第284話
カラカラとワゴンを押して場内を進み、王城に併設されている別の建物に向かう。
本来は入り口で調べられるが、俺にとっても此処は古巣だからほとんど調べられず、入り口にいる兵士と軽く話をして中に入る。
此処は王城で『近衛魔法師団』が待機している待機所も兼ねている建物であり、中にいるのはほぼ全員が近衛魔法師団の団員だ。
中にはローブ姿の兵が多くおり、通り過ぎる時に会釈される。
それに軽く会釈して進み、最奥の扉の前に到着し、ドアノッカーを叩いた。
「……誰じゃ?」
「おぅ、返事があるって事はまだ元気だな」
中から老人の声が聞こえたので、そのまま扉を開けると、その部屋は小さい明り取り用の窓から光が差し込み、壁には大量の本が収められた本棚が並び、中央に一つの机で作業をしている老人が座っていた。
ワゴンを押しながら中に入ると、俺の姿を見た老人が溜息を吐いている。
「全く……誰かと思えばお前か」
「前に師匠に頼んだモンが出来たから、一足先に態々持って来てやったんだぞ?」
本当は、食堂で提供する前の食事を提供するなんて事はしないが、今回は特別だ。
そう言ってワゴンを机の脇に置くが、机の上は書類やらインク壷やらが大量に散らばっており、とてもじゃないが置く事が出来ない。
「ジジイ、少しは片付けとかしたらどうなんだ? これなんてもう使わねぇだろ」
俺が手にしたのは、一ヶ月以上前の収支報告書。
他にも、魔道具の設計図の様な物や、殴り書きしたような書類があるが、どう見ても使わないだろ。
「ちゃんと使うもんじゃ! それにお前にはもう関係無いじゃろ!」
「ハァ、これじゃマルクスが苦労してんのが分かるな……」
「フンッ! 取り敢えず、ここじゃ喰う事も出来んからちょっと待っておれ」
俺の溜息に対して、老人が不貞腐れた様に立ち上がると、別の場所に空中に出来た黒い穴から簡素な机を取り出して設置する。
ジジイのアレは便利だが、机の上を見る限り、あの中も相当に不必要な物が溜まってそうだな……
「ホレ、さっさと出さんか」
催促され、フォークとナイフを並べた後、ワゴンから料理を机に置いた。
本当は此処で喰わせるとマルクスから苦情が来そうだが、ジジイは元気そうに見せているが、あまり歩けないんで態々別の場所に移動して、なんて事はさせたくない。
そして、ジジイが皿を手に取り、不思議そうに料理を見ているので、どうやって作ったのかを説明する。
「成程、確かにその説明なら十分柔らかそうじゃが……ふむ」
ジジイがナイフで料理を切り、一口、口に放り込んで噛み締める。
そしてゴクンと飲み込むと、猛烈な勢いで切っては口に放り込み、どんどん食べ進めていく。
あっという間に喰い切り、フォークとナイフを皿に置いた。
「……驚きじゃ……これ程までに柔らかいのに、ステーキ並に肉の味を感じられるとは……」
「まだ食堂じゃ提供するか分からんから、食べたくなったら事前に連絡する様にしてくれ」
「ワシ、毎日でも喰いたいんじゃが……」
「毎日は栄養バランスが崩れるから駄目」
「ケチ臭いのう……老い先短い老人の望みなんじゃから、そのくらい別に良いじゃろ?」
「近衛魔法師団の団長様が、そんな簡単にくたばるなんて訳ないだろ……そもそも、老い先短いって言って、もう何年経つんだよ」
そう言う俺の言葉に、ジジイが指折り数えている。
「そうさのう……お主が此処を出て行った時にも言った覚えがあるから……ざっと20年は経っておるかのう?」
「随分長ぇ老い先だな全く……」
喰い終わった皿などを回収し、今後、この料理は事前に連絡をしたらを提供する事になった。
一応、作り方は師匠から教えられたし、数回試作すれば何とか作れるようにはなるだろう。
問題は、キノコをどうやって手に入れるかだが、しばらくは『ガーウィグ領』から送ってもらいつつ、王城内の栽培室で栽培出来るか試す事にした。
王城の栽培室では、キノコも栽培出来る様に作られた暗室もあるが、他のキノコと同じ条件で栽培出来るかは分からんからな。
名残惜しそうにしているジジイを部屋に残し、俺は食器を片付ける為に戻るのだが、その際に疲れた表情のマルクスに出会ったので、軽く話をすると、やはり、ジジイの怠け癖は治っていない様だった。
あのジジイは、軽く尻を叩くくらいの事をしないと駄目だと伝えるが、『そんな事が出来たのは元副団長だった貴方だけですよ』なんて事を言われた。
取り敢えず、マルクスには俺が責任を持つから、正当な理由があれば気にせずぶっ叩けとは伝えておいた。
食堂に戻る途中、今度は王城に勤めているドワーフ族の『ボボン』に捕まった。
捕まったというか、師匠が頼んでいた鍋が出来たので、取りに来て欲しいと伝えてくれとの事だった。
それを了承し、片付けが終わったら向かう事を約束。
急いで戻って師匠にその事を伝え、食器を片付けた後、一緒に『工房』へと向かう。
「待っていたぞ」
そんな事を言ったのが、この工房で様々な物を作っているドワーフ集団を率いている『ボボン』だ。
彼等は剣から釘に至るまで、金属製品であれば何でも作る。
それこそ、師匠が頼んだような鍋だって作るのだが、その鍋はかなり特殊だった為、かなりの数を試作しては失敗を繰り返していたという。
「それが完成した鍋だ!」
ボボンが指差したのは、何と言うか、巨大なネジが刺さった鉄球?だった。
小さい子供位なら入りそうだな……
不思議そうに眺めた後、師匠が軽く叩くと中が空洞なのか軽い音がする。
「随分と独特な形をしてるが……」
「最初は普通の鍋で作ってみたんだが、中の圧力?に負けて爆発したり、蓋の隙間から蒸気が抜けちまったんでな、既存の構造だと厚みを持たせても出来なかったんで、こんな形になった」
蒸気が抜ける対策として、鍋の厚みを増やして蓋の間に革を挟んで隙間を埋めようとしたが、革の味が染み出してしまった上に、数回使うだけで革に隙間が出来てしまうので、交換しなければならなくなってしまって、維持費が高くなってしまうとして、ボツになった。
丸い形は中の圧力に耐える為で、巨大なネジは蓋代わりと言う訳か。
実際の使い方だが、ネジを外して油を流し入れ、火で熱して温度が上がったら鱗を投入、すぐさまネジで密閉すると……
言うだけなら簡単だが、大丈夫なのか?
「コイツで注意するのは、中途半端にネジを締めただけじゃ、圧力に負けてネジが吹っ飛ぶからな。 ちゃんとネジは締めろってくらいだな」
後は、置く所にも注意しとけとボボンは言うが、今の所、コレを使うのは調理場だけで、他の所では使う予定は無いから、専用の竈を一つ作り、そこで固定すれば良いだろう。
そんな事を考えていたのだが、師匠がある事に気が付いた。
『なぁ、コレどうやって運ぶんだ?』
そう言われて改めて球体鍋を見る。
天辺に巨大なネジが付いた球体。
初めて見る形だが、運ぼうと思えば運べるのでは?
『俺は浮かせるから大丈夫だが、高温の油で熱してるのに触れるのか?』
その言葉を受けて改めて考えてみる。
師匠はスキルで物を浮かせて運んだり、いざとなれば物を押さえ込む事が出来るが、我々はそうはいかない。
もしこの球体鍋で油を加工した際、それをどうやって取り出す?
態々お玉を使ってチマチマと取り出す事は出来るだろうが、底に溜まった鱗の欠片を拾う事は出来ないし、欠片を残したまま次の油を作る事は出来ない。
それに、油が完全に冷えてしまうと、今度はその鱗の欠片が取り込んだ雑味が漏れ出てしまうらしいので、熱いうちに取り除く必要があるのだ。
つまり……
「取っ手を付ける必要があるな……」
「……まぁそのくらいなら直ぐに出来るが……」
『あ、それなら俺はコイツのままで良いから、新しく作り直したらどうだ? そうすりゃ、取っ手の所に鎖とか付けてネジに繋げられる様にすりゃ、ネジ飛び対策になるだろ?』
師匠のそんな言葉を受け、ボボンが師匠と設計図を前に、アレでも無いコレでも無いと話し始めてしまった。
その様子を見ながら、工房にいた別のドワーフを呼んで、調理場に新しく増設する竈の手配を頼んでおいた。
師匠の教育によって料理の味の質が極端に上がった事で、毎度の食事にやってくる兵達が増えたせいで、今ある竈の数ではもう間に合わなくなってきたのだ。
師匠とボボンの話はその後もしばらく続き、最終的に新しく作る球体鍋は随分と小さくなり、残る我々でも楽に取り回しが出来るサイズになった。
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-料理熊が作ったのって……-
-はい、簡単に言ってしまえば『ハンバーグ』ですね。 パン粉を混ぜないでキノコを混ぜていましたが-
-それってどうなの?-
-普通、パン粉はつなぎとして使われますが、パン粉の役割は接着力を強める以外にも、肉汁等を吸うという効果がある訳です。 接着力は強く出来ませんけど、肉汁を吸わせる代わりになるんですよ-
-味がしないから、ハンバーグ自体の味の邪魔もしないと-
-まぁ熊さんは他にも色々と流用するでしょうけどね-
-そりゃそうだけど……それより、球体鍋って圧力鍋の代わりよね?-
-ですね、シリコンとかパッキンがありませんので、隙間を埋める為にネジで強制的に蓋をするという力技になりました-
-それで圧力鍋料理って出来るの?-
-そこは熊さんに期待していてください-
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