第281話




 バーンガイアから送られてきた書状と、治癒師ギルドから送られてきた書状。

 そこには『強化薬』なる危険過ぎる丸薬の事が書かれており、それに対処する為に魔道具の提供や協力をする事、早急に対処すべき案件と書かれている。

 内容を読み進めたが、名前の通り摂取するとマナの通りが良くなり、魔術が強化されると書かれているが、その理由が『寄生虫』によるモノであり、寄生されると性格が非常に好戦的になり、重度になると命の危険性もあると言う。

 この内容を書き記したのは、あの『ニカサ・ミトヤード』と言う伝説的な治癒師としての腕を持つ老婆。

 つまり、この内容に嘘は無いだろう。


「陛下、如何致しますか?」


「うむ……内容が内容だけに、コレは危険過ぎる。 まずは国内の感染者を探すべきだが……」


 そう聞いて来たのは、宰相として長く俺に仕えているの虎の老獣人。

 その問いに俺が此処まで悩んでいるのは、ひとえに獣人の気質にある。

 寄生された者は好戦的になるとあるが、基本的に獣人は好戦的な者が多い。

 気の小さい鼠の獣人や計略を巡らせる事が得意な狐の獣人でも、実はかなり好戦的であり、性格だけで判断する事は難しい。

 かと言って、魔道具を使えば分かると言われても、問題は、寄生された者が発見された場合、獣人の膂力が強化された状態であれば、取り押さえる事自体が難しい。

 勿論、俺の様な獅子獣人や、死亡したと報告があった象獣人ベルメトンの様に、膂力が凄まじい獣人がいれば問題は無いが、俺等の様な獣人は人数が少ない。

 しかし、魔道具を使えば見抜けると言う事は、仕組みさえ理解してしまえば 作る事が出来るのではないか?

 それに、我が国には『大賢者』がいる。


「……『大賢者』は何処に?」


「ハッ、今の時間なら、大賢者様は研究室におられる筈です」


 俺の言葉に、壁際で待機していた兵の一人がそう答える。

 その兵に命じ、大賢者を呼び出しに向かわせる。

 送られてきた書状を読みながら、大賢者が来るのを待つ。

 そうしてしばらく待っていると、部屋に兵と大賢者が入って来た。


「陛下、お呼びだと言う事で来ましたが、何か用ですか?」


「うむ、コレを読んで、この魔道具が作れるかどうかを聞きたい」


 俺が読んでいた書状のうち、大賢者は治癒師ギルドから送られてきた書状を宰相から受け取り、読み始める。

 ペラペラと読み進めているが、その表情は平然としたままで変わらない。


「成程成程、『寄生虫』ねぇ……強化されるってどのレベルまでなんだ……? まぁ、この内容を読む限り、体内に入り込んだ異物を識別するって魔道具だろうから、作れない事は無いですね」


 大賢者が書状を読み終えたのか、そんな事を言うが作れると言う事は、我が国だけでも対処出来るという事であり、後の問題は、どうやって寄生した獣人を取り押さえるかだが、大賢者曰く『拘束する魔道具は簡単に作れる』と言う。

 ならば、問題は無い。

 情報の共有はするが、我が国の事を我が国だけで対処出来るのであればそれで十分。


「では、大賢者よ、早急に魔道具の製作を行い調査を命じる」


「陛下、そうしたいのは山々なんですが、製作は出来たとしても調査の方は手が回りませんよ」


 そう言った大賢者だが、確かに最近も新兵器の開発を行っていて、もう少しで実用化が出来るという話だったな。

 そうなると、魔道具を追加で作る事は出来ても、調査は無理か……

 となれば、魔道具を作らせ、此方の兵士で調査をした方が効率が良い。


「よし、ならば調査は此方の兵に任せる事にしよう。 魔道具の製作を急ぐのだ」


「了解しました」


 大賢者が一礼してそのまま退室すると、俺は宰相に国内の『強化薬』の調査と、感染者を探し出す兵士達の選別を命じる。

 何処までこの『強化薬』が、我が国に蔓延っているのか……

 持っていた書状を机に投げ捨て、コレから起こるであろう問題に、天井に視線を移して溜息を吐いた。




 ヴェルシュ帝国の城には、正門と裏門以外にも、兵士専用の扉と緊急時に脱出する為の秘密の入り口がある。

 その内の一つ、緊急時に使われる脱出路からがスルリと出て来ると、そのまま壁伝いに移動し、家々の影に消えていった。

 何故、人影ではなくなのか?

 それは、そこの、何かがいる事は分かるのだが、それが人なのか、或いは別のナニカなのかが分からないが、移動している途中、兵士達がその近くを通りかかったが、反応すらしていない為、何かしらの魔道具なのだろう。


 そんなナニカを、遥か遠くの窓から見ている獣人がいた。


「………今日も出たな……」


 そう呟いて、ゆっくりと部屋の扉を開けて薄暗い廊下を歩く。

 今いるのは、同志によって購入して管理している隠れ家の一つで、外から察知されない様に灯りは付けていない。

 ゆっくりと階段を降り、一階にある隠し扉を開けて地下へと向かう。

 その地下室の扉を開けると、そこは小さい部屋になっており、扉の向かいにはもう一枚扉があり、そこを開けると、そこは灯りが灯されていた。


「隊長、やはり今日も同じ時間に現れました」


 その部屋の中央で椅子に腰掛け、机に広げられた紙束を見ていた獣人に向け、敬礼して報告する。

 獣人は頭からローブを被っており、表情は見えないが、ローブから出ている腕はかなりの太さがある。

 その獣人以外にも、その部屋には複数の獣人が同じ様に椅子に座り、紙束を手にしていた。


「……そうか、だが、直ぐに戻って来るであろうな」


「これまでの事から、そう考えられます」


「隊長、やはり、此処は正面突破するか、同じ様に緊急路を使って侵入するか無いのでは……」


「もし、途中で大賢者や信奉者共に察知され、を奪われたら全てが終わる。 リスクが高過ぎる」


 隊長と呼ばれたローブを着た獣人が懐から分厚い報告書を取り出す。

 彼はバーンガイアから密かに戻ったが、帝都に戻る前に、何度も襲撃を受け、最後には巨大な谷の崩落に巻き込まれそこで死を覚悟したが、偶然谷底は深い流れの川になっていて、何とか助かった。

 問題は、同行していたもう一人の兵士も同じ報告書を持っており、襲撃を受けた際に別々に逃げたのだが、それがちゃんと皇帝に届いていれば、こうして隠れている必要は無い。

 つまり、もう一人は逃げ切れず、この報告書も敵の手に渡った可能性が高い。


「ですが、此処に隠れてもう2ヵ月、このままでは敵の兵に見付かるのも時間の問題かと」


「………大賢者がどうにか帝都から離れれば良いのだが……」


 その話を聞いて腕を組み、ローブの獣人が悩んでいる。

 それを見て、周囲にいた獣人達がいくつかの案を出すが、そのどれもが危険を伴う案だった。

 ただ、その全てが、帝都外で小競り合いを起こし、大賢者を帝都から離れさせるというもので、成功したとしても、下手をすれば国家転覆を起こそうとしたとして、他の獣人達から猛追されるだろう。

 しかし、このままでは、いずれここ隠れ家も見付けられてしまうだろう。

 既に、帝都に潜んでから2度、隠れ家を襲撃され、同志によって知らされて何とか逃げ遂せているが、次も上手くいくかは分からない。

 ならば、一か八か、騒ぎを起こして突入するのも、最善の手段と思えてしまう。


「……もうしばらく待つ。 それでも事態が動かぬなら、我と陛下しか知らぬ緊急路を使って陛下の元へと行く」


 そうローブの獣人が言うと、その場にいた全員が敬礼した。

 もし、コレが成功したとしても、彼等に待っているのは国家転覆を企てたとして、同族達からの批難の声。

 だが、この国の未来を考えるのであれば、もうそんな事を気にしている場合ではない。


 早急に陛下に報告書を渡し、あの大賢者を排除しなければ、この国は大賢者によって滅ぶ事になる。

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