第282話
薄暗い一室で、男達の男がベッドに固定されている人物を見下ろしていた。
ただ、その固定されている人物は、血塗れのシーツが掛けられ、ピクリとも動いていない事から死体である事が分かる。
「ふむ、やっぱり、無理矢理引き抜くと駄目……か」
男が呟いて、ベッドの脇に置かれていた机に持っていた器具を放り捨てる。
そして、床に置かれていた瓶を手にすると、そこに入っているナニカを眺める。
「引き抜く時に暴れて、周囲を引き裂いて感染者が死ぬ、と……発見者はよく気が付いたな、コレ」
「……大賢者様、やはり、あちらに協力を求めた方が良いのでは?」
そんな事を言った男に、大賢者の視線が向くがその視線は冷たい。
「それは、大賢者である俺が、アイツ等より劣ってるって言いたいのか?」
「い、いえ、そう言う意味では……」
「……まぁ良いや、取り敢えず、死体は片付けとけ」
大賢者がつまらなそうに言って、部屋から出て行く。
部屋に残された男達が大きく息を吐き、固定されていた人物に目を向けた。
「……いくら無期懲役だったとはいえ、酷過ぎるな……」
「確かに」
「『生き残れば無罪放免』って条件らしかったけど、絶対に生き残れないって分かってたよな、アレ」
血塗れのシーツを剥がし、そこで横たわっていた人物を見ると、両手両足は鎖で繋がれ、肘や腹部といった所にも分厚い革のベルトでベッドに固定されていた。
ただし、口には猿轡が噛まされ、表情は苦悶に歪んでいる。
そして、その背中は大きく切り開かれており、そこから黒い紐の様な物が伸びてダラリと下がり、先端部からは緑色の液体がポタリポタリと垂れていた。
「こうなっちまうと、『盗賊王』も憐れだな……」
『盗賊王』とは、
当然、警備兵達も捕まえようと捜査したり、警備をしていたが、一向に捕まらず、警備兵達も頭を抱えていた。
コレには理由があり、この獣人は常に単独で行動していて手掛かりが殆ど無く、警備兵や住民の中にも協力者が多数いた為だ。
どうして此処まで協力者が多かったのかと言えば、そんな彼が狙っていたのは悪どい事をしていた者達だからであり、そのせいで感謝される事はあっても、恨まれるような事は無かったからだ。
それでいつも捕らえられずに逃げられていた訳なのだが、大賢者の仕掛けた罠に嵌って遂に捕らえられた。
流石の彼も、屋敷一つを囲む結界の魔道具なんて、そんな物が仕掛けられているとは予想しておらず、盗みを終えた後、外に出られない事に気が付き、何とか脱出しようとしたが、屋敷には家具や住んでいる貴族や従者達もいたのに、それ等を無視して、仕掛けられていた麻痺毒を撒き散らされるなど、誰も考えないだろう。
そして、動けなくなった所を捕らえられた訳だ。
その次いでに、その貴族も隠れて脱税をしていたので捕らえられた。
捕らえられた彼に皇帝の下した判決は、所謂、牢に繋ぎ続けるという無期懲役刑であり、これは下手に重労働を科して外に出すと、動きを制限する手枷や足枷を装着しても、それを外して逃亡する可能性がある為だ。
魔道具で拘束する事も臣下から提案されたが、協力者がどれだけ潜んでいるか分からない以上、もしかしたら魔道具を外せる協力者がいないとも限らない。
それなら、永久に牢の中に閉じ込めておけば良い、と言うのが皇帝の判断だった。
そして、そんな彼に目を付けたのが、捕らえた張本人である大賢者だった。
実験に協力し、もし生き残れたら皇帝には実験に協力したとして、無罪放免として釈放する事を約束する、と提案し、彼はその提案を飲んだ。
その結果、彼は定期的に渡された丸薬を飲み、一ヶ月後にそれが寄生虫の卵であり、孵化した寄生虫を摘出するという事でこの部屋に案内され、ベッドに固定されて麻酔をして、その状態で寄生虫の摘出をしたのだが、摘出時に寄生虫の麻痺をしなかった為に、体内から引き抜こうとした際に寄生虫が暴れ、体内と頭の中をズタズタに引き裂かれて死亡した。
彼の遺体は、そのまま血塗れのシーツに包んで運び出し、このまま秘密裏に処理される予定だ。
表向きは永久に牢獄の中に繋がれ獄中死した、と発表される事になった。
自室に戻って、今回得られた情報を書き留める。
寄生虫を調べる魔道具を作って、今回の手術の前に試した事で、確実に作動する事が分かったから、直ぐに増産させる様に指示を出した。
唯一の問題は、この寄生虫入りの丸薬の出所。
今回は商人達に金をバラ撒き、子飼いのベータリア商会にも情報とブツを手に入れさせた。
それでも、入手先に付いては分からない。
入手した先の商人には悪いが、この国で
だから、ベータリア商会には入手した商人に対して、ちょっと
今も追い掛けさせているが、何処かで途切れてしまうだろう。
「……一体何処が作ってんだ?」
少し考える。
寄生虫がこれ程異常な変化をさせているとなれば、かなりの大規模な実験場なりでやっている筈で、個人でやっているなんて事は無いだろ。
それに、販路も問題だ。
スパイ活動もしているベータリア商会が、完全に追い切れないというのはかなりの異常事態だ。
つまり、コレをバラ撒いてる相手は、相当デカイ組織の可能性がある。
だが、バーンガイアもクリファレスにも、コレをバラ撒いて得になる様な事は無い。
寧ろ、感染者が狂暴になるのを考えると、逆に問題になるだろう。
なら、教会か?
しかし、教会がバラ撒いてどうするんだ?
さっきの除去手術の時の事を考えると、末期にもなれば、物理的に除去する以外では対処出来ないだろう。
魔術や薬を使って駆除する事が出来ないのだから、教会のやっている治療魔術で治療は出来ない。
つまり、教会が裏にいたとしても、バラ撒いた後が問題になるし、目的が分からない。
『強化薬』を摂取したら確かに強くなるが、強くしてどうする?
摂取した相手を弱くする『弱化薬』ならまだしも、もし鎮圧する時に戦う場合、相手を強くしてどうすんだって話だ。
だが、この『強化薬』、死刑囚とかに使って強化し、敵陣に突っ込ませて暴れさせるならかなり有用だろう。
どうせ死刑囚なんてほっといても死ぬ奴等だし、『生き残ったら罪を帳消しにしてやる』と言えば、あっさりと乗って来る。
もし生き残ったとしても、ズタボロになってるだろうから、処理も簡単。
ただ、陛下は許可しないだろうから、秘密裏にやる必要があるし、『強化薬』ももっと手に入れる必要がある。
ただ、他にも色々とやっているから、これ以上の事をやるとなると凄く面倒なんだよなぁ……
誰かに任せても良いとは思うんだけど、俺並の知識を持ってる奴がいなければ任せられねぇんだよ。
それ以外にも、秘密にしなけりゃならないから、下手な奴に任せてバレたら大変な事になる。
一応、城内や近辺にいる奴等は俺のシンパで固めてるから、例えバレたとしても揉み消す事は出来るだろう。
それに、何やら俺の事を嗅ぎ回ってる奴がいるらしいが、そいつらの隠れ家に踏み込んでも逃げられているらしく、毎回もぬけのカラ。
コイツ等も何処のどいつだか知らねぇが、かなり用心深いらしく、一向に攻めてこようとしねぇから罠に嵌める事も出来ねぇ。
取り敢えず、今は魔道具の増産を優先して、新型の魔道具や武器の開発も進める。
そして、感染者を捕らえて情報を聞き出し、麻酔で眠らせてから除去手術を行うのも並行してやる事になる。
こんなの続けたら過労死しそうだが、表向きは皇帝に従順な姿を見せておかなければならない。
まだ、仕掛けるタイミングじゃないからな。
この異世界にあるかは分からないが、最低でも最強の爆発力が出せるアレを見付けるか、代りになる物を見付けるまでは、従順に従い続ける。
構造も、地球にいた時にネットで調べてたから、威力は落ちるが単純な構造の方なら簡単に再現出来る。
もし材料が見付かれば、その時こそ俺達が動く絶好の機会だ。
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