第276話




「馬鹿な!?」


 濁流が収まった後、校庭の地面は大量の水によって抉れ、滅茶苦茶になっていたが、一緒に押し流された筈の彼等は平然とそこに立っていた。

 あれ程の濁流に飲まれれば、普通なら耐えられない所か命も危ない。

 だが、彼等の周りは一切水にも濡れておらず、まるで何もなかったかのような状態だった。

 よく見れば、濡れている所と濡れていない所の境目がはっきりと分かれている。

 まさか、あれほどの濁流を完全に防ぎきるなんて……

 バーラード学年主任が驚いているのも無理は無い。


「危ない!」


 驚いていたバーラード学年主任の頭上に影が落ち、咄嗟に突き飛ばした。

 そして、先程までバーラード学年主任がいた所を何かが上空から高速で通過し、身に着けていたローブの裾が切り飛ばされた。

 私達教師陣が着ているローブは、暴漢等に襲われても防げる様にかなりの強度を持ち、ある程度の斬撃にも耐えられる。

 そんなローブが切り飛ばされるなんて、一体何が……


「まさか『ソードスワロウ』だと!?」


 『ソードスワロウ』は鳥型の魔獣であり、数が少なく、滅多に見付けられない希少種でもある。

 その数が減っている原因は、彼等の攻撃方法と人為的な理由にある。

 『ソードスワロウ』の羽根はその名の如く、まるで良く手入れされた剣の様に鋭くなっており、超高速で飛んで擦れ違い様にサッと切る。

 だが、その速度に到達する前なら捉えられない訳では無いので、切られる前に叩き落とされたり、逆に切られたりしてしまうのだ。

 他にも、木の枝とかに止まっている所を狙えば、安全に倒す事が出来る。

 そして、その羽根は様々な色があり、その羽根から短剣を作ったり、加工する事で装飾品にする事が出来るので、割と高値が付いて、冒険者や貴族が乱獲した時期がある。

 その為、自然界では数が減少しており、滅多にその姿を見る事が出来なくなっている。


「チッ、失敗してんじゃねぇよ!」


「五月蠅いなぁ……結構難しいんだよ」


 そう言った生徒の手には、見た事も無い短杖ワンドが握られている。

 アレは学生に支給されている短杖ではない。

 だが、彼等の言葉から、あの生徒は『従魔師テイマー』なのだろうが、『ソードスワロウ』をテイムしているとなると、非常に戦いにくい事になる。

 魔術の詠唱中に襲われれば、詠唱に失敗して魔術を発動させる事が出来ない。

 それだけでは無く、少なくとも『ソードスワロウ』が5体いる。

 そんな数に襲われれば、いくら私の詠唱速度が早くても、バーラード学年主任が魔術に精通していても一溜りも無い。

 それに、此方は他の生徒達を守りながら戦う事になるから余計に戦いにくい上に、相手にしている生徒達は『タイダル・ウェイヴ』すら防ぐ障壁を作り出す事が出来る。

 放たれる魔術と『ソードスワロウ』の攻撃を回避しつつ、をあの障壁を突破するのは不可能に近い。

 一体どうすれば……


「ったく、面倒な事になってんな、オイ」


「……これは何の騒ぎなのだ?」


 そんな声と共に、私の前に着地したのは師匠、そして、後ろからやって来たのは学園長だった。

 この二人がいるなら、どうにか出来る?


「クソッお前等も俺等の事を馬鹿にしやがんのかよ!」


「なーに言ってやがんだ、なんか変なマナの流れしてるし、変なクスリでもやってんのか?」


「うるせぇ! お前等が認めねぇのが悪ぃんだろうがよぉぉぉっ!」


 師匠が馬鹿にするように言うと、相手側がキレたのか変な事を叫んでいる。

 それを聞いて師匠が学園長の方を見るが、学園長も首を傾げている。


「まぁ良いか、さっさととっ捕まえちまうか」


 そんな事を言って、師匠がいつも使っている長杖ロッドを構えると、その師匠目掛けて『ソードスワロウ』が殺到する。

 だが、その『ソードスワロウ』が師匠に到達する前に、空中に小型の檻が現れ、『ソードスワロウ』が全て捕獲された。


「全く、こんな危険な魔鳥、何処から仕入れたのか……」


 学園長が白い短杖を構え、浮かべていた檻を地面に降ろしている。

 あの一瞬で捕獲用の魔術を構築し、空中に展開するなんて脅威的な速さだ。

 私でも出来るのは一体までだろう。

 続けざまに『水の槍』や『風の刃』が飛んでくるが、学園長はそれをいとも簡単に防ぎ、迎撃していく。

 放たれる魔術も、絶妙なマナの量に調整し、周辺に一切の被害が出ていない。


「クソクソクソクソクソッ! 本当っに役に立たねぇな!」


「五月蠅い五月蠅い! だったらお前一人でやれば良いだろうがよぉ!!」


 なんか向こうの生徒達が仲違いを始めてるし……

 だが、そんな隙をうちの師匠が見逃すはずもない。


「何か知らねぇけど、取り敢えず、喰らっとけや」


 師匠が長杖を向け、一抱え程ある氷の弾を発射する。

 アレは、『アイス・ブリット』という氷魔術だが、師匠のは小細工が施してある。

 氷の弾が僅かに飛翔した後、バリンと砕けて大量の氷の礫に変化し、生徒達に降り注ぐ。


「師匠、それじゃ駄目です! 障壁で防がれます!」


「んなこたぁわーってるよ、ジジイ、御膳立てしてやったんだから後はどうにかしろや」


 降り注いだ氷の礫が、障壁によって弾かれるが、そんな彼等の周りを更に巨大な竜巻が包み込んだ。


「魔術は障壁で防げるじゃろうが、『オーバー・サイクロン』で空気を吹き飛ばされれば、流石に窒息するじゃろう」


 学園長が短杖を構えたまま魔術を維持しているが、『オーバー・サイクロン』は風魔術の中でもかなり技量が必要になる高等魔術の一つ。

 それを詠唱もせずに発動させ、更にそれを維持し続けるなんて、学園長もやはり凄い。

 しばらくそうしていると、師匠が『もう良いぞ』と言ったので、学園長が魔術を解除すると、『オーバー・サイクロン』の中心にいた生徒達が全員倒れている。

 どうやら、酸欠状態になって気絶している様だ。


「お、あの娘は根性があるな」


 師匠の言葉と同時に、フラフラと生徒の一人が立ち上がり、短杖を構えている。

 だが、その顔色は真っ青で目も虚ろだ。

 どう見ても普通の状態ではないのだが、どうやら障壁を維持して、他の生徒が目覚めるまで耐えるつもりの様だ。

 師匠と学園長の二人に掛かれば、例え他の生徒達が再び目覚めたとしても、同じ事の繰り返しになるだけなのだが、それに気が付いていない? 

 そう思いながら私も短杖を構えていたら、急にその場に膝を付いた?


「……う゛……ゥボォロ……」


 口を押え、その生徒がその場で吐き始めた。

 一瞬唖然としたが、慌ててその生徒の所に走り、麻痺魔術スタンを使って麻痺させる。

 そして、バーラード学年主任と、やって来た他の教師と協力して、気絶している生徒達を縛って拘束し、更に魔術を使えない様に『魔封じの首輪』を首に嵌めて運び出す。

 コレで一安心、と思っていたら、師匠が吐瀉物を見下ろしている。


「師匠、片付けをしますので……」


「……弟子よ、コイツなんだと思う?」


 そんな事を言った師匠が、長杖の先で吐瀉物から何かを弾き飛ばした。

 汚いと思ったが、その弾き出されたモノが、地面の上をピチピチと跳ねている。

 見た目は何か糸の様なモノだけど、どう見ても食事とかで食べた物とは思えない。


「何、これ……」


 やがて、跳ねていたソレが動かなくなったのを確認し、しゃがみこんでよく見てみるが、太い毛糸にしか見えない。

 教師の一人を呼び、ピンセット等の採取道具を持って来て貰い、それを採取して『錬金科』の教室に移動し、そこでソレを観察した。


「……コレって……」


 拡大鏡で拡大して見えたのは、まるでムカデの様な見た目の甲虫。

 『マナワーム』にそっくりな見た目だが、此処まで大きくはない。

 大慌てで、ギラン教授と一緒に学園長に報告すると、学園は大騒ぎとなった。

 師匠の『眼』によって、5人は感染していると分かったが、他にも感染している可能性があるとして、ギラン教授は急ぎこの『寄生虫』のマナに反応する検知器を作り、生徒達は全員検査される事になった。

 結果、追加で数名の生徒が感染していた事が判明し、治療が行われる事になった。

 吐いた生徒と新たに発見された感染していた生徒は、投薬治療をすれば比較的簡単に治療が出来るらしいが、問題なのは他の4名の生徒。

 此方はかなりの重度であり、治療も非常に難しいと、検査したニカサ様が溜息を吐いていた。

 それでも、『なんとかするさね』とニカサ様が治療を始めている。

 他にも、ギラン教授がこの寄生虫を調べ、かなり危険な生態をしている事が分かり、早急に感染経路を特定するべきだと報告が学園長に送られた。


 一体、こんな見た事も無い危険な『寄生虫』、生徒は何処で感染したのか……

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