第295話




 ブーン領にある鉱山。

 ただし、この鉱山は既に枯れた、という事で何年も前から閉山され、坑道の入り口には鍵付きの巨大な扉で塞がれていた。

 そんな廃鉱山に、月明かりも無い夜中に数人の人影が巨大な荷物を担いで入って行った。


「起きろ貴様等! 仕事だ!」


 薄暗い坑道を進んだ先で、灯りの為に持ってきたランタンを掲げ、壁に立て掛けてあった鐘をガンガンと鳴らす。

 そこは広い部屋の様になっているが、壁には牢屋の様な鉄格子が設置され、その中から複数の気配がある。

 その壁の一部には巨大な鍛冶施設が作られているが、そこに置かれている道具は全てボロボロになっている。

 そして、その牢屋の一つがギィィと鈍い音を響かせて開くと、ジャラジャラと音をさせながら一人の男が出て来た。

 ただ、首には黒い首輪が填められ、両脚には足環とそこに繋がった太い鎖が繋がっており、その身体には無数の傷跡、服は粗末な襤褸を纏っていて、到底普通の待遇とは言えなかった。


「こんな時間に何の用じゃい……」


「金属しか扱えない役立たずの貴様らに、態々仕事を持って来てやったのだ! 感謝するんだな!」


「それは普段から武器やら鎧しか作らせんからじゃろうが……」


「黙れ! この役立たずが!」


 そう言った瞬間、人影の一人が持っていた杖で殴り付け、殴られた男がそのまま後ろの鉄格子にぶつかってガシャンと音を響かせた。


「ツベコベ言わず、さっさと調べてを作れ!」


 部屋の中央に巨大な木箱を置くとその蓋を開けた。

 木箱には木屑の様な物が敷き詰められ、何が入っているかは分からないが、そこに人影の一人が手を突っ込み、ガサガサと中を確認する様に引っ掻き回した後に手を引き抜くと、その手には銀色に輝く脛宛ての部分が握られていた。

 

「……なんじゃい……また鎧か……」


「フン! ただの鎧ではない、これはあの『龍殺し』の所で作られている魔道具の鎧だ」


 がっかりしたかのように呟いた男だが、『魔道具の鎧』と聞いて視線が変わった。

 そして、その脛宛てを手に取ってまじまじと眺め始める。


「……コイツは……」


「良いか、期間は一ヶ月だ! 一ヶ月以内に量産出来る様にしておけ!」


 そう言って人影達がそこから出て行く。

 男はその場に座り込み、ずっと脛宛てを見ていたが、木箱のサイズから中身がこれだけとは思えないので、木箱を掴むとその場でひっくり返して中身をぶちまけた。

 すると、中からゴロゴロといくつもの鎧の部品が出て来た。


「二人共手伝え、どうやら相当面倒なブツらしい」


「……やれやれ、今度は一体どんな面倒な物やら……」


「ったく、あの野郎共、コイツが無けりゃただじゃおかねぇってのに……」


 男に声を掛けられ、他の牢屋からブツブツと文句を言いながら、似たような背格好の男達が出て来た。

 そして、木箱から出てきた鎧の部品を取り敢えず組み上げていく。


「で、コイツを作れって? ただの鎧を作って今度は何処に売るつもりだ?」


「ザザンよ、コイツはただの鎧じゃない、どうやら魔道具の様だ。 それも相当に高度な魔道具の様だぞ?」


「鎧の魔道具だぁ? 相手の魔術でも弾き返すんか?」


「脛のを見た限り、どうやら着用者の脚力とかを上げるみたいだが、それ以上は詳しく知らべんと分からん」


「ギギン、それじゃそっちを調べろ、ワシとザザンは胴を調べる」


「……あいよ」


 ギギンと呼ばれた男が手早く鎧の足を外すと、その中を指先に灯した灯りの光で照らして確認を始める。

 そして、男達はしばらく無言で鎧を調べ続けた。




 素晴らしい。

 その一言に尽きる。

 俺の名前はギギン。

 この廃鉱山で捕らえられているドワーフ族の一人だ。

 捕らえられていると言っても、別に犯罪とかで捕まった訳じゃ無い。

 ビビンとザザンの叔父貴達と、武器とかで路銀を作りながら旅をしていたが、数年前に違法奴隷商の人狩隊に襲われて捕まり、こんな廃鉱山に閉じ込められ続けている。

 今まで作らされているのは武器とかばかりだが、違法奴隷にされてこんな所に閉じ込められているのに、作った武器がまともな売り方をされている筈が無い。

 普通は作った武器には俺達も銘を刻むのだが、奴隷として買われた際に、命令で銘を刻む事を禁止されているから刻む事が出来ない。

 だが、同じドワーフ族が見れば、その癖から作った奴は同じドワーフ族で銘を刻めない状況にある、と分かって探してくれるだろうが、それも無い事から、俺達が作った武器類はどうやら相当面倒な所に流されているのだろう。

 そして、叔父貴達の方を見れば、彼方も熱心に鎧を見ている。


「こっちは確認出来たが、叔父貴達はどうだ?」


「…………」


「コイツを作った奴は、天才かのどっちかだな」


 そんな事を言ったのはザザンの叔父貴。

 俺から見ても、この鎧を作った奴は凄まじい技量の持ち主だ。

 まず、鎧に動きを補助する様な魔法陣を刻んで、それを阻害しない様にそれぞれを繋ぎ合わせるという発想が凄まじい。

 そして、その動力になるのが、胸の中央にある魔石になるのだが、それも効率よくマナを引き出している。

 他にも、使われている素材だがミスリルだけじゃないな。

 手触りと叩いた反応から、ミスリルに僅かに何か混ぜてある感じがする。


「で、二人共、作れると思うか?」


「「……」」


 ビビンの叔父貴にそう聞かれるが、正直な考えとしてはは難しい。

 恐らく、時間を掛ければ似た物は作る事は出来るが、一ヶ月と言う期間では作るのは難しいだろう。

 ただ、一番難しいのは内部の魔法陣や回路を刻む所なので、そこだけどうにかすれば作る事は出来るだろう。


「どうせすぐに様子を見に来るだろう。 ギギン、炉に火を入れろ、ザザンは取り敢えず、鉄を準備しておけ、それまでにガワだけでも試しに作ってみるぞ」


 ビビンの叔父貴の指示で取り敢えず作ってみる事にしたが、どうやってこんな精密な線を引いたのだろうか?

 そう考えつつ、炉の中に炭を投げ込んで、種火に着火してどんどん火を強くしていく。

 やがて十分な熱になったのを確認したので、今度は鉄鉱石を炉に入れて溶かし、そこに手持ちの鉱石の原石の幾つかも一緒に入れる。

 それらが十分に溶け切った後、取り出し口から型に流し込み、固まったらそれをどんどん加工していく。

 ドワーフ族である俺達には、ここら辺の作業は慣れた物だ。

 あっという間に鎧の部品が出来上がっていく。


 そして、殆ど寝る事も無く、2日で外見だけはそっくりな全身鎧が完成した。

 だが、完成品を動かしてみて、やはりコレは魔法陣や回路を刻まねば使い物にならないと再認識する事になった。

 まず、元の鎧の素材はミスリルを中心にした何かだろうが、それでも全身鎧だから重量がどうしても重くなるので、そのままではマトモに動くのが難しくなる。

 これを着て普通に動けるのは、相当に鍛えた奴等だけだろう。


「さて、どう思う?」


「この大きさじゃ無理だな、倍くらいデカくすれば何とか出来るだろうが……」


「しかしそれだと文句言われねぇか?」


「フンッ、どうせ作っても文句を言う奴等だ、それならこっちも好きに作ってやるだけだ」


 ビビンの叔父貴がそう言うが、俺等としても作れないのは悔しい所だ。

 取り敢えず、素材は後で考えるとして、俺達でも線を引けるギリギリの大きさを確認する為、何日間か試しては鋳溶かし、試しては鋳溶かしを繰り返す。

 最終的に、やはり倍近い大きさが必要と言う所で、奴等がやって来た。

 そして、試しに作った鎧を見せてビビンの叔父貴が説明し、これ以上小さくするならエルフの助力が必要な事を伝える。

 どうせエルフも隠しているんだろうと、奴等にビビンの叔父貴が言ったら、叔父貴が殴られるが、首輪のせいで俺達は助けに入れない。

 殴られてボロボロになるが、元々体躯は頑丈なドワーフ族だから、そこまで重傷にはならない。

 そして次の日、俺達の廃鉱山に数人のエルフ達が運び込まれた。

 彼等の首にも、俺達の首にある首輪と同じ物が填められている。

 やはり囲っていやがったか……

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