第279話




 部屋の中でカチャカチャと音が響き、複数の男女が一つの机を囲んで立っている。

 ただ、全員が薄紫のローブの様な服を着て、同じ色の頭巾とマスクをしているという異様な格好だ。

 そして、部屋の壁には白いシーツのような物で完全に覆われており、その中央にある机には、薄緑色の布が被せられ、中央には大きな穴が開いており、そこにはうつ伏せになった誰かがいて、背中側が大きく切られ、背骨が露出していた。


「よし、此処を押さえて、次は鉗子頂戴」


「はい、固定します」


「鉗子です」


 一際小さい人物が隣にいた人物に指示を出し、新しい道具を手にすると、ゆっくりと切った所に差し込んでいく。


「……よし、見付けた……瓶の準備、それと補助も」


「瓶の用意出来ました」


「補助入ります」


 鉗子の先端が何かを掴み、ゆっくりと引いていくと、黒い糸の様な物がズルズルと身体から引き抜かれていく。 

 それを別の人物が鉗子で摘まんで固定すると、また体内に鉗子を入れて、新しく黒い糸を引き抜いていく。

 ある程度引き抜いたら、弛んだ部分から瓶の中に落としていき、どんどん引き抜いていくが、かなりの長さが引き抜かれているのに、終わりが見えない。

 そうして、瓶が半分ほど黒い糸で満たされると、体内から黒い糸の端と思われる部分が出て来て、プラプラと揺れているが、まだ黒い糸は体内に繋がっている。


「一つ目の末端を確認しました」


 それを聞いても、慎重に引き抜き続けていくと、その末端がまた一つ、二つと増えていく。


「よし、これで最後の筈……」


 ズルリと黒い糸が完全に引き抜かれ、瓶の中に落とされる。

 別の机に置かれていた別の瓶から、黒い糸の入った瓶に水の様な物を流し込んで蓋をした後、蓋の切れ目の所に布を巻き付けて完全に密閉していく。

 そして、背中の傷を閉じ、軽く縫合した後にポーションを掛けると、シュウシュウと音を上げて傷口が塞がっていき、完全に傷跡が無くなった。

 それを確認し、縫合した糸を切って抜糸した。


「ふぃ……最後の除去完了なのじゃ、お疲れ様でした」


「「「「「お疲れ様でした」」」」」


 そう言って、小さい人物は乗っていた椅子から降り、肩を回しながら部屋から出て行った。

 それを確認して残っていた人達は、机にうつ伏せになっていた人物を担架に移し、別の部屋に移動させる者、使っていた器具を片付ける者、瓶を台車に乗せて固定して運んでいく者とそれぞれ作業を始めた。




 あー流石につっかれたのじゃー……

 薄緑色の手術着を脱いで、『処分』と書かれた籠に放り込む。

 流石に、ぶっ続けで4人の寄生虫除去手術をしたのは疲れたのじゃ。

 朝から始めておったのに、今は既にお日様が沈んでおるし、かなりの時間が掛かっておる。

 まぁコレは仕方無いと言えば仕方無いのじゃ。

 まず、寄生虫に感染しておった者達を麻酔で眠らせ、腕を切って寄生虫の一部を捕らえ、その寄生虫にも別の麻酔薬を投与して動けなくした後、うつ伏せに寝かせて背中側を切って、背骨付近にいる寄生虫を掴んで慎重に引き抜いていく。

 この時、寄生虫が麻痺しておらんと引き抜こうとしても抵抗されて引き抜けぬし、下手に力尽くで引き抜こうとすれば暴れて感染者が危険になる上に、途中からブツッて切れて大変な事になるのじゃ。

 なので、引き抜く前に別の麻酔で完全に動けなくする必要があったのじゃが、予想外だったのは寄生虫の長さじゃ。

 トンデモなく長く、まるでサナ〇ムシの様じゃ。

 なので、一人から完全に摘出し切るまでにかなりの時間が掛かり、その間、ワシの補助として『治癒師科』の生徒が何人も入れ替わって対応したのじゃ。

 問題は、現状ではワシ以外に出来る者がおらんから、ワシは休憩出来んって事じゃったが、まぁ頑張ったのじゃ。


 いつもの服装に戻し、手を洗ってインベントリからベヤヤに貰った新しい弁当を取り出す。

 ただ、今回の弁当は丼なんじゃが、何故か蓋がされてそれが紐で丼と固定されておる。

 汁物なのかのう?

 そう思いつつ、紐を外して蓋を開けると、目に入ったのは真っ赤な色。


「コレは……まさかイクラ丼! 完成しておったのか!」


 前にイクラの醤油漬けの作り方は説明しておったが、まさかあんな説明で作ってしもうたのか……

 コレは箸で喰うより、匙で食べた方が良いな。


「……うむ、美味い!」


 匙で掬って口に入れると、若干の甘味と塩味を感じた後、噛み潰したらプチプチとイクラが潰れて、イクラ独特の味が口に広がっていくが、下にある炊かれたコワの味と絡んで非常に美味!

 個人的にはワサビがあると良いんじゃが、アレは流石に発見しておらん。

 ベヤヤもアクセントがあった方が良いと思ったのか、ワサビの代わりに、匂いは薄いが辛みのある練り物が隅に付けられておった。

 コレは昼を食べられなかったワシからすれば、匙が止まらん!

 カッカッカッと口に流し込む様にしてイクラ丼を食べていると、部屋の扉がノックされたのじゃ。


「失礼するよ。 と、食事中だったかい」


 そう言って入って来たのはニカサ殿じゃ。

 どうやら、全員の手術が無事に終わった事を聞いたのか、様子を見に来たのじゃろう。


「もう食べ終わったから大丈夫じゃ、それで、手術の事を聞きに来たのであれば、無事に手術は成功したのじゃ」


「成功したのは分かってるよ。 アタシが聞きたいのは、補助に入った生徒はどうだったかい?って事さ」


 あぁ、補助に入った生徒の事か。

 それなら全く問題無いのじゃ。

 今回の手術のやり方と手順を説明し、それぞれが役割をちゃんと果たしてくれたのじゃ。


「あ、個人的な事を言えば、呼吸器を動かしておった生徒にはちゃんと労っておいた方が良いと思うのじゃ」


 地球であれば、呼吸器は完全自動じゃから気にする必要は無いのじゃが、こっちではそんなもんは無いので、今回はふいごに管を繋げ、それを手術中、人力でずっと動かして貰ったのじゃ。

 当然、いきなり空気を送る訳にもいかんから、一定間隔でゆっくりと空気を送り続けなければならぬし、かなりの体力を要する。

 まぁ普通の麻痺であれば、普通に呼吸は出来るから別に必要は無いんじゃが、今回は意識を残しておると暴れる危険性がある為、意識も完全に麻痺させる必要があり、そうなると呼吸器系も停止してしまうのじゃ。

 この場合、心臓も止まるかと思うかもしれんが、心臓は意識が無くとも動き続けるから大丈夫なのじゃが、呼吸器系が止まっている状態で放置すれば、結局窒息死は免れん。

 なので、ずっと鞴を動かし続けてもらった訳じゃ。

 手術後にポーションで傷を塞いだ際、一緒に麻痺を解除してあるから、手術後は自然に呼吸するから後は放置して問題は無いのじゃ。

 戻ったら、美樹殿に自動呼吸器を作ってもらえんじゃろうか相談してみるかのう。


「確かにアレは重労働だね、後で特別に単位をあげるとしようか……」


 ニカサ殿も手術の手順や道具を見ておるから、アレがどれだけ重労働になるか分かっておるのじゃろう。

 それ以外にも、手術の時の様子を話し合い、後は場数を踏めば十分、通用するじゃろうと結論付けたのじゃ。


 そして、ニカサ殿からまた『金のアミュレット』を押し付けられそうになったのじゃが、今後も今回の様な件が起きる可能性があるので、やんわりと断っておいたのじゃ。

 他にも、彼等の親が大騒ぎするだろうが、そっちは対処しておくとも言っておるので、ワシは気にせずにおっても良いじゃろう。


 この後は、摘出した寄生虫を王宮や治癒師ギルドにも送り、『強化薬』は危険過ぎるとして規制して貰う事になるのじゃが、その為には幾つもの報告書や調査書を送る必要があり、今回はワシとニカサ殿が書く必要があるのじゃ。

 ワシは手術時の気が付いた点やその際の注意点を書き綴り、ニカサ殿は寄生虫そのものの調査や特徴を纏めた報告書を書いたのじゃ。


 これを書くだけでも数日掛ったのじゃが、国は『強化薬』を危険過ぎるとして『第一級禁止薬物』として登録し、治癒師ギルドは直ぐに『強化薬』を禁止薬品として登録。

 どちらも所有も流通も禁止したのじゃ。

 そして、治癒師ギルドを中心として、『錬金科』の教授達が作った寄生虫を調べる魔道具を使って、国内の感染者を調べ始めたのじゃ。


 問題は、クリファレスとヴェルシュの二国。

 クリファレスは治癒師ギルドが『強化薬』の危険性を説いても一切取り合わず、ヴェルシュは検討するが自国で対応するとの返答が来た。

 コレでは勝手に調査する訳にもいかず、治癒師ギルドは両国に対して調査の準備だけをして待機する事になった。

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