第230話




 『ガチャ迷宮』に足を踏み入れた瞬間、肌に貼り付くような不快感と独特の焦げた様な臭いが鼻孔に感じる。

 前に『水晶迷宮』に入っているから、コレが迷宮特有の物であり、此処が確実に『迷宮』であると分かる。

 話によると、入って直ぐに部屋があり、壁にコインのマークと穴があって、そこに硬貨を入れると硬貨と同じ数のスライムが出てくるので、それを倒せば何かしらを残す、と言う仕組み。

 部屋には扉も無いんだが、中に入った際に違和感があった。

 それは、まるで薄い何かを通り抜けた感覚。

 恐らく、結界か何かが扉の代わりになっているのだろう。


「さて、コレがその穴か……」


 穴と言うから普通の穴かと思ったら、御丁寧に縦穴で硬貨のマークが描かれている。

 もうどう考えても、日本人が関わってるだろ。

 取り敢えず、もう面倒になったから銀貨を3枚だけ入れる。

 10枚入れればアイテムが11個出るらしいが、別に確かめたかっただけだし、もう確実に関わってる事が分かってるから枚数は関係無い。

 そして、現れたのは3匹のスライムだが、動く前に仕留める。

 一気に接近し、持っていた間に合わせの剣で一気に斬り捨てる。

 スライムは核を潰さなければ、条件が揃うと延々と再生されて戦い続ける事になるが、そんなヘマはしない。

 キッチリと核ごと細切れにすると、スライムが溶ける様にして地面に吸い込まれていき、しばらくすると、光の粒子が集まって来て宝箱が3個出現した。

 宝箱のうち二つはかなり小さいのだが、一つだけがやけに大きい、と言うか、横に長い。

 取り敢えず、小さい方を開けると、中から出て来たのはどちらもタワシ。

 所謂、『亀の子だわし』と呼ばれる様なタワシで、別段、何か特別な能力があるとは思えない。

 さて、問題のこの長い宝箱だが……

 ガチャリと開けると、そこに入っていたのは、この異世界にはある筈の無い物。

 無骨な黒い本体と銃身の大口径狙撃ライフル『バレットM82A1』。

 何でこんな物が……




 ビーッビーッとけたたましいアラーム音が部屋に鳴り響いて、俺は飛び起きた。


「何だ何だ!? 一体何があった!?」


 ベッド脇に置いてあるテーブルにあった眼鏡を付けて、部屋の外に出るとそこには数名の女の子達がモニターを見ながらキーボードを操作している。

 そのモニターの一つには、見た目日本人らしき青年が映っていた。


「新しい日本人が来たのか!」


「あ、御主人様、おはようございます。 言われた通り、ドロップアイテムは弄っておきましたけど……コレで良いんですか?」


 そんな事を聞いて来たのは、猫耳を頭に生やした女の子。

 見た目の年齢的には15歳くらいだと思うが、本人が言うにはもう18歳なのだという。

 うーん、ファンタジー。


「御主人様?」


「あぁ、ゴメンゴメン、それで問題無いよ」


 そう話していたら、モニターに映った青年は、壁の穴にコインを入れていた。

 銀貨か~……コイツはあんまり稼げてないのか?

 取り敢えず、ドロップ品は例のアレ以外はタワシで。


「毎回思うんですけど、何でタワシなんですか?」


 そう聞いて来たのは兎耳の女の子。

 こういった物のタワシは様式美なんだよ。


「そんな物なんですかねぇ……」


 そんな物なの。

 さて、見た目はイケメンで強そうだけど、銀貨3枚しか入れなかったコイツはどの程度の実力な……


「は?」


 思わず声が漏れたけど、それは仕方無いだろ。

 スライムが出現したと思った瞬間には、もう細切れになっていた。

 早いなんてレベルじゃない。


「……今の映像をスロー再生してくれ」


「は、はい」


 モニターの一つを切り替えて、この男がやった事を確認する。

 コマ送り状態になり、スライムが現れた瞬間、もうコイツは抜剣していた。

 そして、腕と剣がブレて表示されると、スライムが細かく切断されている。

 スロー再生でも追い付かない程の速さだと!?


「ひゃー……凄いっす。 ココの機能で追えないって相当っすよー」


 キーボードを操作しながら言うのは、頭に丸い耳が付いている女の子。

 彼女が言う通り、俺が用意した機材は特別製で、地球の製品も真っ青な性能をしている。

 具体的に言えば、この映像を映しているカメラも魔道具である為、地球にある物の100倍は性能が高い。

 それでも追い付かないという事は、あの男のスピードが異常に早いって事だ。


「あ、タワシを見てガッカリしてるみたいっすね」


「そりゃタワシだもん」


「タワシじゃぁねぇ」


 彼女達が口々にそう言ってるが、問題は次の宝箱だ。

 取り敢えず、隠しマイクの音量を最大にしてと……

 ガチャリと宝箱が開き、そこに入っていた物が姿を現した。

 地球では昔は対戦車ライフルとも、アンチ・マテリアル・ライフルとも呼ばれていた大口径スナイパーライフルである『バレットM82A1』。

 地球人であれば必ず構えるか『銃かよ!』とか呟くだろう。

 そうすれば、に頼んで、身辺調査した後に問題が無ければ接触を図ろうと思っている。


『……何だコリャ? メイスか?』


 あれ?

 青年がそう呟いて銃身を掴んで持ち上げている。


『重量はそれなりだが、平たいしそこまで頑丈そうには見えんが……それに柄は筒か?』


 そう言って青年がアレコレとバレットM82A1を観察している。

 あ、あれれ?

 もしかして、コイツ日本人じゃない?


「御主人様、前にも説明しましたけど、この世界にも少ないですけど、御主人様みたいな黒目黒髪っていますよ?」


 そう言えば、そんな事を前にも聞いたような気が……

 いや、もしかしたら、ただトボけてるだけかもしれん!


『……材質は……良く分からんな……鉱石っぽいが……仕方無い、アイツの所に持ち込むか』


 カンカンと指先で叩いていた青年が、腰の袋にバレットを押し込むと、ズルズルとバレットが袋の中に納まって行った。

 あの袋はアイテムバッグか。

 となれば、かなり裕福な冒険者なんじゃないか?

 なのに銀貨3枚だけしか入れなかった?

 考えていたら、青年はそのまま迷宮の外へと歩いて行ってしまった。


「……よし、シーチャ、ロベリア達に連絡、あの男を尾行して情報を集める様に指示を出せ」


「了解っす。」


「ヒューリィとホリィは引き続き迷宮の管理を頼む。 俺は俺で補充品作って来るから」


「「分かりました!」」


 俺はそう指示を出し、自室に戻る。

 そして、椅子に座ると机に置いてあったノートパソコンの様な魔道具を起動し、消耗したスライムの補充と、アイテムの補充をしておく。

 この迷宮は、中に入る者から漏れ出ているマナを吸収する事でポイントの様な物を得て、色々な事をする事が出来る。

 迷宮の構造を変えたり拡張したり、モンスターを配置したり、アイテムを配置したり……

 ただ、迷宮を攻略する冒険者や個人がいる事から、あまり派手にやると目を付けられて討伐されかねないので、最初の内はコッソリと地味にやっていく。

 優秀なアイテムが手に入るかもしれないと思わせて、どんどんとリピーターを獲得し、今では毎日数万ポイントが使える様になった。

 人間一人から手に入るポイントは10から多くても1000程度なので、どれだけ稼げるようになったか分かるだろう。

 そして、先程の彼女達は全員、元奴隷だったり、捨てられていたのを俺が拾ったり保護した女の子達だ。

 治療し、奴隷から解放したりしていたら、今の状態になった訳だ。

 当然、彼女達以外にもで活動している仲間もいる。

 今は兎に角、討伐されない様にこうしてひっそりと行動しつつ、

 計画が始動するまで、表向きは無害な迷宮を演じ続ける。


 俺の名前は『野桜やざくら 幸太郎こうたろう』。

 年齢23歳、元会社員で趣味はプラモデル作り、現在は異世界で『迷宮主ダンジョン・マスター』をやっている。

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