第222話




 急な決闘騒ぎ、ワシも学園に来てから疑問に思っておった事なんじゃが、こういう学園には、生徒の実力を調べたり競わせたりする為、定期的に模擬戦とかしておるのかと思ったんじゃが、ノエル曰く、『模擬戦は危険ですし、事故で致命的な怪我をしてしまったら大変ですので、基本的には生徒同士と言う形では行われておりません』との事じゃ。

 まぁよく考えてみれば当たり前の事じゃな。

 この異世界、回復魔法は教会がほぼ牛耳って、医療技術はそこまで発展しておらぬから、怪我をしても治療するには学園側から教会に連絡し、クソ高い喜捨治療費を払わねばならぬ上に、教会側の都合を待たねばならぬ。

 つまり、不用意に怪我をさせる訳にはいかぬのじゃが、決闘の場合は状況が違うのじゃ。

 決闘は、本人達の名誉の為に行われる物で、立会する教師が責任を持てば行う事が出来るのじゃ。

 ただ、それじゃと貴族が平民に対し、決闘を行って虐めが横行してしまう為、立会する教師は各学科で複数人立てる必要があるのじゃ。


 今回は、向こうの生徒達の立会人としてバーラード学年主任殿、『治癒師科』からはニカサ殿、『錬金科』からギラン殿が立ち会い人になったのじゃ。

 まぁニカサ殿は、決闘で怪我をした際に治療をする為、という名目なんじゃが、生徒を数名連れて来ておるし、ギラン殿は、今回の決闘で使う魔道具を説明すると言う事らしいのじゃ。


 で、その魔道具なんじゃが、何でも元々は『呪いの人形デス・ドール』と言う呪われた人形を元に開発した物で、仮称として『身代わり人形』と呼ばれておる。

 元になった物が物騒な名前な上に、呪いのアイテムを元にするなどと思ったのじゃが、理由を聞いて中々面白い発想じゃと思ったのじゃ。

 この『呪いの人形』じゃが、本来は対象の髪とか皮膚などの体組織を埋め込む事で人形と本人を繋げ、人形を傷付ける事で本人にも傷を負わせるという『呪物』なのじゃ。

 しかし、この魔道具はそれを逆手に取って、本人が受けたダメージを人形側に肩代わりさせるのじゃ。

 つまり、人形が壊れるまでは、本人は一切の怪我を気にする必要が無いので、冒険者にも人気が出て必須級の魔道具になるじゃろうと思ったのじゃが、問題もあるのじゃ。

 それが、効果時間の短さと範囲の狭さ、完全使い捨てになるという点じゃ。

 効果時間は現状で半日、範囲が300メートル程度、しかも専用の結界内でしか効果がなく、これ以上にしようとすると人形側のダメージが本人に反映されて、『呪物』になってしまうのじゃ。

 その為、現状では式典中の王族を守る為とか、高位の貴族が一時的に身を守る等、限定的に使う程度になるだろう、と言うのがギラン殿の考え。

 そして、その魔道具の見た目じゃが、何と言うかマトリョシカみたいな人形で、上下に開いて使用者の髪の毛を入れると機能し始め、使い終わると黒く変色してボロボロになっていき、最終的には灰になる。

 材料も、本来はリッチの炎、ゴーストの怨念石、純度の高い魔石とか中々集めにくい物なのじゃが、この『身代わり人形』は純度の高い魔石以外は、魔樹トレントやマンドラゴラと言った比較的集めやすい物になっておる。

 マンドラゴラは薬品として加工する為、『治癒師科』で育成されてるおるし、魔樹はバーンガイアでは採取出来る迷宮があるのじゃ。

 なので、まぁそこそこの値段にはなるが、別に作れぬという訳でも無いのじゃ。

 取り敢えず、今回実際に使用してみて、効果が高ければ学園長経由で王城に報告する事にしたらしい。

 まぁ、実際に使わずに王城で導入し、実際に使ってみて、いざとなって何かしらの不具合が出たらトンデモない事になるじゃろうから良いんじゃろうけど、先に言わんでも良いんじゃろうか?

 そう思っておったんじゃが、ノエルとカチュア殿曰く、『あそこ錬金科の人達は変人が多く、そういう利権的な考えは持っておらず、研究出来れば良い、という者達の集まり』と言っておる。

 実際、ワシはゴーレムの関係でちょくちょくと訪れておるのじゃが、明らかに学生や先生とは思えぬ大人が数名おったりして、疑問に思ったのじゃが、彼等は元々は学園の卒業生であり、就職せずに学園で研究を続けておる者達なのじゃ。

 まぁ所謂、学園に所属しておる研究者と言う感じじゃな。

 こういった研究者の発想で、『身代わり人形』みたいな魔道具が生まれるので、無碍に追い出したりは出来んのじゃろう。

 そうこうしておったら、ギラン殿の説明が終わったのか、生徒達が渡された魔道具に髪の毛を一本抜いて入れておる。



「では、準備が出来次第、決闘を始めるが、其方は取り下げる気はないのだな?」


 バーラード学年主任殿が、ヴァル達に確認しておるが、此処まで来て取り下げる者はおらんじゃろう。

 それの答えとして、ヴァル達は『身代わり人形』を所定の箱に入れて、ヴァルを残して他の者達は少し離れた所に移動しておる。

 生徒の安全の為に『身代わり人形』を使い、それ以外に対しても周囲に防護結界を張る事で対処しておるんじゃが、コレはワシの方でもこっそりと張っておいた方が良いじゃろうな。

 ミニンはコントロールが絶望的じゃし、何より、あの者達の中ではライムがある意味、で、何が起きるか予想出来ぬ。

 一応、決闘前にバーラード学年主任殿にもそこら辺を説明したのじゃが、鼻で笑って真面に取り合っておらんかった。

 用心しておくが、どうなっても知らんぞ、ワシ。




 俺等が何時ものように授業を受けた後、昼飯中にレオンの奴等が急に絡んできやがった。

 アイツ等、バーラードの奴の授業を受けられる事を自慢してやがるが、リリー先生の授業を受けてる俺等からすれば、あの授業はハッキリ言って無意味だ。

 この世界に『精霊』なんて存在はいないし、俺等が詠唱してるのは魔術を発動させる時に、どんな魔術にするのかを明確に分かり易くする為にしてるだけで、慣れた術者なら『無詠唱』で発動させる事が出来る。

 実際、リリー先生はポンポンと魔術を発動させるが、一切詠唱を必要としていない。

 ただ、俺達に分かり易く詠唱をしてただけだ。

 なのに、レオン達は無能だの、落ちこぼれだのと言って絡んでくる。

 最終的には、リリー先生も運良く学園長に拾われただけの無能だと言って来やがった。

 俺等も頭に血が上って反論していたら、どんどん騒ぎが大きくなって、とうとうアイツ等が最悪な事を言って来やがった。

 レオンの家は貴族で、その取り巻きも貴族が多く、名誉が傷付けられたって騒ぎ出し、遂に決闘騒ぎになった。

 普通、学園は決闘なんて事は許可しない。

 なのに、決闘はあっさりと決定し、その立会人になったのは、バーラードの野郎と、ニカサ様、ギラン教授。

 そのギラン教授が、新しい魔道具を試す良い機会だと言うので説明を聞いたんだが、何でも、俺達が受けた傷とかを魔道具に移せるらしい。

 だから、決闘が出来る様になったんだと思ったんだが、コレに対してリリー先生が心配していた。

 俺等は負けねぇ!と言ったら、『いや、負けるとは思わんけど、やり過ぎてしもうたら後始末が大変じゃなぁと思ってのう』なんて言ってた。

 ここ2ヵ月、リリー先生の授業を受けて分かった事だけど、リリー先生って見た目よりもなんか古臭い言い方するんだよな。

 一体いくつなんだ?

 そんな事を思ってたら、俺の相手が少し離れた所に立った。

 アイツは……レオンか。


「ハッ、落ちこぼれ相手に他の奴が出るまでも無いだろ、全部俺一人で相手してやるよ」


 レオンの奴がそんな事を言って、キザったらしく無駄に長い金髪を掻き揚げてやがる。

 少し前の俺なら、アイツの前に立つ事すら出来なかっただろうが、今の俺は負ける気がしねぇ。

 取り敢えず、リリー先生に教えられた通り、体内のマナをグルグルと巡らせて、敢えてバランスを状態で維持する。

 俺はマナ操作が悪いって言われて、それを解決させる方法として、身体強化魔法を応用した方法を確立させた。

 それが全身を強化する身体強化魔法を、身体の一部だけを強化する方法にした。

 結果的にコレは成功したんだけど、初めてやった時、勢い余って教室の壁を吹っ飛ばしちまった。


「では、レオンとヴァル、決闘を始めよ!」


「風よ!我が前にて刃となり、あらゆる敵を……」


 バーラードの奴がそう言った瞬間、レオンの奴が短杖ワンドを構えて、御得意の『風の刃ウィンド・エッジ』の詠唱を始めた。

 まぁ俺からすれば、そんな大声で詠唱してたら、相手にも丸分かりだし、長々と詠唱なんてしたら攻撃受けるだろ、こんな風にな!


「オラァッ!」


 拳を構え、一気にレオンの懐に入り込み、強化した拳をレオンの奴のガラ空きの胴に叩き込む!

 ズドンッ!って轟音が響き、レオンの奴が一気に吹っ飛んで後ろにいた奴等の所に落下した。


 収納したレオンの『身代わり人形』は、この一撃で完全に砕け散り粉々となっていた。

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