第286話




 珍しく苛立っている。

 そう思える程、ワタシはイライラしていた。

 その原因は他でもない、『ジンジャ』と『魔女』の存在だ。

 あれから手を尽くし、何とか情報を掻き集めているのだが、全然集まらない。

 表に出せない部下達も出しているが、碌な情報が集まらない。

 陛下に報告していないが、実は潜入に特化した『鼠』が『ジンジャ』に初めて潜入する事に成功していた。

 潜入に成功したと報告が来た時、ワタシは遂に『ジンジャ』の秘密を暴けると内心喜んでいたのだが、真夜中に『鼠』は無残な姿になって教会に運び込まれた。

 『ジンジャ』を監視していた部下の話では、真夜中に『ジンジャ』の中で光が弾けたと報告があり、その時、弾き飛ばされて川に落ちたのを回収したという。

 運んだ部下の話では、『鼠』は『子供が……化物だ……あんな……ありえない……』と呟いていたらしいが、『ジンジャ』には子供はいない事だけは確認済みだ。

 そして、教会に担ぎ込まれた『鼠』から更なる情報を聞き出そうと、治療を施したが不可思議な事に負った傷が塞がらず、保管してあった『上級ポーション』を使っても効果が無かった。

 そして、『鼠』はそのまま死亡。

 『鼠』の遺体を調べた結果、複数の内蔵が破裂しているだけでなく、一部は溶けていたりしていたり、骨折、打撲、筋断裂と凄まじい損傷が起きていた。

 こんな報告、陛下に出来る訳も無い。


「一体何だト言うのヨ!」


 思わず叫ぶが、それで何か解決する訳でも無いのが、余計に苛立たしい。

 『魔女』に至っては、王都にいるから本人を調べる事は出来ないが、住処を調べれば何か分かるだろうと、森の中の住処に向けて部下を送ったら、何故か糸でグルグル巻きにされて森の入り口の木に釣り下げられていた。

 聞けば、『魔女』の住処は不用意に近付くと、そこで遊んでいる妖精によって拘束されるので、近付かない様にと警告が出されていたらしい。

 それでも近付く必要がある場合、冒険者ギルドに申請し、協力者が同行すれば無事に辿り着けるらしいが、申請を出しても、まず許可は出ないと説明を受けた。

 なんでも、その同行する協力者と言うのが妖精らしく、『気分が乗らない』として殆ど同行する事が無いらしい。

 吊るされた部下からの報告では、森の中には普通に入れたが、背後から何か液状のモノを掛けられた後、いきなり糸が巻き付いて、巨大な蜘蛛らしき魔物に捕まり、麻痺牙で麻痺している間に吊るされていた、という話だった。

 この部下達は、状態異常に対しても高い耐性を持っているのだが、それを貫通して麻痺させるとは、かなり強力な魔物の様だが、話によればアレは妖精の森にいる『守護者』と呼ばれるゴーレムらしい。

 そんなのが魔女の住処の森に何でいるのさ!?


「このままデハ……ダガレンに追い抜かれるノモ時間の問題……どうすレバ……」


 枢機卿は、外向けには同一であると見せているが、その裏ではしっかりとした序列がある。

 当然、それは教会への喜捨の額であったり、信者の数であったり、功績の結果であったりするのだが、ワタシの場合は、喜捨と功績で上位にいるが、『ジンジャ』と『魔女』によってその地位が危うくなっている。

 『ジンジャ』によって、ルーデンス領の信者数は激減し、喜捨の額がかなり減り、意図しているかは不明だが『魔女』によってアレコレと妨害されている。

 その結果、このままだとダガレンのヤツに序列を抜かされてしまう可能性が出て来た。


「………コウなったラ、何か新しい研究をシテ……」


 ワタシがコレまでやって来たのは、新薬の開発だけではなく魔道具開発や人体実験もやっている。

 しかし、いざ新しい事をやろうと思っても、思い付く事は全てやってしまっている。

 何かないか、陛下の覚えも良く教会の利益になる新しい物……

 部屋の中をウロウロと歩き回るが、早々簡単に思い付く訳も無い。

 そうしていたら、部屋の外から何かが倒れるバダンッ!と言う音が響いた。


「一体何が起きタノ?」


 溜息を吐いて部屋を出ると、そこには大きな扉が廊下に倒れていた。

 そう言えば、間に合わせで取り付けていた正面扉を、正式な物に交換する作業を行うという報告が来ていた。

 ただ、装飾を施された扉はかなり大きく、それなりに重量がある。

 数人の部下だけではどうにもならないので、何人もの部下達が集まり、ロープと柱を使って持ち上げているのを見て、一つの案を閃いた。

 『魔女』が作ったという全身鎧の魔道具。

 アレを手に入れられればワタシの方で研究し、教会にいる兵士達を強化する事が出来る。

 素材に関しては他の枢機卿にも話を持っていけば、余裕で協力して来るだろう。


「『転移』、王都へ行きマス。 準備しなサイ」


 部屋に戻り、急いで『転移』を呼びつけてその為に必要な準備をする為、王都へと転移する。

 確かに教会派は先の騒動ソバンの暗躍で、地方の領地へと飛ばされて力を削がれたが全員ではない。

 中にはひっそりと息を潜めている協力者もいるのだ。


 今回『転移』したのは、そんな協力者の一人の屋敷の中にある倉庫の様な部屋。

 ワタシが来た事を知らせる為に、壁に設置されたベルをチリチリと鳴らし、しばらく待つと、扉がノックされた。


「出迎え御苦労。 今日は緊急の事がアって参りまシタ」


 その貴族の男が頭を下げて来るが、今回は時間が惜しい。

 その男に命じ、どうにかして『魔女』が所有している『全身鎧の魔道具』を手に入れる事を指示する。

 当然、入手手段は選ばないが、我々が関与している事を知られてはならない。

 そう説明すると、男が顎に手を当てている。


「クリュネ枢機卿様、実は……」


 そう言った男は、『魔女』はアレの研究を別に禁止してはおらず、勝手に作るのは別に構わない事や、現状アレを所有しているのが、『魔女』以外では関係者ばかりで強引に入手する事はほぼ不可能だという。

 唯一、『龍殺しヴァーツ』が定期的に整備で輸送をする為に手から離れるのだが、忌々しい事にグリフォンを使われて空高くを飛ぶので手が出せない。

 聞くだけではどうやっても入手する事は出来そうにないが、何か抜け道がある筈だ。


「……直接買い取ル事は?」


「難しいかと……いや、でも……もしかしたら……」


 男が『買取』と言う案に対して何かを考えこむ。

 しばらく待つと、『もしかしたら何とかなるかも知れません』と言うので、男が思い付いた考えを聞くと、成程、確かに筋は通っている。

 だが、その考えにはいくつか問題もある。


「我々から資金は出せナイが……」


「何、金はある所から出させれば良いのです」


 そう言った男は、その思い付きを実行する為の仲間の名前を上げ、コレからそれをやる為に動くという。

 確かに早い方が良いとはいえ、早急過ぎる気もすると思ったら、『魔女』はもうしばらくしたら王都からルーデンス領へと戻るという話が出ているらしい。

 なんでも、王都での予定が予想より早く終了したので、残った用事を片付けたら帰還する、という話が出ており、王都の関係者が慌てているという。

 成程、それなら急いだほうが良い。


「それデハ、吉報を待っていますヨ」


 次に来るのは早くとも一月後と約束し、『転移』に命じて屋敷から教会へと戻る。

 後は、あの男達が『魔女』から『全身鎧』を手に入れる事が出来れば、ワタシの序列は不動のモノになるだろう。

 そんな事を考えていたら、『強化薬』の秘密がバレて、これ以上の拡散は難しいと報告が来た。

 見抜いたのはあの『ニカサ=ミトヤード』。

 その名前を聞いた瞬間、ワタシは机にあった書類やインク壷を薙ぎ散らしていた。

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