第267話
「で、それで
『どうにかしてくれ』
ワシがベヤヤから大体の話を聞いた後、遠くから黒い斑点に見えたのは、ベヤヤの身体にくっ付いておった何匹もの蜘蛛じゃった。
どうやら、住処にしておった木を薙ぎ倒されて気絶しておった所、ベヤヤが木を収納した際の衝撃で落っこちて目を覚まし、怒って集られておったようじゃ。
まぁベヤヤにダメージを与えられる程強くはなく、糸を出して拘束しようにもパワーで引き千切られるせいで、本当に集っておるだけのようじゃが……
しかし、新しい住処を提供しようと思っても、蜘蛛にだってそれぞれが縄張りがあるし、住処にしておった木は相当に条件が良かったのじゃろうから、代わりの住処を用意する事も難しい。
一応数を数えてみると、ベヤヤに集っておったのは全部で11匹。
サイズ的には、一匹が大体大人の手の平くらいサイズで、見た目はアダンソンハエトリグモじゃな。
そして、この蜘蛛は毒は持たず、食性も主に果物の汁を吸って生活しておるだけで、人的被害はないのじゃ。
まぁたまーに、人間が巣に気が付かずに突っ込んで、ちょっと酷い目に合う程度じゃな。
その酷い目と言うのも、この蜘蛛は自身の巣の中に、果実から吸い取った果汁を『蜜袋』という糸で作った袋の中に保存しており、それでベッタベタになる、という物じゃ。
蜘蛛達が怒る原因は、住処を壊された以外にもこの蜜袋を駄目にされたのもあるじゃろう。
今の時期、冬へと向かっておるから蜜を集めるのも一苦労するのに、苦労して越冬の為に貯め込んだ蜜を、全て台無しにされてしもうたのじゃ。
このままだと、この蜘蛛達は全部越冬出来ずに死んでしまうじゃろう。
「どうにかと言うてものう……今回は完全にベヤヤが悪いんじゃし、このまま気が済むまで集られておるしか無いんじゃないのかのう」
一番簡単な解決法としては、ワシがテイムすれば良いんじゃろうけど、もうクモ吉がおるし、これ以上はテイムする気もないしのう。
まぁ、一応解決策は無い訳じゃ無いんじゃが……
取り敢えず、提案だけはしてみるかのう。
「あー、ターマイル殿、ちょっと良いかのう」
「何でしょうか?」
「先程言っておった新しい産業なんじゃが、一応、案があるんじゃよ……ただ、ちょっとばっかし問題があるんじゃよね」
そう言いつつ、ワシが鞄からある物を取り出して、ターマイル殿に見せて手渡した。
それはとある糸を巻き取っておいた、『スピンドル』と呼ばれるコマの様な糸紬ぎ用の道具じゃ。
そのスピンドルに半透明の糸がぎっちりに巻き付けられておるのを、ターマイル殿が興味深げに手にして眺めておる。
「コレは羊毛……ではありませんね、かと言って、綿や麻でも無い……こんな細くて半透明な糸は初めて見ますね」
流石は羊毛に詳しいだけはあるのう。
この異世界では、糸と言えば羊、綿、麻が主流で、化学繊維は存在せぬ。
そして、ワシが手渡した糸は、コレのどれにも該当せぬ。
いや、昔から糸としては存在しておるが、普通はコレを利用しようとは思わんじゃろう。
「ワシはスパイダーシルクと呼んでおる物じゃ」
「スパイダー……コレが蜘蛛の糸ですか?」
ターマイル殿が意外そうな顔をしておるが、まぁそう言う反応になるじゃろう。
蜘蛛の糸はありふれておるが、この異世界の蜘蛛の糸と言うのは、とてつもなく強靭で、そこ等辺におる魔物や魔獣を拘束出来る程の強度がある。
そんな物を生活に利用しようなんて考える物好きはおらん。
それ以外にも、ワシみたいに蜘蛛をテイムする者もおらんじゃろ。
そして、ターマイル殿に手渡したのは、クモ吉の糸を紡いだ物じゃ。
クモ吉の糸はかなりの強度を誇り、一本だけでもワシなど軽々とぶら下がる事が出来るのじゃ。
それを束ねた物は、ベヤヤですら引き千切る事も出来ぬ程、強固な糸束になるのじゃ。
まぁそれでも所詮は蜘蛛の糸。
火を付ければ、あっという間に燃えるか溶けてしまう。
「で、コレをワシが贔屓にしておる商人に頼んで、布にしてもらった物じゃが、こんな感じになっておる」
次に手渡したのは、その糸で織った布じゃ。
サラリとして手触りも良く、普通の糸を織った物と比べても格段に薄い。
そして、ワシがちょっと手を加えた事で、耐火耐熱、腐食にも格段に強くなったのじゃ。
まぁこの布、実は他にも問題点があるんじゃが、ターマイル殿は、その手触りを実際に体感して驚いておる。
「コレが本当に蜘蛛の糸で織った布なのか……?」
「先に言っておくんじゃが、その布、残念な事に普通のハサミやナイフじゃ切れん」
「なんですと?」
「他にも、蜘蛛糸の特性なのか染色が出来んのじゃ」
ワシの言葉を聞いて、ターマイル殿が懐から短剣を取り出したので、ワシが頷いたのを確認し、手元の布に刃先を当て滑らしておる。
じゃが、布には傷一つ付いておらん。
それを見て、ブラッド殿が目を丸くしておる。
「……凄い強度だが、コレでは……」
「それはうちのクモ吉の糸から織った物じゃからだと思うが、普通の蜘蛛ならそこまで強度は無いじゃろうから加工出来ると思うのじゃ?」
「違うのですか?」
クモ吉の種である
その中でも、クモ吉は特異種とも言える特殊な個体じゃが、その水晶迷宮はもう存在せぬ。
商業ギルドからの極秘依頼だったとはいえ、その水晶迷宮を兄上が潰してしまったからじゃ。
コレにより、クモ吉以外の水晶迷宮産の魔獣や魔物は、消滅する以前に持ち出された物以外、手に入らなくなっておる。
最も、持ち出したという話は聞いた事は無いのじゃが。
まぁ、クモ吉は雌雄同体じゃから、ながーい時間を掛ければ増えていくじゃろ。
「つまり、蜘蛛から糸を採取して、新しい産業にしようと?」
「まぁ、そう言う事なんじゃが、流石に蜘蛛じゃからのう……見た目で嫌がる者もおるじゃろ? じゃからちょっと勧めるかどうか悩んでおったのじゃ」
「……成程、確かに、蜘蛛は見た目で忌避されますからね」
「この蜘蛛には、毒とか、人を襲うとかの問題は無いんですか?」
「うむ、ソレは大丈夫じゃ。 この蜘蛛は大人しい種じゃし、食性も草食寄りで此方からちょっかいを掛けん限り、自分から攻撃はしたりはせぬ筈じゃ」
「………失礼ですが、とてもそうは見えないんですが……」
ブラッド殿の視線の先には、その蜘蛛に集られておるベヤヤ。
まぁアレを見たら、信じられぬというのも仕方無いじゃろう。
しかし、アレはベヤヤが怒らせたのが原因じゃからのう。
「取り敢えずクモ吉よ、あの蜘蛛達を説得して大人しくさせて来てくれんかのう?」
ワシの言葉で、首飾りに擬態しておるクモ吉がピョンと飛び降り、ベヤヤに走っていって、向こうの蜘蛛達と何かカチカチと会話を始めておる。
それを見ながら、ワシは取り出してあったスピンドルと布を、
カチカチ、カチカチ、カチ、カチカチカチ。
クモ吉と蜘蛛達の会話?は結構な時間続き、ワシ等はその様子を眺めておるだけじゃ。
その交渉の結果、蜘蛛達がベヤヤから離れていき、クモ吉の前に並んでおる。
どうやら、一応は落ち着いてくれた様じゃが、この後はどうするかのう……
ターマイル殿がどう判断するかによるんじゃが、もしも受け入れられぬというなら、『シャナル』に持ち帰って妖精の森に放つかのう?
多分じゃが、あの森の妖精達とも仲良くは出来るじゃろうし。
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