第223話




 吹っ飛んだレオン。

 校庭の真ん中では、拳を振り抜いたヴァンが構えを解かずにその様子を見ているが、どう見てもレオンは戦闘不能になっている。

 慌てた様子でニカサ様が連れて来ていた生徒が、レオンの診察をしている。


「脈拍は早いですが、瞳孔の収縮もあり、命に別状はありませんが、戦闘続行は不可能と判断します」


 指先に『灯りライト』の魔術を使った生徒が、レオンの瞼を開けて目を確認し、脈拍を確認してそんな事を言っているが、あんな衝撃を受けていて命に別状がないというのは、『身代わり人形』の効果は凄まじい。

 だが、問題はそこではない。

 落ちこぼれである筈の生徒ヴァンが、私が教えている中でも優秀な生徒の一人でもあるレオンを、たったの一撃で戦闘不能にした事だ。


「は、反則だ! 魔術師が殴る等あり得ない!」


「阿呆、魔術師だから殴らないなんてありえんだろうに……戦場で近付かれたらどうすんだい」


 私の言葉に、ニカサ様がそんな事を言っているが、そんな事、騎士共が抑えて此方に越させないのが当然だろう。

 我々魔術を使う魔導士が遠距離から大量の魔術を浴びせ、生き残った敵を騎士が殲滅するというのが、戦争での鉄則だ。

 それなのに、敵を魔導士の所に来させている時点で、騎士共は無能の集まりだろう。


「ハァ……バーラード、アンタ実戦には出た事無いか、余程楽な相手としか戦ってないね? 戦場じゃあの程度、普通に起こりうる事さね」


 溜息を吐いたニカサ様がそう言うが、ここ十数年、バーンガイアでは長く続く大きな戦闘は起きていない。

 戦闘として起きたのも、少し前にルーデンス領にて、クリファレスとのいざこざがあった程度だ。

 これがクリファレスやヴェルシュであれば、年がら年中ぶつかっているが……


「決闘である以上、戦場と同じと判断するべきだろうね、小僧! お前さんの勝ちだからさっさと退いときな、次が控えてんだからね」


 ニカサ様が、私が止める間もなく勝手にヴァンの勝利を宣言してしまった。

 コレでは、私が教えている生徒の方が優秀である事を見せ付け、次期学園長の票を増やそうと考えていたのに支障が出てしまう。

 次の生徒には確実に勝って貰うだけではなく、圧倒的な力の差を見せ付けさせなければならない。

 向こうはミニンだな。

 確か、私が教えていた頃は、そこまで特徴は無かったが、魔術の操作は凄まじく悪かった筈だ。

 そうなれば……


「此処はデルクが行きなさい、君の実力なら問題は無いだろう」


「うぃーす! レオンの仇は俺が取ってやるっすよー」


 そんな事を言ってるのは、耳やら鼻にピアスを付け、髪の毛はカラフルに染め上げた男子生徒であるデルク。

 見た目はかなり馬鹿らしいのだが、その魔術の操作技術や力量は、私が教えている生徒の中でも随一だ。

 向こうが何をしようが、圧倒的な精度で叩き落とせるだろう。

 それ以外にも、操作が悪いという事は先程と同じ戦い方をしてくる可能性があるが、デルクなら対応出来るだろう。


「つー訳で、悪ぃけど潰させてもらうわ」


「ゲッ、よりによってアンタなの?」


 ミニンがデルクを見て嫌そうにしているが、これは決闘だからな。

 先に前に出てしまった自身の不注意を呪うんだな。


「では、デルクとミニン、決闘を始め!」


「レオンと同じ手は通用しねぇぜ! 水よ! 我が前に槍となりて我が敵を……」


 私の声と共に、デルクが一気に後ろに跳んで得意の魔術の詠唱を始める。

 此方の予想通り、ヴァルと同じ様に操作が下手なミニンは、懐に飛び込んで一撃を与えるつもりだったのだろうが、デルクが後ろに跳んだ事で出鼻を挫かれた状態となった。

 あの距離なら、デルクの魔術の方が早い!


「『岩の壁ロック・ウォール』!」


 ミニンが詠唱もせずに魔術を発動させようとしたが、そんな状態で発動させた魔術で出現したのは、壁とも呼べないほんの僅かに地面が盛り上がった物。

 『詠唱破棄』をして発動させたのは脅威だが、あの程度では身を守る事も出来んだろう。

 この決闘はデルクの勝利だ!


「『水の槍アクア・スピア!』ぶち抜けぇっ!」


 デルクが放った『水の槍』が、ミニンに向かって一気に飛んでいく。

 贔屓目にしても、デルクの使う魔術は収束率も高く、教師の中でも撃ち落とすのはかなり苦労する程だ。

 それに加えて、デルクは用心し、その場から更に跳んで別の場所に移動している。


「スゥー……ハァァッ!!」


 そんな状況なのに、慌てた様子も無くミニンは深呼吸した後、右足で少しだけ盛り上がった『岩の壁』を踏んだ。

 そして、ミニンが掛け声を発した瞬間、その『岩の壁』を勢いよく踏み付けると、凄まじい音と共に地面が陥没、そして、ミニンを中心に地面が爆発したかのように一気に土砂が吹き上がった。

 なんだ!?


「のわぁっ!?」


 当然、デルクの放った『水の槍』も、吹き上がった土砂に飲み込まれて消滅、それどころか、デルクのいた所まで土砂が降り注いでいる。

 慌ててデルクがその場から更に移動し、土砂が収まるまで待つが一体何をしたんだ!?


「あー足を止めてしもうたか……」


 あの小娘がそんな事を言った瞬間、デルクの足元が一気に盛り上がり、その、両足の付け根の前側に突き刺さった。

 丁寧に先は尖っていなかったが、男にとって、あの部分は……

 私も思わず内股になるが、デルクはもっと悲惨だろう。

 『身代わり人形』で受け流せるのは外傷のみで、衝撃はそのまま本人が受ける。

 つまり、デルクは……

 そのまま、デルクは戦闘不能となり、病室へと運ばれていった。


「お嬢ちゃん、あのがやったのは一体なんだい?」


「ぁー……ミニンは操作技術が壊滅的でのう、それ以外は普通じゃったから、それなら身体強化をして力を増幅させた状態で『岩の壁』を少しだけ地面に出して、残りを、出た部分を踏み付けて一気に吹っ飛ばした訳じゃ、恐らく、ヴァーツ殿辺りなら出来るとは思うのう」


 ニカサ様の質問に対して小娘がそんな事を言っているが、そんな事出来る訳が無いだろう!

 つまり、ミニンがやったのは、垂直に作る『岩の壁』を地面の中に水平に作り出し、それを踏み壊す事で一気に破壊し、広範囲を一気に吹き飛ばしたという事だ。

 それだけでは無く、土煙で見えない筈のデルクの位置を正確に把握して、別の魔術で急所を攻撃している。

 そんな事が出来るのは、余程の熟練者位なもので、落ちこぼれの生徒が出来る筈が無い!


「取り敢えず次だね、校庭は……別にこのままでも良いかね?」


 先程の攻撃で地面はかなり抉れたりして、ボコボコの状態になっているが、これを直すとなると相当な時間が掛かって、決闘どころではなくなってしまう。

 それなら、このまま次の決闘を進めてしまうのも良いだろう。

 これまでの相手の様子から、どうやら身体強化を使って、広範囲に効果を発生させる術や搦め手を中心に教えていた様だ。

 つまり、それらに注意をすれば、ただの落ちこぼれに変わりはないだろう。

 こんな簡単な手段で対処出来る等、やはり、落ちこぼれの浅知恵か。

 となれば、此方は、そう言った術に対処出来る生徒をぶつければ良い。


「……よし、ルタ、次は君だ」


「あんな相手にどうすれば……」


 ルタは私が教えている中ではそこまで『強い』と言う生徒では無いが、自分の身を守る防御魔術に関しては、全生徒の中でも随一の実力を持っている。

 相手の攻撃は、身体強化以外は広範囲に影響を及ぼすのであれば、相当量にマナを消費している筈。

 そんな燃費の悪い攻撃なんて、そこまで続けて使い続ける事は出来ないのは当たり前の事だ。

 彼女の防御魔術で防御し、相手のマナを枯渇させてしまえば良いだけだ。


「安心しなさい、相手の強さはあの搦め手と身体強化を中心にしている様だ。 つまり、相手の魔術を防ぐ事が出来てしまえば何ら脅威ではない」


 私の説明を聞いて、ルタが頷いて前に出る。

 向こうから出て来たのはカーラ。

 確か、操作や構成は早いが、一撃の威力は低いという覚えがあるが、あの小娘が教えている以上、あの二人と同じ様に、一撃の威力を大きく向上させている可能性があるが、ルタの防御魔術を突破するのは不可能だろう。

 次こそは安心して見ている事が出来る。

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