第275話
次の日、学園にやってきた後、私が不在の間、生徒達がどれだけ授業を進めていたのか確認すると、大部分の生徒と数名の生徒が別の教師から授業を受けていた事を知り、更に私が不在の間に決闘騒ぎがあったらしい。
私が驚いたのは、その決闘を受けたのは『落ちこぼれ』と言われていた学生達で、同学年内でも圧倒的に強いと呼ばれていた生徒達に彼等が圧勝したらしい事と、彼等に教えていた教師は、私が学園を離れるという事で頼んだ臨時の教師と言う事。
どんな授業をしたのか気にはなるけど、今はその生徒達とガーウィグ領に言っているらしいから、戻って来たら聞く事にしましょう。
そうして、今日は取り敢えず授業内容を確認し、後日、教壇に戻る事にはなったけど、どうにも数人の生徒の様子が可笑しい。
一人は額に手を置いてブツブツ何か呟き、一人はガリガリと親指の爪を噛んで、左手に包帯を巻いた生徒が、その血が滲んでいる包帯の上から左手を掻いているし、イライラしているのかタンタンと机を指先で叩いている生徒もいる。
彼等は確か、あの子達に惨敗した生徒達だった筈。
「今回の授業では校庭で魔術を実際に使う、全員校庭に移動だ」
バーラード学年主任がそう言って教室を出ると、生徒達がどんどん短杖を手にして校庭に出て行く。
生徒達に付いて行くのだが、疑問にも思う。
実際に魔術を使う授業は、もう少し先の予定だった筈なのに、バーラード学年主任の授業ペースはかなりの速さだ。
これだと、生徒達の中に付いていけない生徒が出て来てしまう可能性がある。
ただ、それをバーラード学年主任に言っても、『付いて来れない生徒に問題がある』と取り合ってくれないだろう。
もし遅れてしまった生徒が出たら、後でフォローしておこう。
そう思っていたら、私の目の前をフラフラと横切る生徒がいた。
ただ、その顔は真っ青で、とてもじゃないが授業を受けられるような雰囲気じゃない。
「ちょっと君、大丈夫なの?」
私が声を掛けても反応が薄い。
思わずその手を掴むと、ゾッとするくらい冷たかった。
「……なんですか……私は大丈夫ですから離してください」
そう言ったその生徒は、フラフラと校庭の方へと歩いて行ってしまった。
確かあの子はルタという名前の生徒だったと思うが、どう見ても普通じゃない。
これは流石に止めた方が良いと思ったのだが、今度は校庭の方が騒がしい。
校庭の方へと目を向けた瞬間、校庭から巨大な火柱が立ち上った。
一体何が起きてるの?
校庭に到着すると、そこは最早、地獄の様相を呈していた。
先程の火柱で引火したのか、燃え盛る木が数本あり、バーラード学年主任が生徒達の前に立って長杖を構えている前に、同じ様に短杖を構えた生徒達が数人いる。
ただ、彼等の様子も可笑しい。
「バーラード学年主任! 一体何が!?」
「ドリュー先生は下がりなさい! 実力の無い君では、ただの邪魔にしかならない!」
援護の為に私が短杖を構えると、バーラード学年主任がそう言った瞬間、相手の生徒の方から巨大な火の玉が撃ち込まれてきた。
「くっ!? 水よっ! 正常なる流れで全てを流し、我等を守る盾と成りて顕現せよ! 『ウォーター・ウォール』!」
バーラード学年主任が作り出した水の盾に、火の玉が直撃する。
普通であれば属性相性により、水の属性である水の盾に対して、炎の属性である火の玉では通用しない。
バーラード学年主任は確実に防御し、反撃して生徒を抑え込むつもりなのだろうが、此処で私は疑問を持った。
火の玉を撃ち込んだ生徒だって、バーラード学年主任が水の属性を得意としているとは知っていた筈だ。
それなのに、何故、炎の属性を使った?
瞬間、巨大な爆発が起き、水の盾が吹き飛ばされていく。
「馬鹿な!?」
バーラード学年主任の驚きも当たり前の事で、あの威力は普通では考えられない。
「ギャハハハ! 属性相性があっても俺の方が強ぇんだよ!」
爆発で巻き起こった土煙が収まると、そこには再び火の玉を浮かべている生徒が立っていた。
問題は、その火の玉が一つでは無く、複数個に増えていた事だ。
「くっ」
「氷の飛礫よ、凍てつき貫け『アイスバレット』!」
その浮かんでいた火の玉を見てバーラード学年主任が呻いたのと同時に、その後ろから小さな魔術が放たれたが、直ぐに防御結界によって防がれてしまった。
その防御結界を張ったのは、先程青い顔をしていたルタ。
相変わらず、表情に血の気が無い。
「無駄無駄無駄ァッ! 今まで散々馬鹿にしやがって、テメェ等みてぇな雑魚とは違うんだよ!」
思い出した。
あの生徒はデスト、彼等の周りにいるのはレオン、デルク、ルタ、ケトル。
全員、決闘で負けた方の生徒だ。
私が知っている彼等の実力は、バーラード学年主任の作り出した水の盾を破壊する程の威力は無かったのに……
迷う暇はない!
「介入します!」
あの魔術が放たれたら、一つは防げても他の魔術は防げない。
それに、バーラード学年主任の水の盾ですら、完全に防ぐ事が出来なかった魔術が複数撃ち込まれたら、確実に大きな被害が出る。
そして、この騒ぎだから、直ぐに他の教師も集まって来るだろう。
私が最優先でやるべきなのは、彼等の攻撃を全て防ぐ事。
流石に、私とバーラード学年主任だけで彼等を取り押さえたりするのは不可能だし、生徒達と協力してもあれ程の威力が放てるとなると危険過ぎる。
防ぐ方法はとても簡単。
「大地よ! 集いて固まりて我等が前にて遮る盾と成れ! 『ロック・ウォール』!」
「ハッ! そんな壁一枚で」
「大地よ! 集いて固まりて我等が前にて遮る盾と成れ! 『ロック・ウォール』!」
「……ぁ?」
「大地よ! 集いて固まりて我等が前にて遮る盾と成れ! 『ロック・ウォール』!」
師匠から鍛えられた私の魔術発動速度はかなり早い。
まず、生徒達を守る為の岩の盾を作って安全を確保する。
更に次々と岩の盾を作り出し、私達の動きを隠す岩の盾を作り出す。
視線が切れた瞬間に岩の一つに身を隠し、次の魔術を選択しようと考えていると、私が隠れた岩の盾に火の玉が直撃したのか、巨大な爆音が響き、爆風が通り過ぎていく。
「何で砕けてねぇんだよ!」
そんな叫びが聞こえて来るが、私が作った岩の盾は発動が早いだけじゃなく、籠めているマナの量を多くしているから、ちょっとやそっとでは破壊出来ないだろう。
「水よ、全てを貫く針と成りて、空より落ちて全てを穿て『ウォーターレイン』!」
「くっ、風よ! 吹き荒れ流し、舞い散るが如く消し飛ばせ! 『エア・ブラスト』!」
続いて聞こえて来た詠唱から、考えていた魔術を変更し、作り出した風の玉を上空へと放つ。
その風の玉が破裂し、降り注ごうとしていた水で出来た針を吹き飛ばして破壊する。
もし、発動が遅れていたら、降り注いだ水の針で穴だらけになっていただろう。
「水よ! 大河と成りて眼前の全てを押し流せ! 『タイダル・ウェイヴ』!」
バーラード学年主任が、岩の盾に隠れて凄まじい威力の水魔術を放つ。
津波の如き凄まじい水量で全てを押し流す、というこの魔術を完全に防ぐのは学園長でも難しい。
なのでこれは防ぐより、地面を隆起させて退避したり、後退して回避したりするのが普通の事。
バーラード学年主任の考えでは、コレで相手を分断させ、個別撃破して無力化しようと考えていたのだろうが、相手の学生達はその場を一歩も動いていない。
そして、発生した濁流が相手の生徒達を飲み込んだ。
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