第254話
「痛ってぇ! 何するんだ!」
思わず額を押さえる。
どうやら、一瞬でデコピンをされたようだが、その威力はかなりのものだった。
「……まだ欲しいって思うか?」
レイヴンに言われて一瞬何のことかと思ったが、あのネックレスの事だと気が付いた。
……あれ、何で欲しいって思ったんだ?
よく思い返してみるが、別にあのネックレスを欲しいとは思えなかった。
一体どういう事だ?
そうして俺が混乱している様子を見て、レイヴンが溜息を吐いている。
「所謂『執着』の呪いだな。 見た者に対して『どうしても手に入れたい』と思わせる厄介な呪いだ」
「レイヴンは大丈夫なのか?」
レイヴンは平然としているけど、そんな呪いを前にして問題無いのだろうか?
そう思ったのだが、そのレイヴンは平然とそのネックレスを包んでいると思われる布包みを箱に戻している。
「こういった精神に作用する呪いは、精神を鍛えていれば問題は無い。 まだ未熟な証拠だな」
「……それで、ソレはどうするんだ? やっぱりギルドに渡すのか?」
こういったヤバいアイテムは、個人で所有するのは危険過ぎるから、普通は冒険者ギルドとかに提出する。
だが、それに対してレイヴンは首を横に振った。
まさか、レイヴンも呪いを受けてるんじゃ……
「呪いが呪いだけに、下手に大多数がいる場所に持っていくのは拙い。 もしも冒険者ギルドで呪いが蔓延したら、トンデモない事になるぞ?」
その言葉で、もしも、冒険者ギルドでさっきの俺のような状態になったら、と考えてみた。
そして、血の気が引いていくのが分かる。
例えば、ギルドの受付嬢とかがそのネックレスの呪いを受け、こっそりと執着心から盗んだりして、それを別の冒険者が見て、その呪いを受けて……
最終的に、全員が『ネックレスを狙っている』と疑心暗鬼になって、血みどろの殺し合いになるのは確実だ。
この屋敷で起きた事が、冒険者ギルドでも起こる可能性があるって事だ。
「それじゃ、どうするんだ?」
「まずはアイツに渡してどうにか出来るか確認した後、どうにも出来ないとなったら……迷宮の奥底でぶっ壊して捨てて来る」
かなり過激だが、ダンジョンに捨てるというのは、実は割とポピュラーな廃棄方法だ。
稀に、人が扱うにはあまりにも使い道が無い魔道具とかが、迷宮から出る事がある。
例えば、使えばどんな強力な攻撃でも防げる障壁を生み出す代わりに、体内のマナを全て使用する事になる魔道具とか、素早さを極限まで引き上げる事が出来るが、その速度に身体が耐えられなくて死ぬ魔道具とか……
そう言った物は、ダンジョンの奥底に運び、破壊する事でダンジョンに取り込ませて処分する。
勿論、直ぐに取り込まれる訳じゃ無いので、そう言った事が出来るダンジョンは階層が多くて到達する事が難しかったり、ダンジョンのギミックが難しかったり、出て来るモンスターが強かったりするようなダンジョンに限られるし、行ける冒険者もギルドからの信用が高い実力者だけだ。
そして、王都の近くだと実は一ヵ所、該当するダンジョンがある。
それが、『ミノタウロスダンジョン』と呼ばれるミノタウロス系が出現するダンジョン。
確認されているだけで9階層で、そのダンジョンの浅い層でも出て来るミノタウロスはとてつもなく強く、下の階層に行くだけでも一苦労なのだが問題は8階層。
なんと、8階層には要塞があるらしく、その中に下へと行く為の階段があり、その前には、複数のミノタウロスを率いたミノタウロスコマンダーと言う上位種が待ち構えているらしい。
因みに、その強さは常軌を逸していて、過去にはSランク冒険者を含む複数のチームで攻略しようとしたが、コマンダー相手に壊滅、多くの犠牲を出して撤退したという事件があるくらいだ。
そのせいで、分かっているのが『ミノタウロスダンジョンは最低でも9階層まである』と言う事だけ。
これは、8階層の要塞の中に、下へと降りる為の階段がある事が確認されているからで、過去に挑んだ冒険者が逃走した際に偶然発見した事で判明している為だ。
その砦だが、中に入らなければコマンダー達に襲われる事は無いので、砦の外で破壊して廃棄するのだが、当たり前の事で、砦の外にもミノタウロスはいるので、絶対に安全と言う訳では無い。
「『ミノタウロスダンジョン』だとすると、高ランク冒険者に依頼するしかない、か……依頼金は出せるのか?」
聞いた所によると、高ランク冒険者に依頼するには相当な金額になるらしいけど……
まぁレイヴンは意外と稼いでるだろうから、出せるんだろうか?
レイヴンがネックレスが入った小箱を更に布でグルグルと巻き、大量の札を貼り付けた後、腰の鞄にしまっている。
「そんな勿体無い事するか、自分で捨てに行く」
「自分でって……いくらレイヴンでも、砦に辿り着くまで危険じゃないか?」
「この前、アイツがミノタウロスの素材が欲しいって言うんで、行って来たばかりだ。 砦の先も見て来たから問題は無い」
可笑しいな、俺の耳が可笑しくなったのか?
今、レイヴンは『砦の先を見て来た』とか言わなかったか?
「……砦の先?」
「あぁ、砦の先は闘技場、その先は神殿っぽい見た目だったな、神殿には変なミノタウロスがいたが……目的の相手じゃないし、攻撃もしてこなかったから闘技場で素材集めしたな」
レイヴンが階段を降りていきながら、そんな事を言っている。
冒険者ギルドでは、『ミノタウロスダンジョン』の砦を超えた先の情報は、攻略出来ていない為に一切無い。
なので、レイヴンが言った内容を確かめる事は出来ないが、このレイヴンが態々嘘を言うとは思えない。
つまり、本当に『ミノタウロスダンジョン』を攻略して来たのだろう。
「…………その事は報告してあるのか?」
「したら確実に、確認の為とか言う名目で、ギルドからダンジョンに連日通う事になるだろうが、そんな面倒は御免だ」
それに、得られる物も少ないしな、なんてレイヴンが言って、玄関の扉を開いた。
薄暗かった室内から、急に明るい外に出た為、一瞬目が眩む。
時間的には、丁度昼を回ったくらいか?
「さて、取り敢えず、コレでこの屋敷の問題は解決した筈だ。 ギルドに行って買い取って来てくれ、俺はこのままアイツの所に行った後、掃除とかの手配をしてくる」
「分かった。 しかし、それにしても……そんなヤバいネックレス、何処で手に入れたんだろうな?」
俺がそう言うと、レイヴンが不思議そうに俺の方を見た。
だってそうだろ?
執着しまくって、疑心暗鬼から相手を殺してしまうような『呪い』付きのネックレスなのに、あの老人が手に入れているって事は、誰かしらから買ったか貰ったかした筈だ。
後から『呪い』が付いたとかならともかく、これ程の『呪い』を後から付けるのは無理だろう。
そんな物をどうやって手に入れたのか……
「……確かにその通りだな……まぁ時間が経ち過ぎてるから、情報は碌に残ってないだろうが、そっちも調べてみるか」
レイヴンがそう言って扉にもう一度鍵を掛け、その鍵を俺の方に投げて寄こした。
この後、俺は商業ギルドで購入手続きをして、レイヴンは妹にネックレスを渡した後、冒険者ギルドで屋敷の掃除や壊れた家具を片付けたりする依頼を出す。
しかし、レイヴンの妹というあの少女に、こんな危険な『呪い』が付いたネックレスを渡しても大丈夫なんだろうか……
そんな事を考えつつ、商業ギルドに行って、屋敷の購入手続きをしたんだが、購入すると伝えたら、職員から何度も『本当に購入するんですか?』『後からだと返金は出来ないですよ?』と念押しされた。
あの老人の『ハイゴースト』を退治した後、レイヴンと屋敷の中を確認しながら戻って、安全だとは確認出来て問題は無いのでそのまま購入した。
内装の家具とかは、レイヴンと相談する事になるので今回はスルー。
一応、家主はレイヴン名義にした。
将来的には、俺はアレス王子と共にクリファレスに戻る予定だからな。
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