第249話




 ゴロゴロと車輪から音が響き、何もない平原を只管突き進む。

 ただ、その馬車の風体は異様であった。

 馬車を引くのは白い大熊、御者は小さな少女、馬車の後方には巨大な鎧が乗っていた。




「魔女様、言われたように魔法陣の追加は終わりましたけど、向かってる目的地って何処なんですか?」


「今向かっておるのは、宰相殿から教えて貰った場所なんじゃが、かなり危険な場所でな、絶対に人がおらんから今回の実験にはピッタリなんじゃ」


『おい、そんな所で何しようってんだ』


 ワシがカチュア殿と話しておったら、ムっさんがそんな事を言っておるが、今回試すのはムっさんの『強化外骨格』用の装備なんじゃぞ?

 まぁそれ以外にも、ちょっと試したい事もあるんじゃがな。

 そうしてベヤヤに引かれる馬車に乗り、どんどん進んでいくと周囲の様相が変わり始めたのじゃ。

 まず目に付いたのが、白く立ち枯れしておる立木が増えていき、下草も枯れ始めた所が増えて来たのじゃ。

 どうやら、目的地が近いようじゃの。


「カチュア殿、目的地が近いんじゃが、出発前に渡した物を装着じゃ」


 馬車の中でゴソゴソと音がし、しばらくしたら中からガスマスクの様な物を付けたカチュア殿が顔を出したのじゃ。

 ワシも同じようにガスマスクを付けるのじゃが、正直な事を言えば、ワシは付けんでも問題無いのじゃ。

 まぁ用心の為、一応付けておく。

 ベヤヤじゃが、普通にワシ等よりも身体能力が遥かに強いから不要じゃし、ムっさんは『強化外骨格』の中におれば不要じゃ。

 馬車が進み続け、ついに目的地に到着したのじゃ。




 ワシ等が立っておる小高い丘から、遥か遠くに見えるのは、完全に枯れた立木に囲まれた大きな湖。

 ただし、水はドス紫と言う感じの濃い紫色で、ゴボリと紫色の泡が噴き出し、それがまるで水飴の様に粘性が高いのが見て取れる。

 此処が今回の目的地なのじゃが、宰相殿から『絶対に人がおらず、どんな被害が出ても困らない場所』と聞いたら、この場所を教えて貰えたのじゃ。

 最初は『自然型』の迷宮でも教えて貰えれば良かったんじゃが、意外な事に地上で該当する場所があったのじゃ。

 それが此処、王国で付けられた名称が『瘴気の沼』と呼ばれておる場所じゃ。

 本来は、大きな湖の周りに希少な薬草や動植物が多かったのじゃが、30年ほど前に湖の中央が隆起し小島が現れ、そこから猛毒が流れ出してあっという間に死の湖になり、結果、湖を中心に広範囲が生き物の住めない土地になってしもうたのじゃ。

 最初の頃は、国や冒険者ギルドも調べようとしたのじゃが、猛毒により多くの者達が近付く事も出来ず、何とか湖まで辿り付いた冒険者により、変質した湖の水を採集してギルドに持ち帰り、それによって、一連の原因がとある魔獣の仕業であると判明したのじゃが、辿り着くのも難しく、その上で討伐するのは不可能と言う事じゃった。

 その原因とされた魔獣の名は『腐毒竜ヒドラ』。

 名前に『竜』と付いておるが、分類上は亜竜の一種であり、黄金龍殿の様な龍とは別種じゃ。

 複数の頭を持ち、その頭の一つを吹っ飛ばされても再生してしまう程、異常な再生能力を持っておるのじゃが、一番の問題は、その体や息吹ブレスに含まれておる『猛毒』じゃ。

 この『猛毒』は体表を守る為に、常に身体から滲み出しており、触れるだけでもアウト。

 しかも、揮発性があって、毒耐性を持っておっても長時間晒されておるだけで、肺がやられてしまうというえげつない性能をしておる。

 それにしても湖を一つ汚染し切るだけじゃなく、その周辺まで影響を及ぼす程の量を分泌しておるという事は、その『腐毒竜』は普通の魔獣では無い可能性があるのじゃが、『腐毒竜』がいるであろう小島には行く事も出来ん。

 ワシの予想じゃが、湖に現れた小島は迷宮で、湖の底にあったせいで長い間外部から切り離され、迷宮の中でまるで『蟲毒』の様に凝縮され続けた結果、特殊な個体が誕生したのではないか?

 まぁ気にはなるが、今回の実験には関係無い事なのじゃ。

 あと、流石に大丈夫とは思うが、万が一の事があったら拙いという事で、ベヤヤにはコッソリとワシと同じスキルの『完全異常耐性スキル』を覚えさせておいたのじゃ。

 なお、本熊ベヤヤは『コレじゃ毒を喰っても分からなくなるじゃねーか』と言っておったので、流石に料理を任せておるからという事で、オマケして『簡易鑑定スキル』を覚えさせたのじゃ。

 この『簡易鑑定』じゃが、本来の『鑑定』と違って、名前と毒の有無程度しか分からんと言う微妙なスキルじゃが、ベヤヤにはピッタリじゃろう。

 当然じゃが、馬車にも対策はしておる。

 そうしないと、中におるカチュア殿が大変じゃからのう。


「さて、そう言う訳でムっさん、ラスボスモードじゃ!」


『らすぼす?って何の事だよ……』


「ホレホレ、早く変身するのじゃ」


『アレかよ……ったく……』


 ワシに急かされてムっさんの『強化外骨格』が、ガショガショと追加パーツを展開し、ネオ・グラン〇ンになっていったのじゃ。

 それを見ながら、ワシも例のを取り出して待機しておる。


『それで、一体何させようってんだ?』


「うむ、今回はいくつかの実験をする為に、こんな所に来た訳じゃな」


「こんな所じゃないと駄目だったんですか?」


「ワシの考えと理論が正しければ、王都では出来んのう」


 下手すればどころか、王都が壊滅するからのう。

 そう言いながら、ワシは黒い球体をムっさんの『強化外骨格』の胸部の中央に嵌め込んだのじゃ。


『こんな玉っころの為に、態々こんなトコまで来たのかよ……』


「そう言うでない、その玉は一種の魔道具なんじゃが……絶対に、そのままで手に持つのではないぞ?」


『あ? どういう事だよ?』 


「まぁ実際に持てば分かるんじゃが……音声認識、機体制限全解除、フルパワー」


『《音声認識完了、全機能オンライン、フルパワーです》』


『おぉぉっ!? 何だコリャ!?』


 ワシの言葉で、ムっさんの『強化外骨格』から別人の合成音声が響いたのを聞いて、ムっさんが驚いておる。

 コレは、今回の事を試す為に新しく仕込んでおいた機能の一つじゃ。

 音声で補助せんと、今回のは危険じゃからな。


「ホレ、コレが同じ物じゃが、ゆっくりと持つのじゃぞ?」


 そう言いつつ、インベントリから取り出して、杖の先で浮かせた黒い鉄球を、ムっさんの前に浮かせると、ムっさんがそれをゆっくりと掴む。


『一体なんだってん!?』


 ワシの杖から制御を離れた瞬間、『強化外骨格』がフルパワー状態であるにも関わらず、一気に鉄球を掴んだ手が急降下!

 そして、掴んでいた手から鉄球が落ち、地面に落ちてめり込む寸前で、ワシが再び制御して宙に浮かべたのじゃ。


「とまぁ、こんな感じでな、やったらめったら重いんじゃよ。 音声認識、機体制限開始、デフォルトパワー」


『《音声認識完了、全機能オフライン、デフォルトパワーです》』


『何なんだよこの玉!?』


 『強化外骨格』のフルパワーモードじゃと、ベヤヤの全力と張り合えるくらいのパワーが出るんじゃが、それでも、この鉄球を持つ事は出来ん。

 何せこの鉄球、ソフトボール程度の大きさに対して、重量は軽くトンを超えておるのじゃ。

 それに『重量軽減』の魔法陣を刻み込み、『強化外骨格』に組み込まれてる間は軽くなっておるのじゃ。


「まぁソレはともかく、早速実験開始なのじゃ!」


 ワシの指示でムっさんが前に出ると、胸部に装着した鉄球を引き出し、両手で鉄球を挟む様にして、全方位から鉄球に圧力を掛けていく。

 馬車の中でカチュア殿に頼んでおいたのは、『強化外骨格』の両腕に『念動力サイコキネシス』の様に物を浮かせる魔法陣を追加して貰っていたのじゃ。

 それで、鉄球を胸部から引き出して、宙に浮かべておる訳じゃな。

 ギギギギと音が響き、鉄球の表面に幾何学模様の様な魔法陣が浮き出してくるのじゃが、その魔法陣の輝きが徐々に強くなっていくのじゃ。

 そして、ソフトボール程度の大きさだった鉄球が、ゴルフボール程度まで小さくなっておる。


『《圧縮率、70…80…90…95…99、100%、マナ充填完了、『黒天砲B・H・C』発射可能です》』


「良し! 目標は湖中央の小島じゃ! ぶっ放せぃ!」


『どうなっても知らねぇからな!』


 ムっさんが叫んで、ゴルフボール程度まで圧縮され、光り輝く鉄球が発射されたのじゃ。

 飛来中も鉄球は更に小さくなっていき、湖中央の小島に到達する時はそのサイズはゴマ粒程度になっておった。



 そして、バキリと言う音共に、巨大な黒い球体が生まれ、小島を包み込んだ。

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