第236話




 本日は生憎の曇天なり

 どんよりと薄暗い雲が広がっておるが、こりゃ一雨来そうかのう。

 そんな事を思いつつ、ベヤヤがおるであろう川に向かっておるのじゃが、王都の人通りはあんまり変わりない。

 この天気のせいで活気があるという訳では無いが、通りにはそれなりに人がおり、露店の商人は商売に精を出しておる。

 寧ろ、雨が降る前に売り捌いてしまおうと考えておるんじゃろう。

 まぁ別段、ワシの興味を引く様な物は無いから、そのまま素通りして王都の門を潜って平野に出る。

 ワシの格好は、偽装用の格好では無く、いつもの魔女姿に戻しておる。

 すると、そこには見慣れた顔がおった。


「ぉ? そこにおるのは兄上ではないか奇遇じゃのう」


「ん? 何だお前か」


「魔女様、お久し振りですね」


 そこにおったのは兄上とノエル、そして見知らぬ女子が一人の3人組。

 初めて見る女子じゃが、身長はノエルより若干小さく、見た目は赤髪の少女、なのじゃが、その、全身と言って良い程包帯が巻かれておるし、左目も包帯で隠れておる。

 もしや、この異世界でも厨二病なんて者がおるのかのう?

 あ、ワシが見ておるのに気が付いて、女子がノエルの背に隠れてしもうた。


「あー、言いたい事は分かるがそう言うモンじゃねぇぞ。 職業クラスのせいでこうなってるらしい」


「ふむ?」


「進藤達からの依頼でな、まぁ確認がてらこうして来てる訳だが……お前は?」


「ワシはちょっと川の方に用があってのう」


「川?」


「うむ、連れベヤヤが川に用があると言うでな、何やら新たな発見をしたのもあって、ワシも様子見しに行く所じゃ」


 コボルト豆から採れる油に新たな発見があったらしいし、作った包丁も渡したいしのう。

 あ、包丁の事は兄上にも伝えておかんと不味いか。

 異世界では使い道が無いとは言え、アレバレットM82A1をバラして材料にしてしもうたし。


「兄上、前に貰ったアレなんじゃが、コレになったのでそのつもりでのう」


「…………使い道が無かったとはいえ、包丁になったか……」


 兄上が溜息交じりにそんな事を言っておるが、他に使い道が無かったしのう。

 ワシの杖の強化にともちょっと考えたのじゃが、黄金龍殿の角を使って強化しておる状態じゃから、もうこれ以上素材での強化はほぼ不可能じゃから使わんし。

 素材が素材じゃから、下手に武具とかに使って『鑑定』とかされたら不味い事になるし、魔道具に使うとしても替えが効かない唯一無二の物になってしまうからのう。

 それならベヤヤの包丁にしてしまうのが一番じゃろ?

 まさか態々包丁を『鑑定』する様な物好きはおらんじゃろう。


「で、兄上達は何処に行くのじゃ?」


「あぁ、俺等は『迷宮』の方にな。 問題のある職業が実際にどんな動きをするのか確認せにゃならん」


 ふむ、確認の為ならあの『ガチャ迷宮』では無いじゃろうから……

 かと言って難しい魔獣や魔物が出る迷宮では、動きの確認なんて出来んじゃろうし……

 王都周辺の地理を思い出し、比較的簡単な迷宮を思い出すのじゃが、ワシや兄上を基準にしたら駄目じゃろうから、兎に角、弱過ぎる相手が出る迷宮を思い出す。

 そうしておると、二つ思い当たる迷宮がある。

 一つは、王都のギルドで駆け出し冒険者が良く行く『小鬼の洞穴』と呼ばれる迷宮じゃ。

 小鬼の名の通り、出て来るのはゴブリンを中心にした洞窟型迷宮で、ゴブリンが罠を仕掛けているが、迷宮が作り出した罠は無いのが特徴となっておる。

 もう一つは、王都からは離れた所にある為に交通の便は悪いのじゃが、出て来るのが殆どウルフ系と言う『遠吠えの森』。

 この迷宮、出て来るのはウルフ系が多いんじゃが、それ以外にもウサギ系やネズミ系が出て来る。

 ただ、強い上位種は出て来ないので、駆け出しから一歩先に進んだ冒険者が訪れるのじゃ。

 多分、このどっちかなんじゃろう。


「……行くのは『小鬼の洞穴』とみた!」


「ハズレだ。 俺等が行くのは『地底の小部屋』だ」


 なんと、あの冒険者から嫌われて、『クソ迷宮』と呼ばれておる迷宮に行くと言うのか?

 『地底の小部屋』と言うのは、冒険者から総じて『クソ』と呼ばれておる超理不尽な迷宮じゃ。

 延々と長い直線の通路の左右に無数の扉があり、扉の先は小部屋があるのじゃが部屋の大きさは様々で、出て来る相手を倒さねば外に出られぬという仕掛けギミックがあるのじゃ。

 と言っても、小部屋みたいな部屋が多く、出てくる相手も統一性は無くそこまで強い相手は出ぬのじゃが、冒険者達が『クソ』と言う原因が、偶に引き当ててしまう超広大な部屋に、大量の相手が出現するパターンがあるのじゃ。

 しかも、その大量に出てくる相手は総じてトンデモなく………『弱い』。

 どのくらい弱いと言えば、ただの棒を振り回しただけでも相手が倒せてしまう程、弱い。

 見た目オーガかと思えば、棒で頭を叩いただけで絶命したり、殴られても全然痛くも無い。

 ただし、ドロップ品は全てショボい。

 なので、冒険者ギルドが付けた正式な名前は『地底の小部屋』じゃが、冒険者が付けた渾名は『地底のゴミ捨て場』と言う不名誉な物じゃ。


「……まぁ兄上にも考えがあるんじゃろうから、ワシが言う事は無いが……そこの娘っ子はあのままでは駄目じゃろ、取り敢えず、これでも飲ませておくと良いのじゃ」


 そう言って鞄から取り出して兄上に渡したのは、何の変哲もない試験管の様な瓶に入った回復用のポーション。

 一応、欠損以外は治せる様に調整した物じゃ。

 前に、バートの欠損を治した魔法の影響を考え、ちゃんと調整しておいたのじゃ。

 失敗はちゃんと次に活かすのは当然の事なのじゃ。


「ありがたく貰っておくが、コレは他にもあるのか?」


「そりゃまだ結構な量は持っておるが……流石に兄上相手でもタダで渡す訳にはいかんぞ?」


 まぁ本当はタダでも良いんじゃが、その話が伝言ゲームの様に変化しながら広まって、ワシの所に人が連日やって来る事になるじゃろう。

 そうなったら、ワシが何も出来んくなって困る事になるのじゃ。


「いくら払えば良い?」


「お金よりも素材を集めて欲しいのう。 兄上の場合、高難度の迷宮でも攻略出来るじゃろうから、そこで手に入れた素材を融通して欲しいのじゃ」


「まぁその程度なら良いが……」


「一応聞きますが、どのくらいの迷宮を想定しているのですか?」


 ノエルが聞いて来たのじゃが、兄上の技量的に相当なレベルの迷宮に行けるじゃろう。

 しかし、あまりにレアな素材じゃと、それを知った他の面々が寄こせ寄こせと五月蠅くなりそうじゃから、要求としてはそこそこの物じゃな。

 そうなると、どの程度なら大丈夫と言う話になるんじゃが……

 あ、丁度欲しい素材があるんじゃ。


「そうじゃのう、『狂牛迷宮』の『ミノタウロスジェネラル』から手に入る、鎖とか槌が欲しいかのう」


「それくらいなら別に構わんが、何に使うんだ、あんなもん」


 ミノタウロスジェネラルと言うのは名前の通り、牛の頭を持ったミノタウロスの将軍なのじゃが、その身には防具なのか太い鎖と、巨大な武器を使うのじゃが、ワシが欲しいのは、その鎖となのじゃ。

 今、色々とコソコソ作っておるのじゃが、その中でが必要になったのじゃが、手持ちの素材では微妙に質量が足りず、学園の素材を勝手に使う訳にもいかぬ。

 ミノタウロスジェネラルは、脳筋なのか分からぬが、その力を誇示する為なのか、クソが付く程重い鎖を身に着けておる。

 そして、使う武器も総じて大型武器を使うのじゃが、その中でも槌、つまりハンマーは特に重い上に大きい。

 なので、今度ベヤヤを連れて集めようかと思っておったのじゃが、兄上が行ってくれるならワシとしても大助かりなのじゃ。

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