第278話
その日、マグナガン学園から緊急の呼び出しがあり、馬車に乗ってやってきたのだが、学園の門の所には他に4台の馬車が並んでいた。
見た限り、全て改革派の貴族家が所有している馬車の筈だが、一体何があったのか……
呼び出しを伝えにやって来たのは学園の事務員であり、何の呼び出しなのか内容は知らない様だが、絶対に来る様にと学園長が言っていたとの事だが、それを伝えられないという事は、他の者に知られると拙いと言う事なのだろう。
そうして学園長の所に案内されると、そこは小会議室と呼ばれている小さな部屋だった。
「失礼します。 デヴィッド様が到着しました」
事務員がそう言って扉を開けると、そこには見知った者が4人と、学園長にニカサの婆さんと治癒師ギルドのギルドマスターであるローレン女史、それに護衛であろう兵士が数人いた。
全員が椅子に座っていて、私の到着を待っていた様だ。
全員に会釈してから、用意されていた椅子に腰掛ける。
「デヴィッド殿が来たという事は、これで全員なのだろう? それで学園長殿、急に我々を呼び出すなど何を考えておるのだ?」
そう言ったのは、我々の中では爵位が一番上の『エリック・エル・マローン』伯爵殿。
改革派の中でも実力も資金力もあり、密かに次期学園長候補を後援している。
まさか、学園側に我々が次期学園長候補を後援しているのがバレたのか?
「うむ、では単刀直入に今回呼び出した件だが、お主達には『強化薬』に付いて聞かねばならん」
『強化薬』だと?
確かにアレはエリック殿が手を回して購入し、息子達に渡した筈だが……
チラリと視線だけで確認すると、エリック殿は平然とした顔をしている。
しかし、何故そんな事を聞くのか……
「一体何の話ですかな? 確か下々には『強化薬』という胡散臭い薬があるとは聞いた事はありますが、それが今回の呼び出しに一体何の関係が?」
「……やはり何も聞いておらんか……先日、当学園である問題が起き、それにお主達の子息が関わっておったのだが、調査の結果、全員がトンデモない事になっておった。 その原因が『強化薬』なのだ」
「なんですと?」
学園長の言葉に反応したのは、『オマリ=エル=ヴェセーラ』子爵殿。
確か、エリック殿とオマリ殿が『強化薬』を手に入れていたのではなかったか?
その『強化薬』が原因だと?
「ここからはアタシが説明するよ」
そう言ったのはニカサの婆さんで、机の上に何かを置いた。
それは、小さな小瓶であり、中には黒い丸薬が数粒入っているが、アレが『強化薬』なのか?
「さて、この『強化薬』だが、確かに飲めば飲んだ本人は強くなるのは確かさ。 問題はその代償がデカすぎるって事さね」
「代償とは?」
「まずは好戦的になる事さ。 コイツを飲むと飲んだ奴は他人を虐げたくなるようで、些細な事で激昂して攻撃を仕掛けるようになるんだが、そのお陰でというか、今回『強化薬』の危険性が分かったんだがね」
ニカサが溜息を吐きながら、今度は別の包みを机に置いて開くと、そこには『強化薬』が砕かれた物と思しきモノが入っていた。
黒い粉の中に、何やら白く小さい粒がいくつかあるだけだが……
「この『強化薬』には寄生虫の卵が仕込まれていて、飲むと体内で孵化した寄生虫が体内の回路を喰い荒して成り代わるんだがね、この寄生虫の外殻はマナを通しやすいから、寄生された奴は一度に流せるマナの量が増えて魔術の威力が高くなるんで、強くなったって勘違いするのさ。 で、最大の問題は、その寄生虫を除去すると、回路がズタズタにされたせいでマナに関する事のほぼ全てが使えなくなるのさ」
「なんだと!?」
エリック殿が椅子から立ち上がるが、それを聞いて驚いているのは他の全員も同じだ。
それを学園長が手で制し、ニカサに先を促している。
「本当なら経過観察をするべきなんだろうがね、アタシの判断で現段階で除去しなければ、命の危険があると判断したのさ。 今もアタシの弟子が生徒達と一緒に除去手術の真っ最中さ」
「命の危険とは……」
「体内を喰い荒らして成り代わろうとすんだよ? それに回路は頭の中にまで到達してるんだから、放置したら頭の中まで寄生虫に喰い荒らされる事になる。 そうなったらもうお終いさ」
それを聞いた『ジョン=エル=マクグレイス』子爵が椅子に座り込んでいる。
「安心しな、あんたんトコの嬢ちゃんは、奇跡的に軽度で済んで駆虫薬で駆除出来たから、今後も魔術は使えるだろうさ」
「どういう意味だ! それではまるで……」
エリック殿の言葉に対し、ニカサが頭を横に振っている。
「他の連中は命が助かるだけまだマシって思っておきな」
「どうにかならんのですか?」
それまで沈黙して聞いていた『ヴィクター=エル=グローガン』子爵殿が、初めて口を開いた。
ジョン殿は、娘が助かる上に魔術も使えると知って安心している様だが、他の全員はそれ所ではない。
その中でも、一番冷静なのはヴィクター殿なのだろう。
私も、息子のデルクが魔術を使えなくなるとなれば、跡継ぎ問題にも発展してしまう事になり、内心、頭の中が混乱している。
「コレばかりはどうにもならんね、それで聞きたいってのは、この『強化薬』を何処で、誰から手に入れたのかって事さ」
その言葉に、全員が黙った。
と言うのも、『強化薬』を入手したのはエリック殿とオマリ殿だから、私やジョン殿、ヴィクター殿は答えようがないのだ。
我々の視線を受けて、エリック殿が溜息を吐いている。
「申し訳無いが、私は『強化薬』というモノがある、と知ってはいるが、それを手に入れる方法などは知らんよ。 それに、知っていたとしても答える必要は無いと思いますが?」
そう言い放つエリック殿は、子息であるレオンを切り捨てる事にしたようだ。
恐らく、情報提供で得られる物より、失う物の方が多いと考えたのだろう。
それに、このままトボけ続けてしまっても、相手に強制力はないのだから、逃げ切る事は可能。
息子達の事は残念だが、適当な貴族家に婿入りさせてしまえば、魔術が使えないとしても役には立つ。
そう考えていたのだが、治癒師ギルドのローレンとニカサの婆さんが溜息を吐いている。
「……ったく、あの嬢ちゃんの言った通りになったね……」
「では、ニカサ様、約束通り……」
「……仕方無いね……ったく……面倒な事この上ないねぇ……」
ローレンが小さな小箱をニカサの婆さんに手渡し、それをニカサの婆さんが嫌そうに受け取っている。
一体、あの小箱はなんだ?
その小箱を開け、ニカサの婆さんが何かを取り出した。
それは、窓から入った光を反射し、輝いている。
「それじゃ改めて聞くよ、特級治癒師であるニカサ=ミトヤードの名の下に、エリック・エル・マローン伯爵に尋ねるが、治療とこれ以上の蔓延を防ぐ為に、『強化薬』は何処で、誰から手に入れたんだい?」
「馬鹿な……確かに引退したと……」
「残念ですが、ニカサ様の様な方が簡単に引退出来る訳がありませんよ。 我々治癒師ギルドは一時的に休止する事は認めていましたが、今回、問題が問題でしたので復帰して頂く事になりました」
勿論、陛下も許可済みです、とローレンが言うが、特級治癒師は治癒に関しては王族であろうとも従わせる事が出来る。
治療の為に『強化薬』の情報が必要だからと要求され、このまま黙っていて後から情報を持っていたとバレたら、我々全員、特級治癒師の治療行為を妨害したとして罰せられ、下手をすれば極刑になる可能性がある。
当然、こうなってしまった以上、我々に勝ち目はない。
視線を動かすと、余裕そうにしていたエリック殿も、がっくり肩を落としているのが見えた。
最早、コレ以上はどうにもならない。
我々の負けだ。
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