第250話




 その日、暗い部屋の奥で『腐毒竜ヒドラ』が異変を感じ取って頭の一つを持ち上げた。

 産まれてから気の遠くなる程の時間を、暗い迷宮の中で過ごし、時たま現れる魔獣や魔物を喰らい、流れ落ちる毒で、住処迷宮を満たし続けて来た。

 やがて、住処の奥底で輝く玉を見付け、その玉を喰らった。

 本来、迷宮で産まれた『腐毒竜』は、迷宮に対して不都合な事は出来ない様に生み出されていたが、長い間、迷宮で沸いた魔獣や魔物を際限無く喰った事で、想定以上に強くなり、迷宮の制御から外れてしまった。

 本来、『迷宮核ダンジョンコア』が失われた迷宮は活動を停止するが、この『腐毒竜』は迷宮の中で産まれた特殊な個体だった為に、その身に『迷宮核』を宿す事になった。

 その結果、迷宮が『腐毒竜』に乗っ取られてしまった訳だ。

 そんな迷宮そのものと化した『腐毒竜』が感じ取った異変は、と言う物だった。




『グルルルゥ……』


 他の頭もその異変を受けて頭を持ち上げ、天井の方を見上げ、左右にある頭が『息吹ブレス』の準備を始める。

 今回の相手は、どんな手段を使っているかは分からないが、迷宮を上層からどんどん削り取りながら進んでくる。

 だが、最下層で待ち構えている『腐毒竜』には関係無い。

 どんな相手であっても、『腐毒の息吹アシッド・ブレス』を受ければ耐えられる事も無く、ボロボロになって餌になり、本来は破壊出来ない筈の迷宮の壁であってもドロドロに腐食していく。

 そんな『腐毒の息吹』を浴びせ掛けるだけ。

 そして、遂に、『腐毒竜』が待ち構えていた最下層の天井が破られた。


『『ガァァァッ!』』


 左右の頭からどす黒い煙の様な息吹が、天井目掛けて放たれた。

 だが、そこにあったのは……


 闇、唯々黒いナニカ、そう表現するしか出来ないモノ。


 それが、どんどんと天井から迫って来る。

 『腐毒の息吹』を浴びせ掛けてもまるで手応えが無い所か、逆に、この黒いナニカに吸い込まれそうになり、床に爪を立てた。

 その黒いナニカを押し返そうとするが、ソレがどんどんと迫って来る。

 中央にあった頭も『腐毒の息吹』を放つが、黒いナニカの速度は変わらず、そのまま『腐毒竜』に触れた瞬間、ズルリと『腐毒竜』は黒いナニカに

 そして、一瞬で『腐毒竜』は消滅した。 




 いやぁ、コレは想定以上の破壊力じゃなぁ……

 ワシの目の前には、ドス紫色の湖があった場所が、広範囲に完全なすり鉢状に陥没した地面が見えておる。

 迷宮の中とか王都で実験せず良かったのじゃ。

 まぁ小島が迷宮だったとしたら、中にあった筈の財宝は消滅してるじゃろうから、ソレだけが心残りじゃな。


『なんじゃこりゃぁぁぁっ!?』


「今のは一体何だったんですか!?」


 ムっさんとカチュア殿が驚いておるが、まぁ説明しなければ分からんじゃろう。

 説明しても分かるかどうかは別問題じゃが。


「簡単に説明するとじゃな、先程、ムっさんが発射した玉は、全周囲から超圧力を掛け続けると、刻んでおる魔法陣やら核にしておる魔石のマナやらで質量等を極端に増幅させ、疑似的に『重力崩壊』を起こし、吸い込んだあらゆる物を消滅させてしまうという、最強にして最凶の兵器なのじゃ。 まぁこの威力はちょーっと予想外じゃったけども!」


『物騒過ぎるわ! あんなモン胸に付けて生活しろってか!?』


「安心せい、全方位から均一に圧縮せねば起こらんし、そもそも、威力云々の前に、アレには3つ問題があるのじゃ」


「問題ですか?」


 あの威力を見た後で、ムっさんが騒ぐ気持ちも分からんでもないが、そもそも、超圧縮してゴマ粒以下にならねば発動せんから安心せい。

 カチュア殿が不思議そうに言うのじゃが、実はアレを使うには問題があるんじゃ。

 取り敢えず、呼吸し辛いガスマスクは外して、地面に棒でガリガリと絵を描いていく。


「まず、単純な所で『素材の問題』じゃな、今回使ったのはミノタウロスの身に着けておる鎖や槌と言った、見た目よりも遥かに重い金属なのじゃが、あの玉1個を作るのに使用したのは大体……鎖じゃと200本程じゃったかな?」


『「200!?」』


「じゃから、集めるのも一苦労じゃし、第一、このサイズまでするのも大変じゃよ」


 中央に動力の為に虹色魔石もあるしのう。

 因みに、1頭分の鎖で軽くうんトンくらいあるのじゃ。

 それ以外にも、槌やら大剣やら使っておるから、実際にはもっと重いんじゃないかのう。

 そんな素材を兄上は大量に用意してくれたんじゃが、どれだけ迷宮で暴れたのか……

 ちょっとミノタウロスが憐れかもしれん。


「次の問題点は、単純にマナの問題じゃ。 ムっさんよ『強化外骨格』の残マナ量はどうなっておる?」


『あ? 残りって……ハァ!? もうスッカラカンじゃねぇか!』


 やはりのう。

 全周囲から強烈な圧を掛ける際、『強化外骨格』の内蔵しておるマナの大部分を使ってしまっておる。

 ラスボスモードは、内蔵マナ量も増やしておるんじゃが、それでも一発撃つだけで内蔵マナの大部分を持っていかれてしまっておる。

 コレでは継続戦闘は不可能じゃろう。


「最後にじゃが……現状、作れるのがワシだけで、これ以上は作るつもりは無い、という事じゃ」


 コレ重要。

 地球での科学知識を持っており、魔導や魔法陣、魔道具にも通じておる者でなければ、コレは再現出来んじゃろう。

 巨大ゴーレムに使用されておった技術を見た限り、帝国におる『大賢者』でも、同じ物は作れん筈じゃ。

 つまり、使えたとしてもあと4回しか撃てん訳じゃが、この威力じゃと使い所を間違えたら大惨事なんてモンでは無い。

 敵味方入り乱れておる戦場では使う事も出来ん。

 初手に奇襲として使う事は出来るかもしれんが、流石に威力が高過ぎるのじゃ。


「……成程、確かにこれ程の威力ですと使うのも躊躇われますね……」


「多分、直撃させれば黄金龍殿でも致命傷にはなるとは思うんじゃが、まぁ当たらんじゃろうな」


 『グラビトン・レールガン』を無傷で掴み取っておるけど、流石にコレは耐えられんとは思うんじゃが、速度は遥かに遅いし、かなりの距離が無ければ、此方も巻き込まれて危険じゃ。

 今回、標的にした小島まで10キロくらい離れておったけど、この距離でも空気が吸い込まれて、若干強めの風が吹いておるのが分かったくらいじゃ。

 最低でも5キロは離れておらんと、発動した瞬間、吸引される風は更に強くなるから、そのまま引き込まれて死ぬじゃろう。

 発動したら球体状の範囲を消滅させるだけの予定が、その凶悪な吸引力で周囲の地面まで吸引して抉り取ってすり鉢状になっておる。


 そして、外部から迷宮に干渉したらどうなるのかという実験も兼ねておったのじゃが、迷宮そのものもを崩壊させてしまったのは予想外じゃ。

 この異世界の研究では、迷宮は別次元の存在であり外部から干渉は出来んと考えられておる。

 迷宮は古代文明の残りじゃったりするんじゃが、外部から干渉は出来んと言う点は間違っておらん。

 過去に洞窟型の迷宮に対し、周囲を掘って直接最下層のボス部屋に行けば良いと考えて、穴を掘った冒険者がおったのじゃが、周囲全部を掘り返しても入り口が空中に浮いた状態になったそうじゃ。

 それ以来、外部から迷宮を破壊する事は出来ない、と言う事になっておった。

 じゃが今回、『重力崩壊』に巻き込まれた事で、迷宮は完全に崩壊しておる。

 相当なパワーがあれば、外部からでも迷宮は破壊出来るという事か、『重力崩壊』が原因なのかのう……

 まぁもう使う事は無いじゃろうし、考えんでも良いか。


「取り敢えず、使えんように封印じゃな」


『おぅ、こんな危ねぇモン使えねぇようにしとけ』


 ムっさんの言う通り、コレは危険過ぎるから即、封印作業をして使えぬようにはしておいたのじゃ。

 まぁ一応、万が一、有り得んじゃろうが使う場合がある可能性もあるじゃろうから、機能としては残しておくがのう。


 そうして、ワシ等はすり鉢状になった、元ドス紫の湖から王都へと帰って行ったのじゃ。

 その後、宰相殿には実験は出来たのじゃが、危な過ぎる結果じゃった事と、湖は小島ごと消滅した事を伝えておいたのじゃ。

 報告を受けて宰相殿は唖然としておったが、直ぐに騎士団を派遣し、後日、本当に湖は無くなっており、そこには巨大なすり鉢状に削れた地面と、そこに少しずつであるが地下水が湧いていて溜まり始めており、しばらくすれば湖になる可能性があると報告が上がったと言う。


 なお、この結果を兄上が知り、ワシの頭が割れる危険性があった為に、全力での鬼ごっこが開催された事は言うまでも無いのじゃ。

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