第269話
ベヤヤが何か閃いて、料理長に何か話しておる。
それを横目に見ながら、ワシはテントの一つに布で壁を作って、ベヤヤから預かっておった鞄から森の中で倒した魔獣を引っ張り出したのじゃ。
ソレは見た目は確かに魔熊種なのじゃが、所々に変な部分がある。
例えば、腕に鉄甲のように鱗があったり、兜のように頭にも鱗があるのじゃ。
『マーダーベア』にこんな鱗は無いのじゃが……
「ふむ、なんじゃろうのう、コレ」
「見た目はマーダーベアですけど、マーダーベアに鱗なんてありませんよね」
ミニンが言いながら、腕にある鱗に触れるておるが、完全に死んでおるから問題は無いのじゃ。
試しに鑑定をしてみたのじゃが……
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名前:無し
種族:@#ai-jア
状態:死亡
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まぁこんな感じじゃ。
種族が完全にバグっておる。
例えばコレがベヤヤの場合であれば……
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名前:ベヤヤ
種族:エンペラーベア?
状態:普通
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こんな感じになるんじゃ。
まぁ種族の部分に『?』が付いておるけど、コレは職業の部分が影響しておるんじゃろうと思っておる。
つまり、このマーダーベアは普通の魔熊種では無い、と言う事なんじゃが……
それ以外に分かる事は無いのう。
解体すればもう少しわかるんじゃが、流石にテントで見えない様にしておるとはいえ、貴族の屋敷の庭で魔獣を解体なんてする事は出来ん。
血や臓腑で庭が酷い事になってしまうからのう。
「先生、どうするんですか?」
ケンにそう聞かれるが、これ以上、このままで分かる事は無い。
ただいくつかの可能性はあるのじゃ。
「取り敢えず、マーダーベアらしき魔獣と報告するしかあるまい。 まぁもう森の中にはおらんじゃろうけど、一応、王都に戻ったら報告した方が良いじゃろう」
兄上経由で宰相殿辺りに伝えてもらって、一度調査団を編成してもらった方が良いかもしれん。
その際、このマーダーベアも提出した方が良いじゃろう。
それを考えるなら、解体せぬ方が良いな。
少し気にはなるが、マーダーベアクラスであるなら、熟練の中ランク冒険者以上なら十分戦えるじゃろう。
生徒達にはそう誤魔化して伝えておいたのじゃが、ワシの中での可能性の中で一番最悪な可能性。
このマーダーベアが、何かしらの実験で産まれた『実験個体』である可能性じゃ。
前にルーデンス領に攻めて来たクリファレス軍が連れておった、オークとオーガの交配で誕生した新種の魔物である『オーガン』が良い例じゃろう。
オークと同程度の知能に、オーガの膂力を持ち合わせ、人の指示に従うというオーガン。
それと同じ様に、この魔熊はマーダーベアとナニカを掛け合わせた個体なのかもしれん。
ただその場合、あの森に一体だけしかおらんと言うのが引っ掛かるのじゃ。
オーガンだってかなりの数を揃えておったのじゃから、もっと数がおらねばおかしい。
何処かの実験施設から脱走しておるなら、その施設におる何者かが探しておる筈じゃが、ベヤヤ曰く、そう言う気配は無かったらしい。
まぁ後は国に任せるしか無いのう。
ターマイル殿に任せても良いのじゃが、もしコレが本当に何者かによる意図的な実験とかであれば、ガーウィグ領だけの問題ではなくなってしまう。
もしも、自然発生とかの偶発的な物であれば、金銭的な問題はワシが補填するから良いんじゃけどね。
「……確かに、それだと我々では手に負えませんね」
ターマイル殿にマーダーベアらしき魔獣の事を報告し、ワシが考えておる最悪のケースも一緒に説明しておいたのじゃ。
今ワシがおるのは、ターマイル殿の屋敷にある執務室。
そして、話す内容が内容なので生徒達や他の家族は此処にはおらぬ。
「分かりました。 私の方からも手紙を書きますので、それを一緒にお渡しください」
「うむ、ワシが直接手渡す事は出来ぬが、確実に信頼出来る者に頼むと約束しよう」
ターマイル殿がカリカリと手紙を書き、それを封筒に入れて蜜蝋で封をしておる。
その手紙をワシが預かって、後で兄上経由で宰相殿に渡してもらうつもりじゃ。
「本当なら私自身が報告すべき事なのですが、今領地を離れる訳にはいきませんので……」
ノミ対策、新たな産業の準備、
いずれは御子息のブラッド殿が後を引き継ぐ予定じゃが、書類の決済や最終的な決定権はターマイル殿にしか出来ぬから、ここで王都に行ってしまっては、領地が詰んでしまうのじゃ。
蜘蛛糸産業は、奥さんのエリーザさんがやる予定なんじゃが、決定権はターマイル殿が持っておる。
それに、既にターマイル殿の机には書類の束が詰み上がっておる。
コレからこの
領主と言うのはブラックじゃなぁ……
これが
他の領で同じ事をやろうとしたら、領主に隠れて横領やら好き勝手される危険性があるのじゃ。
書類との戦いは、各地の領主が一番嫌っておる戦いじゃろうな。
「それと、ちょっと聞きたい事があるのですが……」
「む? 何か気になる事でもあるのかのう?」
「いえ、この報告に関してではなく……そちらの生徒であるライム君の事についてなのですが……」
そう言ってターマイル殿が説明してくれたのじゃが、まぁ単純な話、ディラン殿がライムに惚れてしまった様で、婚約者として迎える予定をしたいのじゃが、学園で問題を起こしておらんかったり、人格的に何かしらの問題が無いのかを聞かれたのじゃ。
そうは言われても、ワシは臨時の教師じゃし、ライムに関しては多少引っ込み思案な所がある程度で、普通なら問題は無いんじゃが、学園に来る前の記憶が無い、と言うのが問題と言えば問題かのう。
もしかしたら、記憶を失う前は超問題児じゃった可能性も無きにしも非ず、と言った所じゃ。
「学園に入学する前の記憶が無い……ですか?」
「ワシも聞いただけじゃから詳しくは無いんじゃが、行方不明者として調べてもらっても、家族からの捜索願いとかも無いらしいんじゃよね。 もしかしたらこの国の出身では無いのかもしれんが、それならどうして王都におったのかが分からん。 じゃから、もしも身内に引き入れた後、実は国家転覆を狙う勢力の間者だった、と分かって、ワシに責任を求められても困るんじゃ」
じゃから、もし本当に婚約者として迎えたいのであれば、しっかりと調べて納得してからの方が良いとは思う。
まぁその間に、ライムが別の男子と恋仲になってしもうたとしても、それはソレ。
貴族家であれば、婚約者を決めるのは慎重に慎重を重ね、石橋を叩いて叩いて叩きまくって、他人に渡らせるくらいの慎重さが必要じゃろう。
ワシらが王都に帰るまでターマイル殿が悩んだ結果、ディラン殿の仮の婚約者としてライムに提案し、卒業までは保留状態する事になったのじゃ。
当然、提案されたライムは大混乱状態になったのじゃが、『卒業するまでに返答してくれれば良いし、別に婚約を断ってくれても良いので気軽に考えておいて欲しい』とターマイル殿が言った事で、落ち着きを取り戻したのじゃ。
それに、ディラン殿はガーウィグ領を継ぐ予定はなく、兄であるブラッド殿が領主になった後は、その補佐となる予定となっておる。
まぁブラッド殿と婚約する領主婦人と比べれば、ストレスは比べるまでも無く低いじゃろう。
しかし、その領主婦人候補がいるとは聞いておらんけど、兄より先に弟が婚約しても良いんじゃろうか?
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