第225話




 氷の塊の中から救出され、ガタガタと震えるルタを『治癒師科』の奴等が介抱しているのを横目に、俺は内心呆れ果てていた。

 落ちこぼれと言っていた相手に対し、これまで戦った3人の体たらく。

 普通なら此方が圧倒的な力で粉砕する筈が、善戦した訳でも無く、殆ど何も出来ずにやられてしまっている。

 恥晒しも良い所だ。 


「ふん、仕方無い、此処からは俺が全員倒すしかあるまい」


 髪を掻き揚げ、特製の短杖ワンドを持って、前に出る。

 この短杖は、一流の魔道具師に依頼し、素材から何から全てが一級品で揃えて作られた物だ。

 短杖の本体を白煙石はくえんせきと言う、若干脆いがマナの通りが良く、魔金でマナを増幅する陣を装飾の様に施し、他にも高ランクの魔獣や魔物の素材を大量に使った事で、価格としても学生が使う様な物では無いが、当家の財力であれば余裕で特注する事が出来た。

 この俺の相手はケンの奴だが、奴は何時も持っている短杖では無く、先端が捻じくれて青い宝玉が付けられた長杖ロッドを持っている。

 アレは学園から支給されている物じゃ無いが、俺の使っている短杖も学園の支給品じゃないから、指摘する訳にはいかない。


「やっぱりお前が出て来たな」


「口を慎めよ平民風情が」


「それでは、デスト対ケン、決闘を始めよ!」


 バーラード学年主任の声と共に、ケンの奴が長杖を構えるが、奴の魔術よりこっちの魔術の方が発動早いんだよ!


「全てを焼き尽くす業火よ! 我が敵を焼き尽くし、灰燼とせよ! 『インフェルノ・フレイマー』!」


 奴の魔術は、俺達が使う魔術と比べればかなり特殊な物だが、発動がかなり遅い上に、使う場所をかなり選ぶ。

 それに、俺が使う炎の魔術とは相性は最悪。

 奴が何かをしたようだが、地面を滑る様に進む巨大な炎が、奴諸共飲み込んでいく。

 『身代わり人形』なんて魔道具を使っていなければ、平民相手とは言えこんな事は出来ない。

 この一撃で一緒に焼き尽くされて終わりだろう。

 そして、炎が消えた後は焼け焦げた地面だけが残っている……と思ったが、奴が立っていた所には何か半球状の物体が残っていた。

 チラリと奴の『身代わり人形』を見れば、全くの無傷。


「馬鹿な!? 生き残っただと!?」


 そう言った瞬間、焼け焦げた地面から一気に雑草が生えて来た。

 どうやってあの炎から無傷で生き残った!?




 デストの奴、開始直後に一気に強力な魔術でケリを付けにきたが、コレは完全に予想していた事だ。

 前までなら、『インフェルノ・フレイマー』なんて広範囲を焼き払う上位の炎魔術なんて使われたら、俺は耐えられないし、俺の使う魔術だって耐えられなかった。

 だけど、今は先生の教えを受けて、条件さえ揃えば余裕で耐えられる。


「格下だって思って油断したな! 『芽吹いて育てグローアップ』!」


 俺は開始直後、足元に『種』を撃ち込み、炎が到達する前に一気に成長させ、俺を守る様にして周囲に盾を形成し、どんどん盾となる植物を作り続けた。

 俺の魔術は『植物魔術』と言うちょっと特殊な魔術で、別に種を準備する必要があるが、準備さえ出来てしまえば相当に厄介な魔術だ。

 まぁその準備が面倒なんだけどな。

 そもそも、学園の校庭なんて長年踏み固められていて、種を植えてもちょっとやそっとじゃ固すぎて芽吹かない。

 そこで考えたのは、俺達の順番だ。

 ヴァルによって地面の一点を踏み抜いて砕き、ミニンの魔術によってその踏み抜いた部分を中心にして広範囲を破砕し、カーラの魔術で破砕した地面を水で湿らせる。

 お陰で、種が簡単に地面に潜り込み、一気に芽吹かせる事が出来る。

 そして、芽吹いてしまえばもう俺の独壇場だ。

 どんどん草が芽吹いていき、デストの奴が発動の速い『火の礫ファイアービット』で焼き払おうとするが、焼けた草は灰となって新たな栄養になるし、根は無事だから問題は無い。

 そして、今成長させているのは、ただの雑草じゃない。

 成長すると茶色い腸詰の様な房を作り、広範囲に綿毛のような物を飛ばすのだが、その綿毛が問題になる。

 その綿毛に付いている種が皮膚に付くと、そこが凄まじい痒みを発生させる上に、この綿毛、実は厄介な点がもう一つある。


「クソッ! 全てを焼き尽くす業火よ! 我が敵を焼き尽くし、灰燼とせよ! 『インフェルノ・フレイマー』!」


 デストの奴が雑草退治に痺れを切らしたのか、をやってしまった。

 それを見て、俺の方は慌ててもう一度盾を作り出す。

 瞬間、パンパンパンと何かが破裂する様な音が響いた。


「ウギャァァァッ!」


 それと同時に、デストの悲鳴も聞こえて来た。

 あの植物、火に焙られると広範囲に綿毛を噴出させる様に破裂するのだ。

 板金鎧とか盾とかがあれば十分防げるような威力だが、デストが身に着けているのは学生服だけ。

 当然、防げる事も無く、その綿毛の直撃を全身で受ける事になった訳だ。


「くっ、こんな……」


 デストの奴が白い短杖を構えるが、皮膚が露出している所を見ると、所々に赤い所がある事から、かなりの数を受けたみたいだが、そうなると……


「だが、それもここま……か、痒っ痒い!?」


 デストの奴が、大量の赤い斑点が出来た左腕を掻き毟り始める。

 あの痒みはもう言葉に出来ないくらいで、屈強な騎士であっても、その痒みに耐えられるのは少ないと聞く。

 そんなのを、デストの奴が耐えられる筈も無い。

 掻き毟っているデストの周囲に、長杖の中に別の種を装填して、先端から撃ち込んでいく。

 この長杖は先生が作ってくれた物で、中が空洞になっていて、植物の種を土で作った専用の入れ物に入れて装填する事で、先端から撃ち出して地面に埋める事が出来る様になっている。

 通常の長杖としても使えるのだが、この長杖は種を植える方がメインだ。

 そして、今回新たに撃ち込んだのは、この後の為に必要な物だ。


「『芽吹いて育てグローアップ』」


 ボコリと地面が盛り上がって、今度は長い蔓植物が生えて来た。

 それがどんどんと伸びてデストの足に絡み付き、胴、腕とどんどん絡み付いて拘束していく。


「デスト、もう続行は不可能だが降参するか?」


「ぐっ、痒っ……誰が貴様らの様な落ちこぼれ相手にっ降参などするか!」


 身動きが出来なくなったデストに対し、降参するか聞いたがどうやら降参はしない様だ。

 まぁそれならそれで別に良いんだけどな。

 それならお前達がやって来た様に、全力で叩き潰すだけだ。


「『芽吹いて育てグローアップ』」


 俺の周囲の地面に、新たな種をバラ撒いて成長させていく。

 今度のは結構マナを消費するから、体内マナが増えた今でもちょっと辛いが、どんどんマナを送り出して成長させていく。

 種から細い枝の様な物が成長していく、それが捻じれ絡み合い、大きくなっていく。

 準備に時間も掛かるが、コレは俺が使える最大の攻撃力を誇る。

 捻じれ合った枝が徐々に形を作って行き、俺の背後で遂にが完成した。


「デスト、最終確認だ、本当に降参しないんだな?」


「五月蠅い! このっ……」


 デストに最後の確認をしたが、どうやら降参はしない様だ。

 俺の上半身に、細い蔦が絡む様になっていて、俺が拳を握って引くと、俺の後ろに出来たソレも同じ様な動きをした。


「それじゃコレで終わりだ『ウッドマン』!」


 『ウッドマン』と名付けた俺の魔術は、巨大な蔦によって作られた上半身だけのゴーレムの様な物だが、ゴーレムでは無いから自律行動は出来ない。

 その代わり、俺の体に巻き付いた蔦によって、俺の動きと連動して動かす事が出来る様になっている。

 当然、その威力は人が繰り出せる以上の力になる為、対人戦と言うより、大型魔獣とかが出た際に設置して誘い込んで叩き潰したり、仲間の援護をしたりという感じで使う予定だった。

 その『ウッドマン』によるパンチの一撃が、デストの奴に直撃した。

 ブチブチとデストに絡まっていた蔓を引き千切りながら、デストの奴が吹っ飛んでいく。

 そして、バリンと言う音を上げて、デストの『身代わり人形』が砕け散った。

 地面に落ちたデストは、そのまま『治癒師科』の生徒達によって担架に乗せられて、治療の為に運ばれていく。

 そして、あの猛烈な痒みを与えて来る種の事を聞かれたが、あの種による痒みは実は一過性の物で、種も直ぐに溶けて栄養になる為、放置しても問題が無い事を伝えておいた。

 実際、あの種を使って、体力を上げる栄養剤を作る事が出来る。

 今頃、デストの奴は簡単な治療を受けた後、ベッドに拘束されている事だろう。

 俺の背後でバリバリと音を上げ、無理な成長をして限界を迎えて枯れた『ウッドマン』が崩壊した。

 コレで残すは、ライムだけだ。

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