏に行うにも無理がある。
土地勘がありそうな冒険者を雇うとしても、それだけでかなりの額が掛かり、将来的にはアレス王子が王位を奪還しても、相当な額をバーンガイアに借金する事になってしまう。
それではただの属国化だ。
救援物資の準備をしながら、それを解決する為の方法を、アレス王子と宰相が話し合っているのだが、効果的な解決案が出る訳も無く、王城から学園へと戻る事になった。
宰相側としては、大国であるクリファレスを属国化なんてしたら、ヴェルシュ帝国が確実に此方へと侵攻して来るのは確実となるので、何としても回避したい。
アレス王子としては、苦しむ住民を救う為なら、将来的に属国化するとしても仕方無い。
そんな訳で、話し合いは毎回平行線になっているのだ。
因みに、そんな二人から『何か良い案が無いだろうか?』と聞かれている。
ここで、バーンガイアに来るまで『旅をしていた』という設定が仇になった。
そう聞かれても、クリファレスの事なんて碌に知らないから答え様がない。
『少し考えてみる』と返答を先延ばしにしたが、このままだと、冒険者を利用して高い金を払う上に、高確率で失敗する事になる。
流石に、冒険者全員が隠密行動が得意と言う訳ではない。
確実に不得意な冒険者が見付かるだろう。
「……参ったな……」
学園から離れ、冒険者ギルドに併設されている酒場で、出来るだけ隠密行動が出来そうな冒険者に目星を付けようとするが、そこまで隠密行動が得意な冒険者と言うのは珍しく、大抵はパーティーに所属していてフリーな冒険者は皆無。
どうしようかと悩んでいたら、奥まった席で飲んでいるある冒険者を見付けた。
くすんだ金髪で中肉中背、そこそこの素材を使った革鎧、机に立て掛けてある使い込まれた剣。
アイツは……そうか、アレを使えば今回の問題を解決出来る。
「久し振りだな」
そう声を掛けたら、ビクリと反応してゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、俺がクリファレスに行く際、同じ馬車に乗っていた『ナグリ』だった。
コイツは、見た目も実力もそこそこと、冒険者として目立った特徴は無いが、その本業は冒険者では無く、金さえ払えば別の地域へと人を逃がす事をしている『逃がし屋』の構成員の一人だ。
つまり、全国の地理に詳しいって事だ。
「レイヴンの旦那か、本当に久し振りだな、王都に本拠地を移したのか?」
「いや、野暮用でしばらくいるだけだ。 で、少し良いか? お前の副業の方で話がある」
後半は声を小さくしたが、その言葉でナグリの視線が細くなった。
そして、酒場から出て隣の路地裏へと移動し、そこで結界の魔道具を起動する。
これで外からは聞こえないし見えなくなった。
ナグリが結界の魔道具を使ったのを警戒していたが、他人に見られたり聞かれたりすると拙い内容だと説明して、納得させた。
「……旦那、まさか
「いや、逃げたいと言う訳じゃない。 お前の所属してる組織、その幹部と少し交渉したい事があるんだが、話を繋げられるか?」
「……交渉内容を教えてもらっても?」
「荷物の配送」
俺の言葉を聞いて、ナグリが溜息を吐いている。
まぁそりゃそうなるだろう。
「旦那ぁ、そんなん俺等じゃなくて、そこ等の冒険者だって出来るでしょうが、何で態々、俺達を利用しようって……」
「配達先がクリファレスにある全ての村だからだ」
そう言ったら、ナグリの動きが止まった。
そして、しばらく考え込んでいる。
「……流石に条件次第って感じでしょうね」
「取り敢えず、今言えるのはこの程度だ。 それで、話は通せそうか?」
「……一応、話は持っていきますが、交渉の席に付いてくれるかは分かりませんぜ?」
「それで構わん。 もし交渉が失敗しても、候補の一つが使えなくなるだけだ」
ナグリから『一週間くらい待って欲しい』との事で、一週間後、この路地裏で落ち合う事になった。
実はナグリを発見して、バーンガイアの王都にも『逃がし屋』の支部があると予想して声を掛けたんだが、返答に一週間と言う事は、この王都に幹部がいるという事だ。
『逃がし屋』の本拠地と言う訳ではないだろうが、それだけでも重要な事だ。
後は、交渉が上手くいけば、俺の役目も終わりだろう。
そんな風に気軽に考えていたのだが、まさかの想定以上の厄介事に巻き込まれる事になるとは、この時は予想していなかった。
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