第280話




 その日、クリファレスの王宮に齎された情報を、宰相が玉座に座っている男へと報告した。

 その男は、煌びやかな服と外套を身に着けていたが、その顔は白い仮面で完全に覆われていて、表情が全く見えなくなっていた。

 唯一、目の部分が開いているので、相手が宰相を見ている事だけは分かっている。


「……と、治癒師ギルドから治療と調査を行いたいと……」


「ハッ、そんなの拒否するに決まってんだろ、俺等に得もねぇし、どうせ強くなった俺達に対する嫉妬と牽制のつもりなんだろ」


 男がそう言うと、周囲にいた貴族達も『流石陛下!』『そうに決まっています!』『コレだから弱小国は……』と、同調する様に肯定していく。

 それを聞きながら、男が満足そうに玉座に座り直して周囲を見回すと、騒いでいた貴族達が静まり返る。


「じゃ、ギルドの馬鹿な報告は無視するとして、他の報告は何かあるか?」


「では、北部戦線の数ヶ所が押され始めており、救援の要求が来ております。 他ですと、各地で税の徴収が減っている事と、辺境にて反乱の兆しがあるようで領主が対処しておりますが、手が回らないとの事です」


 その報告を受けて、男が大きく溜息を吐いた。


「ったく、何で反乱なんか起きんだよ、俺は国の為を考えてアレコレやってんだぞ? その為に税が必要だってのに、ソレが減るってのも意味が分かんねぇ」


 その言葉を聞いて、宰相は顔には出さないが、『アンタがその税で無駄に贅沢して、その贅沢の為に民に重税を掛けてるからだよ!』と心の中で毒づいた。

 この男がクリファレスの王になってから増税に次ぐ増税で、民の負担は凄まじい物になっていた。

 そして、税を納められなければ、男は奴隷にされて最前線に送り出され、女は身目麗しければ、男の元に連れて来られ、侍女として仕える事になる。

 そうで無ければ、兵達の慰み者に廻されてしまう。


「で、北部戦線が押されてるって? 何してんだよ」


「戦場の一つで例のゴーレムが出現、兵の大部分がゴーレムに対処している間に、後方にあった兵站に火を付けられ戦線を下げるしかなくなり、他の戦場では正面の部隊に対処して勝てそうになっていた所、別方角から奇襲を受けて部隊が寸断されて壊滅、他にも敵部隊が潜伏して後方を荒らされたりと……」


「チッ……ホント使えねぇ奴等だな……」


 そう言う男が顎の辺りに手を置いて少し考え、『よしっ』と肘当てを叩いた。


「北部戦線には『ブレイブナイツ』の6番隊から9番隊まで送れ、反乱に関しちゃ4番隊と5番隊を派遣して、反乱しようなんて奴等は根こそぎ捕まえて、二度と反乱なんて起こす気を無くさせろ」


「お待ちください! 『ブレイブナイツ』を動かすのは……」


「あ? 王である俺の決定に逆らうのか?」


 その言葉で、声を上げた宰相が黙り込む。

 『ブレイブナイツ』と言うのは、この男が王となってしばらくした後、仮面を付けて生活する様になって直ぐに設立された特殊部隊の名称だ。

 王に絶対の忠誠を誓い、人外染みた力を持っているが、王を優先するあまり周囲への被害等お構い無し。

 設立されて直ぐの頃、部隊長の一人が『王を侮辱した』として、辺境にあった街を一つ壊滅させ、住民を皆殺しにしてしまった事件が起きたが、王は部隊長を裁く所か『よくやった』と褒めている。

 それで調子に乗ったのか、『ブレイブナイツ』は国内で好き放題しているが、戦場に送られれば正しく一騎当千の働きもするので、今では下手に捕らえる事も出来ない。


「もう一度聞くぞ? 王である、いや、勇者である俺の決定に逆らうのか?」


「……滅相もございません。 ただ、彼等の半数は先日王都に戻って来たばかりなので、休暇が必要ではと思いまして……」


「問題ねぇよ、俺が命じたって言えば、アイツ等なら喜んで行くだろうさ。 それじゃ、後は上手い具合にやっとけ」


 そう言って、男は玉座から立ち上がると、脇に立て掛けてあった剣を手に取って、謁見の間を去って行くと、それに続いて貴族達も部屋から出て行った。

 それを見届け、一人残った宰相が溜息を吐く。

 幼いクレス王子が戻られるまで、勇者が代理の王として立って民を安心させるというのが、当初、勇者から出された提案だったが、その勇者は、まるでクリファレスを我が物の様に私物化し、今では民から集めた税を使って毎日豪遊三昧し、侍女を寝室に引き込んで手を出している始末。

 引き込むだけなら良いのだが、かなり乱暴に扱っている様で、これまでに侍女の数人が自害している。

 最初の頃は、それを咎めたり、勇者が間違った事をしている事に対して、苦言を呈す貴族もいたのだが、『勇者に楯突いた』としていきなり切り殺され、その貴族家の全員が連座で奴隷落ちにされ、注意する貴族がどんどんいなくなり、今では勇者のやる事全てを肯定するだけの貴族しか王宮には残らなかった。

 そうして、何をしても周囲が肯定する為に、勇者はどんどん助長していき、今では誰も逆らう事すらしない事で、好き放題に国の税を喰い荒らしている。


 その中でも一番の問題は、勇者が設立した特殊騎士団である『ブレイブナイツ勇者の騎士』に、反乱の調査と鎮圧を命じている事だ。

 このままだと、彼等が送られた辺境の街は住民が皆殺しになるか、廃墟になるかのどちらかだろう。

 コレを止めようにも、彼等は宰相の言葉を聞く様な面々では無く、勇者の言葉だと虚偽の指示を出して、後日ソレが虚偽だと発覚したら、彼等によって殺されるだろう。

 再び溜息を吐きながら、彼等に割り当てられた隊舎に向かう。

 願わくば、彼等がやり過ぎない事だけだ。



 数日後、クリファレスの王都からゾロゾロといくつもの部隊が出発していった。

 それぞれが白い鎧を身に着け、赤い剣が描かれた旗を掲げており、その剣のマークの下には数字が書かれている。

 各自が馬や馬車に乗って出発していくのを、家の中や街角から住民達がコソコソと見ている。

 その視線は、彼等に興味があるというより、完全に彼等を恐怖している不安なモノであり、チラッと見ては直ぐに窓から離れていく。

 彼等が『ブレイブナイツ』の4番隊から9番隊の隊員達であり、全員が熱狂的な勇者の信奉者達である。

 一つの部隊が20人程度と少ないのだが、その全員が冒険者で言えばAランク以上の力を持っており、一人でオークナイト程度なら笑いながら倒せるだけの実力を持っている。

 通常、オークナイト一体でも、騎士団の実力者が数人掛かりで、決死の覚悟を持って対処して、怪我を負いながら倒す様な魔物であり、冒険者では討伐ランクをBに指定している。

 『ブレイブナイツ』は設立されてから、それほど時間も経っていないのに、所属している全員がこれ程の強さを得られているのは異常だ。

 当然だが、これにはカラクリがある。

 彼等は、全員が勇者から『強化薬』を提供され、それを摂取した事で、仮初ではあるが凄まじい強さを手に入れたのだ。

 全員が勇者がくれた物を怪しむ訳も無く、急に強くなった事にも不審がらず、勇者がくれた物によって、自分達の隠れていた実力が覚醒し、それを見抜いた勇者様はやはり凄い、とさえ思っている。

 そんな彼等は途中の道で別れ、それぞれの部隊に割り振られた戦場へと向かった。




 数ヶ月後、北部戦線ではヴェルシュ帝国の部隊がいくつも壊滅したが、それと同時に戦場となった森は木々が薙ぎ倒されていたり、広範囲が焼き払われていたり、これが平原だと、所々に穴が開き、中には大人が入れば出られない様な深さの穴があったりと、酷い有様になっていた。

 そして、宰相の危惧した通り、反乱を企んでいる可能性があるとして、調査する様にと命じた4番隊と5番隊は、到着して数日で『反乱を企んでいた』として、辺境の街を壊滅させた。

 実際、反乱を企んでいたかは不明で、反乱を企んでいたと判断した理由も、『不必要に武器を取集して、それを隠していた』と言うものであり、領主に話を聞こうにも『反乱の首謀者』として、5番隊の隊長によって殺害されてしまった為、真偽は不明。

 ただ、4番隊が壊滅した街から金目の物を回収し、勇者へと献上した事で勇者は機嫌が良くなり、彼等のやった事を『判断を間違わなかった』『反乱を未然に防いだ』としてお咎め無しとしてしまった。


 これにより、クリファレスの民の不満は爆発寸前となっていたが、あまりに強過ぎる相手にどうする事も出来ないと、誰もが諦め始めた。

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