第240話




 出来上がった料理が、着替えた兵士達の前に並ぶ。

 見た目は具材が多めのスープだが、その中で一際目立っているのが白い物体。

 赤みが強いスープに浮いている為に、余計に目立ってしまっている白い物体。


「グァ(しっかり喰っとけ)」


 エンペラーベアがそんな事を言ってるが、誰もスプーンが進まない。

 スープの香りで、美味い物と分かるんだが、その中で浮いているモノが問題だ。

 誰かが『芋虫』と言ったせいで、最早それにしか見えない。


「ガゥ?(喰わねぇのか?)」


「師匠、もしや見た目が……」


 不思議そうにしてるエンペラーベアに、料理長がそう言うと、エンペラーベアがポンと手を叩いていた。


「ガァ(成程)」


 そして、いきなり巨大なまな板を取り出すと、金属製のボウルを3個取り出した。

 そのまな板に白い粉を塗すと、白い塊を取り出して置くと小さくちぎり取る。

 そして、そのちぎり取った物を丸くしてまな板の隅で薄く延ばすと、別のボウルから肉の様な物を取り出して中央に置き、それを包み込んだ。

 トンとソレが目の前に置かれた。


「ガゥア(コレがその白いヤツだ)」


 多分、小麦粉を練った物で皮を作り、それで肉を包んだ料理の様だ。

 芋虫じゃ無かったのか……

 安心して白い物体を一掬いし、それを口に運ぶ。

 大きさ的には一口で喰えるんだけど、よく考えて欲しいんだが、このスープ、さっきまで煮えていたんだぞ?

 つまり……


「あっづぁ!?」


 それを忘れ、一口で喰おうとした隣の奴が火傷をしたようだ。

 慎重に口に運んで半分を口に入れる。

 まず感じたのは、当たり前だが熱いスープだが、皮の中からも大量の肉汁を感じる。

 それだけでなく、肉汁の中にそれ以外の味も感じ取れる。


「美味ぇ!」


「ソレだけじゃねぇ、身体が熱くなって来てねぇか?」


「何か汗かいて来たぞ」


 確かに、さっきまで冷え切っていた身体が、ほんのりと温かくなり始め、食べ終わった奴等の額には、実際に汗が噴き出ている。

 温かい料理を食べれば、その間は温かくなるのは当然だが、この料理は食べた後も、どんどんと身体が温かくなっていく。

 中には耐えられず、上着を脱いでる奴まで出て来た。


「態々、ありがとうございました」


 一足先に喰い終わった隊長が、料理長達に礼を言っているが、この料理は本当に凄い。

 美味いだけじゃなく、冷え切った身体が温かいを通り越して熱いって状態になる上に、見た限りでは事前に用意していれば、スープに入れるだけという手軽さだ。

 これなら、野営時でも簡単に作れるし、寒くても十分に暖が取れる。

 しかし、この料理、次からは食堂でも喰えるようになるんだろうか?




 調理場に戻り、鍋やら皿を片付けながら、あの兵士達に提供した料理を考える。

 元々は、あのボロッちい食堂で提供されていた料理だが、実際に俺は食べた訳じゃ無く、見た者と匂いから推察して再現した物だ。

 そして、焼くのと煮るのでは皮から中身まで弄らなければならなかった。

 あの食堂では小麦粉だけで皮を作っていたんだろうが、俺の方は小麦粉とコワ粉を合わせた物と、コワ粉だけで作った物と二つを作ってみた。

 小麦粉とコワ粉を混ぜた方は、焼いた方は美味く感じたが、煮る物には若干向かなかった。

 だが、コワ粉だけで作った皮は、煮ると美味く感じ、焼いた方は若干不向きに感じた。

 中身も、焼いた方は脂身をそのまま混ぜているが、煮る方はそのまま混ぜると煮た際に漏れてしまうから、一手間加えて完全に閉じ込める必要があった。

 他にも葉野菜を刻んだり、香草を加えたりと工夫した。

 確かにコレでも美味いんだが、まだ何か足りないと感じている。

 こう、言葉にするのは難しいが、何かがハマっていない。

 それが味なのか、香りなのか、食感なのか、まだまだ研究する必要がある。


「大盛況でしたな、師匠、コレは食堂に出すのですか?」


『んー……一応まだ未完成なんだよなぁ……そんなのを出して良い物かどうか……』


 俺が悩んでそんな事を言ったが、弟子の方はそうでもない様だ。

 確かに、普通に考えればアレでも十分な料理なんだろう。

 だが、料理を出す方としては、を提供するのには抵抗がある。

 今回、実際に提供して兵達がどういう反応をするか、と言うのを見る為の物だったりした。

 その結果、かなり好評だったんだがなぁ……


『取り敢えず、もうしばらくは待ってくれ、まだ改良したい点があるしな』


 本当はさっさと完成させて、食堂で提供したいんだが、やはり、未完成な物を提供するのは駄目だ。

 そうなると、この料理に何を加えるかなんだが、この料理には一つだけ欠点がある。

 考えつつ、試作していた料理が乗った皿を鞄から取り出し机に置いた。


「改良とはいえ……この数を全部試すのは些か無理があるのでは?」


 俺の前には4つの皿がある。

 この料理、焼き・茹で・蒸し・揚げと全ての調理法が使えるのだ。

 そして、それぞれで皮と中身を変えなければいけないのだが、全部を試すとなると時間が掛かり過ぎる。

 となれば、焼きと茹でを優先するべきだろう。

 蒸しは調理が難しいし、揚げは油を大量に使う。

 使えないと思っていた豆油も使える様になったが、アレは作るのが相当に面倒臭い。

 寧ろ、今の段階だと俺にしか作れないし。


『取り敢えず、焼きと茹でを優先して、中身から弄るぞ。 まずは……』


 その日から暫く、俺と弟子は調理場の近くにある倉庫で、寝泊まりして改良を続ける事になった。

 肉から混ぜる葉野菜にも色々と種類がある。

 だが、食堂で使う以上、余りに高い物を使うのは駄目だ。

 そうなると、気軽に使えるのは比較的安いオーク肉を中心にする必要があるが、コレがまた部位によって味が変わるし、バラの部分なんて脂身が酷いからソレだけで使うと、脂っこくてとてもじゃないがそのままじゃ使えない。

 だが、逆にロースとかだと、脂が少なくてあっさりし過ぎている。

 なので、細かくミンチにした後、ロースとバラを混ぜ合わせ、この料理にピッタリな丁度良い味を探したいが、混ぜる葉野菜でも味が変わるから、組み合わせを探すのが凄く面倒だ。

 だから、少し作っては焼いたり茹でたりして食べているが、一番最初の未完成と思っているのが一番完成度が高い。

 こうなると、根本から考え直さないと駄目か?

 そうして悩んでいたら、夜食を食べにくる兵士達がやって来た。 

 夜食と言っても、男兵士だから頼んでくるのは、そこまでアッサリした物じゃ無く、ガッツリした物ばかりだ。

 ただ、匂いがキツイのを注文する奴は、明日は大丈夫なのか?

 特に、オーク肉をタレに漬け込んで、焼いた奴をコワ飯の上に乗せたのを注文してる奴等、焼いて多少は減ってるけど、タレに匂いの強い野菜使ってるから凄まじい匂いなんだぞ?

 だが、味が濃いから兵士の奴等にはかなり人気ではあるんだが、一部の奴等にはちょっと不評なんだよな。

 だからと言って、『提供しない』なんて事はしないが、少しは変わりになる様なモンを考えるか?

 そういや、ちっこいのがこの前捕まえて庭で泳がせてる魚の卵が美味いかもしれないって言ってたな。

 気分転換にそっちやるか。

 腹がデカい魚を一匹捕まえて持ってくると、あのちっこいのから貰った巨大な包丁を使って、絞めて鱗を落として内臓を抜くんだが、今回は卵を取る関係で丁寧に腹を割かなければならない。

 丁寧に腹を割くと、デロンと紫色の袋が出て来た。

 それを引き抜いてよく見てみると、中に小さい粒が見える。

 それをボウルに入れて、他の内蔵は廃棄する。

 後はあのちっこいのが言っていた様に、熱くも無いがぬるくも無いお湯に付けて、丁寧に一つずつ剥がしていく。

 入ってる袋は紫だが、卵自体は真っ赤だな。

 それを今度は冷たい水に移すと、白っぽく変色していた卵が赤く戻っていく。

 コレ面白れーな。

 その後、卵を一つ口に入れると、プチッと潰れて若干の生臭さを感じた後、少しの苦みと塩味を感じる。

 ちっこいのが危惧していたような毒は無いみたいだな。

 よし、コレなら漬け込むタレは臭み取りをちょっと強めにしておけばいいだろう。

 確か、根菜の中に肉の臭み取りに使ってる奴があったから、タレに漬け込む時に一緒に入れるか。


 そうして、刻んだ根菜をさらに細く刻み、魚卵にタレと一緒に流し込んで、食品保管庫の一角に安置しておく。

 ここなら丁度良く冷えてるし、数日掛けて味を染み込ませるのにも丁度良い。

 出来上がりが楽しみだな。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


-この料理熊が作ろうとしてるのって、もしかして餃子?-


-現状では餃子(ニラ・ニンニク抜き)と言った状態ですね-


-それって餃子としては致命的なんじゃ?-


-分かり易く言えば『皮が餃子なラビオリもどき』と言う感じですかね-


-それって美味しいの?-


-美味しく作れば美味しいですよ?-


-そりゃ当り前でしょうが!-

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