第298話




 その日、俺達の村は今年最後の徴税として、多くの食料を徴税官に納めた。

 これまでもギリギリの生活だったのに、この税でもうこの村にある食糧はスッカラカンになった。

 このままだと、年を越えられたとしても、多くの餓死者が出るだろうが、国の徴税官に逆らう訳にはいかない。

 噂では税を納める事が出来ず、税の徴収を遅らせて欲しいと懇願した村が、全員奴隷落ちにされて鉱山送りになった、なんて話があった。

 他にも、今の王様には良い噂を聞かないがそれを口に出す奴はいない。

 俺も何とか家族が食えるだけの蓄えは何とかあるが、来年はもう無理だ。

 このままだと、家族の誰かを口減らししなければならなくなる。


「クソッ……このままじゃもう暮らしていけないぞ」


「そうは言うが、この村を捨てたとして、その後はどうする? 食い物も無ければ行く宛てもない……」


「それに、今の王様がそれを許すとは思えんぞ」


 この村の村長や主だった男達が集まって話し合っているが、ここ最近はどうやって生き残るかという話ばかりだ。

 若い連中は、村を捨てて逃げようという提案をしているが、この村を捨てたとしても俺達には行く場所が無い。

 それに必ず追手が掛かり、捕まれば待っているのは鉱山奴隷だ。

 かと言って、このままだと……


「やはり、今の王様を……」


「おい、その話はするな、何処で聞かれているか分からないんだぞ」


 迂闊に呟いた若者を、別の若者が止めている。

 あの暴君をどうにかしようとする地下勢力は存在するが、その勢力も、恐ろしい程の強さを振るう兵達の襲撃を受けて壊滅状態になっていると聞く。

 そして、隠れて協力しようとすると、何処からともなく話が漏れて、国の兵達によって村や町が壊滅する、と言われているのだ。

 村の誰かが密告しているのかは分からないが、迂闊な事を言わない方が良いだろう。


「だが、このままだと待っているのは破滅ですよ」


 その言葉に、ここにいる全員が沈黙する。

 口にはしないが、分かっている事だ。

 そうしていると、不意に扉がノックされた。

 ここで全員が集まっている事は家族にも伝えているが、話の内容は来年の事とか次の作付けの事と説明してある。

 近くにいた若者が扉の方に行って、向こうの誰かと話をしている。

 そして、慌てた様に村長の方へと走って来た。


「そ、村長! は、話が!」


「落ち着け、誰かの家族ではないのか?」


 村長が何やら慌てた若者を宥めながら扉に向かって行き、何か話をしている。

 そして、何やら難しそうな顔をした後、扉の鍵を開けた。

 そこにいたのは、フードを目深に被っている胡散臭い人物。


「……村長、その人?は?」


「うむ、実は第三王子殿下が、我々に救援として色々と送ってくれたと言うのだが……」


 あの国を捨てて逃げたって言う第三王子が?

 そんな王子が今更俺達を助けようって?


「今更ふざけているのか!?」


「大体、あんな勇者を野放しにしておいて、自分が危なくなったら逃げた王族なんて!」


 村長の言葉を聞いた若者達が怒り出すが、その気持ちも分かる。

 第三王子は真っ先に逃げ出し、それが原因であの勇者が王となり、暴虐の限りを尽くしている。

 国中で税は上がり続け、見目麗しい女達は王城に召し上げられている。

 もし、本当に王子であるなら、救援ではなく、あの暴君をどうにかして欲しいものだ。


「……取り敢えず、村の者達が飢えない様にするのが先だろう。 村長、コレが送られて来たものだが、村の中央に案内してくれ」


 声で男と分かったフード男が、村長によって村の中央に案内されていく。

 踏み締められ、硬くなった地面に膝を付いて、フード男が何かをしている。

 よく見れば、小さなシャベルで穴を掘っている様だ。


「このくらいで良いか」


 そして、持っていた袋から何かを取り出して穴の中に落とし、土を被せて穴を塞いだ。

 次に取り出したのは、木製の如雨露。

 そこに何かを放りこんで少し揺すった後、如雨露から水を掛けてから離れると、そこからヒョコッと芽が出て、それがぐんぐんと伸びて成長していく。

 やがてその成長した木の先に、丸い実がいくつも出来始める。


「これって……コワの実か?」


「家畜の餌くらいしか使い道が無いんじゃないか?」


「知っての通り、コワの実だが、処理をちゃんとすれば食う事が出来る」


「これは……」


「コワの実のちゃんとした食べ方だ、それに、コワの実は農作物じゃないから、徴税対象には出来ん」


 そう言った男が村長に何かを手渡し、その言葉に全員がハッとする。

 そう、徴税対象になるのは、に対してだ。

 コワの実は、家畜の餌として育てられているだけで農作物ではないのだ。


「この如雨露に屑魔石を入れて、一日一回、水を与えれば十分食えるだけの実を付ける筈だ」


 そう説明をされながら如雨露を村長が受け取り、俺達が最初に集まっていた小屋に戻ると、男と同じ様にフードとローブで全身を隠している人物達が、馬車から小屋へと何かを運び込んでいた。

 運び込まれている物をよく見れば、それは野菜や小麦と言った食料品や、塩といった必需品ばかり。


「……確かに渡した、これにサインしてくれ」


 男が村長に何かを書かせようとしたので慌てて確認すると、それは契約書ではなく、ただ『荷物を受領した』と言う事を証明するだけの書類だった。

 聞けば、確かに渡した事を証明する為、村と村長の名前を書いてもらっているらしい。

 この後、この書類を依頼主に渡し、ちゃんと配送した事を証明するという。


「しかし、援助すると言ってもこの村だけでは……」


 村長の心配ももっともな事だろう。

 この村だけが援助を受けて生き延びたとしたら、他の村から恨まれる。

 それなら、援助を受けたという事は絶対に秘密にしなければならないだろう。


「安心しろ」


 作業を終えたのかローブを着た人物から男が何かを聞き、村長の心配に対してそんな事を言った。

 そして、全員が馬車に飛び乗っていく。


「俺達の請け負った配送先は『』だ」


 そう言い残し、男達を乗せた馬車がどんどん出発していく。

 それを見送った後、小屋の中に運び込まれた荷物を確認しながら、村長は渡されたコワの実の食べ方を見ている。

 そこには、比較的簡単な作業で食べる事が説明されており、手順まで書かれていた。

 そして、その手紙の隅には『すまない、もう少しだけ耐えて欲しい』と小さく書かれていた。


 村長はそれを見て、第三王子が必ず帰ってくるつもりなのだと確信した。

 ただ、それが何時になるかは分からないが、第三王子はあの暴君を退けるだけの力を付けようとしているのだろう。

 それなら、俺達が出来るのは、王子が戻るまで生き残る事だ。




 しばらくして、雪が降り始め、畑や家々の屋根に雪が積もっていく。

 あの如雨露は各家で持ち回りになり、屑魔石は男達が偶に近くの森で魔物を狩ったり、使い道が殆ど無い屑魔石は安いので、偶にやって来る行商人から購入して得ている。

 そして、予想されていた通り、コワの実は徴税対象にはならず、徴税官はコワの木をただ珍し気に眺めていただけだった。

 コワの実を剝いた後の皮も、刻んで肥料として混ぜ込むと良い肥料になった。

 これなら、第三王子が戻られるまで村を存続させる事が出来るだろう。


 そして、あのローブ男達だが、徴税官が去った後、数日するとやって来て食糧といった物資を置いていく。

 それを受け取って小屋に運び込み、村長がサインをする。

 徴税官が戻って来ても良い様に、ローブ男達が小屋の下に倉庫を作り、床板を外さないと絶対に分からない様に細工していた。

 荷物を置いてしまえば、中に入っても絶対に分からない。

 後は、俺達が全員黙っていれば良いだけだ。

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