第296話




 運び込まれたエルフの姿はガリガリに痩せ細っており、その手足はまるで枯れ枝の様だ。

 そんなエルフは二人だが、どっちも男だ。

 まぁこんな所に女を連れて来る筈が無いか。


「要望通り、エルフを連れて来てやったぞ、これで作れるんだろうな?」


 エルフ達を連れて来た男がそう言うが、そのエルフ達が魔法陣とかに精通してないと無理なんだが、説明した所で無駄だろう。

 いくら手先が器用だと言っても、精通していなければこの鎧のサイズに書き込むのは無理だろう。

 作れる可能性が多少高くなっただけだ。


「いいか、此処まで揃えさせたのだから期限を忘れるなよ!」


 そう言って、男共は坑道から出て行った。

 運び込まれたのはエルフ達だけではなく、鎧用のミスリル鉱石に魔石、他にも細々とした原石類だ。

 食糧もあるが、クソ硬い乾パンに、塩気が強い保存食ばかり。


「……さて、聞いてたと思うが、まずは自己紹介だな。 俺はビビン、コッチはザザンで、コイツがギギンだ。 分かってると思うが3人共ドワーフ族で、5年近くここに閉じ込められてる」


 ビビンの叔父貴がそう説明しながら、二人のエルフを椅子に座らせている。

 彼等も相当劣悪な環境にいたのだろうな。


「私はフィリップ、彼はジル、見ての通りエルフ族だが、囚われてからずっと地下で魔石の加工と細工ばかりやらされていた……」


 成程、ずっと地下にいたのなら、あそこまで肌が白いのも頷ける。


「魔石加工と細工か……どんな作業だったか聞いても良いか?」


「無駄な物ばかりだったよ、魔石を削って形ばかりを優先して効果なんて二の次、細工も見た目優先で無駄に光らせたり、無駄な装飾ばかり……」


「命令に逆らえば首輪が絞まる上に、殴られるからな、大人しく従うしか無かった」


 ザザンの叔父貴が聞くが、確かに無駄だな。

 エルフ族は魔術が得意な筈だが、あの首輪のせいで魔術が一切使えず、腕力が人族より劣るエルフでは逆らう事も難しいだろう。

 取り敢えず、今回奴等が作れと言った鎧を二人に見せる。

 ガワだけは俺達でも作れたが、中の魔法陣系は難し過ぎる。


「コレを作れと?」


「しかも一ヶ月でな……」


「……同じ物を作れと言うなら不可能だな、私達でもこんなは書けない」


 ジルがそう言いながら、試しに作ってあった鉄板に似たような魔法陣を描くが、使っている金属ペンの線が所々で繋がっている。

 そして描き上がった魔法陣を見た後、ジルが使っていた金属ペンを見ると、その先はかなり変形してしまっている。

 もし、これより細い線を描く必要があれば、普通ならペン先をもっと細くすればいいだけだが、細くすればその分、ペン先が変形しやすくなる。


「それに、鉄でコレだとこれより硬いミスリルじゃ、ペンが何本駄目になるか……」


「ふむ、ペン先をもっと固い物にするとかは出来んのか?」


「固い物は総じてマナの通りが悪い。 そうするとただの線になるだけだ」


 魔法陣は線を書き込む時にマナを流す事で、その線にマナが流れるようになる。

 なので、ただの線を引くだけでは意味がないのだ。


「強度とマナの通り、両立させるのは難しいか……」


「それじゃ、やはり大きくするしかないのか?」


「残念だがその通りだな、一応、それでも出来るだけ大きくしない様に試してみるとしよう」


 ビビンの叔父貴の言葉に俺等は頷いて、最初は取り敢えず、鉄から最低限可能なサイズを見極める事にした。

 ただ、俺はフィリップ達のペン先を直す為に、運び込まれた鉱石の中からミスリル鉱石の欠片を削って、ペン先を交換する作業を任された。

 見た限り、二人が使っているペンは、柄を樫の木を削り出した物で先を交換出来る様に加工されている。

 差し込みを合わせれば、交換可能だ。




 それから何日も掛けて、最低限、刻み込める大きさを把握したので、ミスリルを使用して出来上がったのは、所々が大きくなった歪な形の全身鎧だった。

 胴体や肩が二回り程大きく、安定させる為に膝から下も大きくなり、逆に腕や頭の部分は一回り程大きくなっただけ。

 誰が見ても見た目は酷く不格好。

 しかし、見た目を優先して合わせるとなると、腕や頭を大きくするしかなくなり、とてもじゃないが動かす事が出来なくなる。

 だが、奴等の事だから見た目も要求して来るだろう。


「どうする?」


「どうすると言ってもな……魔法陣が多くなる胴体と、重量を支える足はどうしても大きくなるのは避けられんし、かと言ってそれに合わせたら、重くなり過ぎて動けなくなるぞ」


「そうなると素材から見直す必要が?」


「そうしたいのは山々だが、もう時間が無い……奴等の提示した期限まで、もう一週間も無い」


 開き直って酒でも飲んでいたいが、ここに酒は無い。

 ドワーフに酒を飲ませないなんて拷問に近い事だ。


「まぁ俺達は出来る限りの事をしたんだ……それで文句を言うなら、後は勝手にしろってんだ」


 ザザンの叔父貴が吐き捨てる様にそう言うが、これ以上どうにかするには、確かにここにある様な設備じゃ不可能だ。

 もう少し大規模だったり、ちゃんとした道具が無けりゃ不可能だろう。

 一応、俺達は言われた通り作ったんだから、文句を言われる筋合いはない。




 期限が来てやって来た奴等に、完成した不細工な全身鎧を見せ、機能はほぼ同じだが、ここにある設備じゃこれが限界だと説明したが、まぁそれで納得する奴等じゃない。

 余りの不格好さに激怒して殴るわ蹴るわ、挙句には完成していた不格好な全身鎧に対して、一緒に来ていた護衛に命じて、ハンマーを叩きつけて破壊してしまった。

 奴等の使ってるハンマーは、俺達がミスリルの中でも高品質の物を見極めて作った物で、その破壊力は従来の物より遥かに強い。

 そんな物で攻撃されれば、同じミスリルであっても打ち負けるのは当たり前だ。


 奴等が去った後、ズタボロになり、最早ただのガラクタになった全身鎧を前にしてこれからを考える。

 もう一度作るにしても、ここで作れるのはアレが限界なのは本当の事だ。

 いくらビビンの叔父貴達やフィリップ達の腕が良くても、こんなゴミみたいな設備じゃ、アレより小さくする事は不可能だ。

 結局、どうにも出来ない。


「クソが……」


 そう呟いて叔父貴達を起こすが、いくらドワーフ族が頑丈だと言っても、今回は特に酷い。

 ザザンの叔父貴は倒れた際に左腕を踏み付けられ、折れはしなかったが骨に罅が入った様で、その部分が紫色に変色している。

 これだと、暫く鍛冶仕事は出来ないだろう。


「こうなったら、どうにかしてここから逃げるしか……」


「それは昔試しただろ……それでどうなったか忘れたか?」


 ザザンの叔父貴の腕に添え木を当て、ボロ布で縛りながら提案するが、ビビンの叔父貴が言う通り、実はここに連れて来られた当初、一度脱走を試している。

 だが、坑道から出た瞬間、首輪が絞まり、更に手足が痺れて動けなくなって死に掛けた。

 何とか坑道に戻って死ぬ事は無かったが、俺達はこの坑道から出る事が出来ない。

 あの時は、いずれ脱走の機会は来ると考えていたが、コレまでの事を考えれば、脱走するなんて事は不可能だろう。

 それに、救助なんて期待出来ない。


「だが、このままじゃ結局奴等に殺されちまうよ、それならいっその事……」


「……要救助者を確認しました。 ここにいらっしゃるのはコレで全員ですか?」


 俺達が座り込んで話していた所に、急に聞いた事の無い女の声が響いた。

 思わず、俺とビビンの叔父貴が鍛冶道具を掴んで構えるが、そこにいたのは、数名の冒険者の様な奴等。 

 全員が小綺麗な格好をしているが、その身に着けているのはどれも上等な装備だ。


「お前達、どうやってここに……それに、入り口は……」


「私達の主が貴方達の様な、を集めています。 勿論、不当に扱う為ではなく協力者として、そして、私達の話を聞いて協力出来ないとしても、救助してちゃんと希望の場所に送り届けます」


「主……って事は、お前達も奴隷なのか?」


「元、ですね。 ですが、ここにいる全員が主の理想を聞いて、その手伝いが出来ればと、従っています」


 そう言った女性を見るが、確かに健康そのもので、俺達の様にボロボロになっていたり、痣だらけといった様子は無い。

 だが、その主とやらの理想の為と言うが、一体どんな理想だ?


「主の理想については、ここから脱出した後に。 それと、そちらのエルフさん達ですが、仲間も救助されていますのでご安心ください」


「本当ですか!?」


 それを聞いたフィリップが安堵しているが、どうやら彼等以外にも違法に捕まっていたエルフ達がいたようだ。

 しかし、彼等の主とは一体何者だ?


「まずは、その邪魔な首輪から外しましょう、セリーナ」


「了解。 少し見せてくれ……うん、これなら問題無い」


 ジルの首輪を調べた女がそう言って、腰の鞄から何か紙切れを取り出して首輪に貼り付けると、ジュッと音がして一瞬で紙切れが黒く染まり、カチャッと簡単に外していた。

 それを唖然とした様子でフィリップが見ているが、俺達の嵌められている首輪は、無理に外そうとすると首が千切れる程に縮む特殊な物だ。

 それをいとも簡単に解除するとは、あの紙切れは一体……

 調べたい気持ちはあるが、今は一刻も早くここから出る事だ。


「さて、脱出した後、追跡を防ぐ為にここはぶっ潰すから早く出るよ」


 そうして、彼女達の先導の元、俺達は長く囚われていた廃坑道から脱走した。




 同日、ブーン領で幾つかの屋敷や廃屋、廃鉱山で火事や崩落と言った騒ぎが起き、領兵だけでなく居合わせた冒険者達の懸命な作業により、被害は最小限で抑えられた。

 原因が調査される事になったが、被害を受けたのは殆ど使われていない廃屋だったりした為、これを調べても無駄だろうと、領主であるウィリー伯爵の命令で調査は打ち切り。

 屋敷が燃えた者にはウィリー伯爵から、一部補助金が出された。

 それで『何か良からぬ事をしていたのでは?』と噂が出たが、『それなら火事が起きたのは変だろう』と言う話も出て噂は直ぐに消えた。

 暫くの後、これまで栄えていたブーン領は陰りを見せ始め、衰退を始めていった。

 その原因は分からず、ウィリー伯爵は最後まで黙ったままだったという。

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