第268話




 クモ吉の後ろに整列しておる蜘蛛達。

 ガーウィグ領で受け入れられぬと言うなら、引き受けるつもりじゃったが、ターマイル殿が、取り敢えず奥さんに相談するという事になったのじゃ。

 まぁソレが一番じゃろうな。

 ターマイル殿が蜘蛛を利用すると決めても、奥さんが蜘蛛とか昆虫が大の苦手で、ソレが原因で大喧嘩からの離縁なんてなったら、提案したワシが確実に恨まれる事になるのじゃ。

 そう思っておったら、『多分、大丈夫だと思いますよ』とブラッド殿が言っておる。

 大丈夫かのう?




「まぁまぁまぁまぁ! 『森林蜜蜘蛛』じゃないの! それに滅多にいない『白頭ホワイトヘッド』までいるじゃない!」


 そんな感じで屋敷で出迎えてくれたのは、ターマイル殿の奥さんである『エリーザ=エル=ガーウィグ』さん。

 茶髪を肩辺りで短く切り揃え、着ておるのはドレスなんじゃが装飾も少なく、動きやすい状態になっておる。

 何より、見た目的な年齢はかなり若く見えるのじゃが、ブラッド殿とディラン殿の二児の母である以上、それなりの年齢なんじゃろうが、どう見ても20代くらいにしか見えぬ。

 色々と努力しておるんじゃろうなぁ……

 と言うか、そのエリーザさん、蜘蛛の一体を何の躊躇いもなく拾い上げると、舐め回す様に見回しておる。

 コレは予想外の反応じゃな。


「妻は元々農家の出身で、私と結婚をする前は『昆虫学者』を目指していた程でして……」


 ターマイル殿がそんな事を言っておるが、確かに農家であれば昆虫など恐れる事も無いじゃろうし、蜘蛛は益虫の一種じゃから、農家なら気にも留めん。

 しかも、昆虫学者を目指しておったなら余計じゃろう。

 因みに、『白頭』と言うのは、個体の中で頭の所の毛が白くなっておる個体の事じゃ。

 これは長生きしておると、一部の毛が白くなっていき、最終的に全身が白い毛になるんじゃ。

 言い方は悪いが、人で言う所の白髪じゃな。

 そう言った個体は、群れの中でもリーダーである事が多いのじゃ。


「ほう、それなら問題無いという事じゃな?」


「後の問題は、『従魔師テイマー』をどうするかですが……」


「森林蜜蜘蛛であれば、『従魔師』がいなくても然程問題ありません。 森林蜜蜘蛛は一つのコロニーの仲間同士で情報交換をし、蜜を効率良く集め、越冬中に消費する蜜の量を調整する事が出来る程、知能が発達しております」


 エリーザさんがそう言いながら、蜘蛛達を拾い上げて机の上に置いたんじゃが、何をするつもりじゃ?


「さて、それではコレから私が質問しますが、『はい』なら右足を、『いいえ』なら左足を、『分からない』なら両足を上げてください」


 机に並んだ蜘蛛達が一斉に右足を上げておる。

 成程、質問して具体的にどうするか決めるんじゃな?




 そうして、エリーザさんが質問し、蜘蛛達がそれに足を上げて答えていく。

 ワシはそれを見ておるだけじゃが、ブラッド殿はエリーザさんがした質問と答えを書き留めておる。

 結果じゃが、この蜘蛛達を保護して糸を得る代わりに、ガーウィグ家は安定した住処と、定期的に餌となる果実や花の蜜を提供する事になったのじゃ。

 他にも、無理に糸を要求したり、無暗に個体を傷付けたりする事はしない事も約束しておった。

 勿論、協力する事を拒否しておる個体もおったのじゃが、この群れのリーダーである『白頭』には従うので、その内、協力する様になるじゃろう。


「取り敢えず、住処としては空き部屋を暫く利用し、庭に木を植樹するとして……問題は染色でしたね?」


「うむ、この通り、全然染み込まんのじゃ」


 クモ吉の糸から作った布を机に広げ、インク壷からペン先にインクを付け、その布に文字を書こうとしたんじゃが、まるで雨合羽の様にインクが玉状になって全然染み込んでいかぬ。

 その状態で慎重に布を持ち上げ、布を動かすとインクの玉が布の上を滑って移動しておるが、布には一切の染みが出来ておらぬ。

 そして、そのままインク壷にインクを戻したのじゃ。


「ふむ、これは研究のし甲斐がありますね。 どうやら羊毛の染色技術とはまた別の技術が必要な様ですね」


 通常、羊毛に限らず染色する場合は、鍋等で一緒に煮込んだり、長時間、色水に沈めたりするんじゃが、この布は同じ様にしても全然染まらんのじゃ。

 まぁエリーザさんは蜘蛛に対しても忌避感を持っておらぬようじゃし、コレから新しい産業にもなるじゃろう。

 エリーザさんが『白頭』の蜘蛛の頭をカリカリと掻いておる。


『なぁ、そろそろ飯にしてぇんだけど良いか?』


 その様子を見ておったら、ベヤヤから念話が飛んできたのじゃ。

 確かに、アレコレとやっておって、食事の事ベヤヤの目的を完全に忘れておった。

 ターマイル殿に『羊肉を使った料理』を食べられるか頼んでみると、快く引き受けてくれたのじゃ。

 ベヤヤがおる以上、屋敷の中で食べるのは無理じゃから、屋敷の庭に机を並べ、鉄パイプを組み合わせてテントを作ったのじゃ。

 そして、ベヤヤは森の中で採取した物を平籠に並べ、一つずつ串に刺して、携帯コンロの火で炙っては味見をしておる。

 勿論、ターマイル殿に許可を得ておるよ。

 主にキノコが多く、木の実や芋もあるんじゃが、あの芋、地球で言う所の『山芋』に似ておるのう。

 そして、のんびりと生徒達に軽く授業をしたりしながら待っておったら、遂に羊料理が完成して机に並べられたのじゃ。


「一応、様々な羊肉を使った料理を希望されているという事で、庶民的な料理から貴族が食べる様な料理を用意させて頂きました。 あまり時間もありませんでしたので、本当に簡単な物しか用意出来ませんでしたが……」


 ガーウィグ家に仕えておるのであろう料理長が、申し訳けなさそうに説明してくれたのじゃが、急なお願いじゃし、食べさせてくれるだけ良いのじゃ。

 出されておるのは、塊肉や薄切りにされた肉を焼いた物、茹でたのであろう物が殆どじゃ。

 塊肉はステーキ、薄切り肉はハーブをつかったソテーじゃな。

 茹でたのは……なんじゃろ、煮込み時間が足りぬスープ?

 ワシは少量をそれぞれ食べたのじゃが、まぁ予想通りと言うか、羊肉の若干のをハーブで誤魔化そうとしておる感じじゃ。

 そして、今食べたのは貴族家で食べられておる物であり、これから食べるのが庶民が食べておる物じゃ。

 次に出されたのが、骨付きを焼いた物、薄切り肉を葉野菜と炒めた物、芋と一緒に茹でられた物、そして腸詰じゃった。


『こっちはハーブをあんまし使ってねぇみたいだな。 さっきのと比べて肉の臭みが全然取れてねぇ』


「ううむ、やはり臭みが強いのう……」


 ベヤヤの言う通り、庶民が食べておる方はハーブをあまり使っておらんのじゃろう。

 それと骨付き肉は、ラムチョップと呼ばれておる部位じゃが、食べる際に骨を直接手にする関係で、貴族から見れば『はしたない』とされて、あまり好まれておらんのじゃ。

 ワシは気にせんけどね。

 そして、意外じゃったのが腸詰じゃ。

 それなりに太く外はパリッとしていて、中は肉汁たっぷりジューシー。

 ハーブが殆ど使われておらん筈なのに、不思議と臭みが殆ど無い。 

 コレは中々……


『ふむ……こりゃ中の肉をもう少し工夫すりゃ、もっと美味くなるな』


 ベヤヤがそう言っておる通り、コレは中身を工夫すれば貴族でも買う気になるじゃろう。

 貴族は酒飲みも多いし、酒の肴としてはピッタリじゃ。

 そうしてすべて食べ終えた後、ベヤヤが料理長に各料理の調理法や注意点を聞いてメモを取っておった時、何かに気が付いたようじゃ。

 そして、新しいページに何か書き込み始めておる。


「ガゥァ!(閃いた!)」


 そう言えば、ベヤヤは何か悩んでおったと言っておったし、何か解決策でも思い付いた様じゃな。

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