第239話
成程のう。
ベヤヤから説明を聞いて、新しくなった油を見たのじゃが、最早これは別物と言っても良いじゃろう。
恐らく、鱗に含まれておる成分が高圧になる事で油に溶け出し、逆に油に含まれておる不純物が鱗に取り込まれる事で、美味い油になったんじゃろうが、コレは中々作るのが難しい。
この油を作るには、完全密閉する鍋が必要になる上、本来なら捨てる鱗を使うから、今まで試された事は無いんじゃろうから、見付かる事が無かったんじゃろう。
「もしや、今回捕まえておった魚が?」
『あぁ、あの魚の鱗が必要だから、今回ついでに捕まえてんだ』
大量に捕まえた魚は、この後、王城に運ばれて新しく生け簀を作って泥抜きを行い、エドガー殿の所からコボルト豆油を購入して、新しい油を安定生産する事になっておるらしい。
完全密閉する為の鍋も、王城におる武具を管理しておる部署の鍛冶師に依頼し、試作を始めているとの事。
難しい作業じゃが、密閉する方法自体はそこまで難しい物では無いらしく、今は鍋のサイズや厚みの最適解を試しておる所らしいのじゃ。
厚過ぎれば時間が掛かり過ぎ、薄ければ圧力に耐えられずに歪んで蒸気が抜けたり、最悪、爆発する。
「ふむ、しかしこれ程の魚となると、魚卵も手に入るという事かのう」
タライの中で泳いでおる秋サケもどきは、その腹部がかなり膨らんでおる。
好きなんじゃよね、いくらの醤油漬けと筋子。
ただ、作れるかどうかは分からん。
もしかしたら、粒が小さいかもしれんし、魚卵に毒を持っておるかもしれん。
『卵? 前から欲しいって言ってた奴か?』
「アレとは別物じゃのう。 こっちはどっちかと言うと……嗜好品?」
ワシの言葉にベヤヤが反応するが、そう言えば、先程の話の中で捌いておったのじゃから、ベヤヤは見ておるのじゃろう。
ちょっと聞いてみたのじゃが、捌いた際に内蔵の中には無かった様じゃのう。
時期的に産卵が終わっておる可能性があるのう。
『美味いのか?』
「ん-……アレは個人差があるとしか言えんのう……苦手な者はトコトン苦手じゃからのう」
『作り方は?』
まぁこの
取り敢えず、ワシが覚えておる調理方法を教えておいたのじゃが、魚卵に毒を持っておるかもしれんから必ず調べてから試す様に言っておいたのじゃ。
ベヤヤなら大丈夫じゃろうけど、ワシ等は下手したら大変な事になるじゃろうからのう。
まぁどうしても分からんかったら、ベヤヤ首に掛けておる鞄は時間停止機能が付いておるんじゃから、それで保管しておいてワシが鑑定すれば良かろう。
『お湯の維持が難しそうだが、それ以外はどうにかなりそうだな』
不思議な物で、『いくら』は一度湯通しする際に煮えて白くなるのじゃが、時間経過で元に戻るのじゃ。
昔は人工的に作られる『偽いくら』を見分ける方法として、紹介されておったかのう?
『取り敢えず、卵をバラして湯通しして、タレに漬け込むだけってんなら、相当、タレは良い物使わねぇと駄目だな……』
ベヤヤが悩みながら手帳を開いて何やら書き込んでおる。
手持ちのタレの内、ワシが提供しておるのは、最早『みりん』ポーションだけじゃ。
それ以外の醤油やガムシロ、砂糖と言った物は、既に料理熊によって自作され、王城の料理長と、ヴァーツ殿の所におる料理長にはレシピが渡されて、日夜研究をしておるらしい。
「あ、ナマモノじゃからそこまで日持ちはせぬから注意するんじゃぞ」
『まぁそうだろうな』
そうして話しておったら、ポツポツと地面に水滴が落ちて来たのじゃ。
どうやら、遂に雨が降ってきたようじゃが、兵士達も含めて、全員が天幕の下で食事中じゃったから問題は無いのじゃが、流石にこのまま雨が止むまで待機する訳にもいかぬので、タライを荷車に積み上げて王城に戻る兵士と、天幕を片付ける兵士に別れて撤収する事になったのじゃ。
雨が降る中で天幕を片付ける兵士は大変そうじゃが、残って片付ける兵士には、戻ったらベヤヤが作った暖かい料理が特別に提供されるとの事で、此処でも争奪戦になり掛けたのじゃが、代表として上官が一人、その部下の下級兵達が残る事に決まったのじゃ。
そこにおった上官は3名いたので、クジ代わりとして、カップの中に柄のデザインが同じスプーンとフォークを入れて同時に引き抜き、1本しかないフォークを引いた者が片付けに残る事になったのじゃ。
がっくりと二人の兵士が崩れ落ちて膝を突き、一人の兵士が諸手を挙げて他の兵士に担がれておる。
まぁ嬉しいのは分かるが、雨が強くなる前に撤収するんじゃぞー?
ワシも新しい油を少し受け取ってはおるが、作り方も聞いておるから後で少し作って、エドガー殿と新しい化粧品を作る際に試してみるとしよう。
今考えておるのは口紅じゃが、この世界の口紅は、染料を固形の油やらと練り上げて作っておるから、ちょっと使いにくく、更に固形の油の供給量が少ない為に量が作れぬから結構お高いのじゃ。
じゃが、この新しい油が使える様になれば、手軽に使える様な値段まで売値を落とせるのじゃ。
何せ、中華鍋より大きい大鍋一杯の油に対して、使う鱗はそこそこの大きさの3枚だけで、このピンク色の油になるんじゃもの。
あのサイズの魚体から採れる鱗の総量は、畑にわっさわっさと生えまくっておるコボルト豆畑の一つや二つから採れる油全てを変えても、十分に釣りがくるほどの量じゃ。
問題は圧力を逃がさぬ為の圧力鍋じゃが、王城で完成したら融通して貰えないか相談してみるとするかのう。
駄目なら、『シャナル』で自作する事になるじゃろうが、まぁ何とかなるじゃろう。
「うひぃ~寒ぃ!」
雨が降る中、天幕片付けて荷台に乗せて、兵舎の倉庫に運んだが、もう手の感覚がねぇ!
だが、後悔は無い!
コレから、俺達の部隊には天国が待ってんだからなぁ!
「よし、それじゃ着替えてから食堂に集合、と言いたいが、隊舎の方に運んでくれるとの事だ。 ありがたく感謝するようにな!」
「よっ隊長!」
「感謝しますよ!」
「流石、運だけは部隊一!」
「よし、お前等の分は俺が貰うからな!」
「「「そりゃ勘弁してください!」」」
隊長を弄った奴等が泣き付いているが、俺としては何が出て来るのかが楽しみで仕方無い。
あのエンペラーベアが来てからというもの、食堂で出る料理は飛躍的に美味くなり、連日食堂は大賑わい。
早目に行かねば、人気がある料理はあっという間に無くなるから、部隊の面々ですら競争が起きている状態だ。
そんなエンペラーベアが作る新作料理となれば、争奪戦になるだろう。
さっさと革鎧と濡れた服を脱ぎ、布で拭き取った後、革鎧も拭いて風通しの良い場所に置いて乾かせる様にしておく。
こうしないと、カビが生えて大変な事になるからな。
「さて、隊舎で待ってば良いって話だけど、何が出て来るんだろうな」
「今は肉とかより、あったけぇのが喰いてぇな……」
隣に座った同僚がそんな事を言ってるが、確かに、普段だったら肉を喰いたいと思うが、完全に冷え切った身体だと肉よりも温かいスープの方が嬉しい。
そうして待っていると、食堂にいる料理人が数人、布を被せた荷車を押してやって来た。
更にその後ろにも、同じ様に布を丸めた物を抱えている料理長がいる。
エンペラーベアも同じ様に来るが、こっちは手ぶらだ。
「待たせたな、今から仕上げるから、もう少し待ってくれ」
料理長が言いながら荷車の布を剥がすと、そこには大きい鍋と金属製の土台の様な物が置かれていた。
それを床に降ろし、正面にある扉を開け、持っていた布を解くと中から出て来たのは黒い物体。
ありゃ炭か?
それを土台の中に放り込み、料理長が火を付けると、上に鍋を設置する。
ポコポコと煮立った音が聞こえて来ると、エンペラーベアが蓋を開け、首にある鞄から何か白い物が乗った皿を取り出し、その白い物体を鍋の中に放り込んでいく。
なんか、芋虫みたいに見えたんだが……
「……おい、まさか俺等芋虫喰わされるんじゃないだろうな……?」
「……いや、そりゃないだろうが……」
「……まさかのゲテモノ……?」
ヒソヒソと話し合っているのが聞こえるが、もしかして、まさかのハズレ!?
だから、処分に困って俺等に褒美と称して喰わせてるつもりだったのか!?
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