第253話




 飛んできた机を執務室に戻って、扉の陰に隠れてやり過ごす。

 机が扉に当たって、凄まじい破砕音が響き渡る。

 チラリと中を確認すると、同じ様に白いシーツで覆われた寝具が置かれた部屋の中央に、は立っていた。


『<渡さんぞぉぉぉ……誰にも渡さん……アレは、アレは儂の、儂だけのモノじゃぁぁぁ……>』


 そんな事を言っているアレは、最早『ゴースト』ではない。

 長い時間を掛けた事で、『ハイゴースト』になり掛けている。

 流石に、直接戦闘をして経験を得ていないから『レイス』にはなっていないし、魔導知識を持っていないから『リッチ』や、特殊な条件が必要な『死の王ノーライフキング』にはなっていない。

 まぁ『リッチ』や『死の王』になっていたら、被害は屋敷の中だけではすまなかっただろう。

 恐らく、何かへの執着心から『ゴースト』になり、それが長い時間を経た事で『ハイゴースト』になろうとしている。

 問題としては、一体何に執着しているか、と言う事だ。

 『アレ』と言っている事から物品なんだろうが……


『<何度来ても無駄じゃぁぁ……絶対に渡さんぞぉぉぉ>』


 『ハイゴースト』の爺さんがそう言って、寝室の中をうろうろと動き回っている。

 どうやら、寝室に入らない限り、向こうから攻撃はしてこないらしい。


「レイヴンどうする?」


「どうするって言われてもな……まず、あの爺さんが何を守ってるかが分からねぇと……」


 進藤に聞かれたが、答えようがない。

 面倒だからと言ってここから攻撃して、その執着している物を壊したりしたら、何が起こるか分からない。

 運が良ければそのまま倒せるだろうが、下手すれば、怒りで屋敷を超えて周囲に影響が出る可能性がある。

 現状では、屋敷に住んだ人間だけが奇怪な死に方をしているが、その影響が屋敷を超えてしまったら、大被害が出る。

 俺、運は良い方じゃねぇからなぁ……


「取り敢えず、なり掛けの『ハイゴースト』だが、倒し方は『ゴースト』と同じだ。 気を付けるのは、『ポルターガイスト』の力が『ゴースト』より強いって点だな」


「確かに、今まで出て来た『ゴースト』が飛ばしてきたのって、そこまで重いヤツじゃなかったよね……」


 進藤が、扉の所でグシャグシャになった机を見ている。

 執務室に置いてある机に似ている重厚な奴で、それだけでも相当な重量があるだろう。

 『ポルターガイスト』は『ゴースト』が使えるスキルだが、それで運べる重量には限りがある。

 今まで出て来た奴等が飛ばしてきたのは、空の花瓶や額縁、椅子や食器類と、比較的軽い物ばかりだが、あの爺さんはかなりの重量がある机を飛ばしてきた。

 あの机が直撃したら、相当なダメージを受けていた事になっただろう。


「まぁこのままじゃ埒も空かんし、さっさと倒すか……」


 手順としては単純。

 俺が突撃して斬って終わり。

 流石に進藤に『ハイゴースト』の相手をさせるつもりは無い。

 進藤、実力は確かにあるんだが、まだ不安要素がある。

 と言う訳で、ショートソードを手に取り、それに『精神力』を注ぎ込む。

 そして、寝室に一気に跳び込んだ瞬間、俺の周囲には大量の針が浮いていた。

 やはり、寝室の中をうろついていたのは、此方を油断させる為のブラフだったか!


『<誰にも渡さんぞぉぉっ!>』


 そう言った瞬間、一斉に針が俺目掛けて襲い掛かって来るが、

 持っていた剣を振り、その周囲から襲い来る針を全て斬り捨てる。

 キキキキンッと音が響き、針が全て斬り終えると、今度は足元の絨毯が捲り上がり、俺を包み込もうとするが、それも斬って捨てる。

 絨毯を斬り捨てると、今度は巨大なベッドが迫ってくる。

 それを蹴りで押し留めると、今度は左右から椅子が飛んでくる。

 右はショートソードで斬り捨てるが、問題は左。

 魔法で破壊しても良いが、此処で燃える様な魔法を使えば火事になる事は必至。

 使える魔法は限られるが、問題は無い。


「風よ、纏まり弾けろ! 『エア・バースト』!」


 圧縮した空気の弾丸を発射し、椅子を破壊。

 そうしたら、今度は上から固定用の鎖を引き千切ったシャンデリアが降って来た。

 それを破壊した椅子の方へ飛んで回避。


『《小賢しいぃぃぃっ! 誰にも渡さんのだぁぁぁっ!》』


「鬱陶しい!」


 思わず怒りに任せて、騒ぎ立てている爺さんに向けてショートソードを一閃。

 それと同時に『精神力』を一気に開放。

 結果、ショートソードの剣身から、『精神力』で形成された剣が伸びて、爺さんに突き刺さって両断してしまった。


『<イギャァァァアアッ!!>』


「あ」


 本当は執着していた物の情報を引き出してからのつもりだったが、鬱陶しくなってバッサリやってしまった……

 当然、直撃した爺さんはそのまま消滅。

 やっちまった……


「情報を引き出す前に倒しちまった……」


 剣を鞘に戻し、部屋の中を見回すが残っている物は少ない。

 衣装ダンスとか壁にある額縁とか、壊れていない引き出しの無い机とか……

 こりゃ探すのも面倒だな……

 溜息を吐きつつ、進藤を呼んでこの部屋を捜索する事にした。




「……何も無いな……」


 レイヴンがそんな事を言いながら、衣装ダンスの中を見ている。

 そこには本来、貴族が着る為の服が、沢山吊り下げられている筈だが空っぽ。

 俺の方も、隠し金庫でもあるのかと額縁を外したり、ベッドをひっくり返してみたりしているが、何も見付からない。


「なぁ、本当にそんな物あるのか?」


「知らん。 だが、あれ程執着しているくらいだ……何も無いって事は無いだろう」


 レイヴンが衣装ダンスを軽々と動かして、その後ろの壁を見ているが、当然、そこにも何もない。

 そして、腕組みをして何かを考えている。


「……進藤、見られたくない物とか、隠しておきたい物ってどうやって隠しておく?」


「何でそんな事を聞く?」


「普通、隠したい物、見られたくない物、取られたくない物を目に見えない所に置くか?」


 レイヴンがそんな事を言うが、そう言う物は普通、秘密の隠し場所に置く様な物じゃないか?

 後ろ暗い事をしている訳だし……

 それか、警備を厳重にしたり、それこそ肌身離さず持ってるとか……


「……肌身離さずか……そうなると墓の中か?」


「まさか、墓荒らしをしようって言うんじゃないだろうな!?」


「する訳無いだろ、だがそうなると……」


 そう言って、レイヴンがひっくり返ったベッドを見る。

 ベッドは調べたけど、何も無かったぞ?

 だが、レイヴンは腕組みをしたままひっくり返ったベッドの周りを歩き回り、やがてある場所で止まった。

 それは丁度、寝ると頭がある場所。

 そして、ベッドを元の様に戻すと、その辺りを調べ始める。

 やがて、装飾が施された足の部分に触れた瞬間、カコッと音がした。


「……あったぞ……多分コレだ」


 レイヴンが小さな短剣を取り出し、装飾の部分に差し込んでガシガシと削っていく。 

 そして、バキリと音がして木片が外れた。

 その中から出て来たのは、縦に長い小さな小箱。

 それを持って、レイヴンが隣の執務室に向かう。


「さて、呪いは無いようだが、中には何が入ってんだか……」


 懐から何か札の様な物を出し、それを小箱に貼り付けた後、レイヴンがそんな事を言っている。

 どうやら、あの札で呪いとかを判別してるようだ。


「死んでも執着していたって事は、宝石か何かか?」


 レイヴンが慎重に箱を開けると、そこには一つのネックレスが入っていた。

 金の鎖に、ペンダント部分に大きい赤い宝玉が嵌め込まれ、見ただけでも相当な値打ち物だと分かる。

 ペンダント部分も、細かく装飾が施されていて、片方には長髪の女性、反対側には無数の鳥が止まった枝が金細工で施されている。

 そして、中央の宝石も大粒だ。

 人差し指と親指で作った輪よりも大きい。

 もしこれを俺が見付けていたら……


「……おい、進藤………進藤?」


 食い入る様に宝石を見ていたら、レイヴンの奴から声が掛かっていた。

 クソッ、こういう事なら俺が先にベッドを破壊してれば……


「……ハァ……進藤、足元に何か落ちてるぞ?」


 ぁ?

 言われて足元を見るが何も無い。


「……一体何だ……」


 顔を上げた瞬間、バチンッと俺の額に何かが当たり、思わずそのまま後ろに倒れた。

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