第219話




 のっしのっしと、露天商通りと呼称されている王都最大の通りをベヤヤが歩いている。

 ただ、いつもと違って、その首には赤いスカーフが巻かれており、その後ろには数人の兵士と料理人が同行していた。

 そして、露店に置かれている食材を見ながら、ベヤヤが興味を引いた物を商人に聞きながら、ベヤヤ自身が金を払って購入している。


 何故こうなっているのかと言えば、先日に起きた料理の質が上がって、料理人達が過労死寸前になった事が原因である。

 その中でも好評だったのが、白パンで、食堂にやって来る者達は挙って食べていく。

 今まで提供されていたパンは、口当たりも硬く、食べるのにも苦労していたのであまり人気は無かったのだが、この白パンは柔らかい上に、味も香りも良かった事で好評となったのだが、作るのがちょっと手間が掛かる上に、『酵母』と言う物が必要であった為、そこまで量を用意する事が出来なかった。

 今まではベヤヤが所持していた酵母を使っていたが、コレからもずっと使い続ける物である為、酵母を自作する必要が出て来たので、こうして酵母作りに必要な材料を買う為に出掛けている訳だ。

 当たり前だが、王城に出入りしている商人もいるのだが、ベヤヤとしては、『王都ともなれば何か珍しい食材でもあるのではないか?』と思って出かける事にした。

 ただ、災害級と言われる『エンペラーベア』である為、そのまま出歩いたら流石に大混乱となるので、目立つ赤い布をスカーフ代わりにし、兵士達も同行する事、事前に商業ギルドを通じて混乱しない様に通達を出して混乱を避ける事になった。




『オヤジ、コイツは?』


「へい、コイツはラブーンって野菜で、甘味が強いんですが、皮が硬くて料理が大変だってんで、あんまり人気はねぇんですよ」


 そんな事を言った店のオヤジが、ボンボンと緑色が強いゴツゴツした野菜を叩いている。

 確かに、あまり売れてないのか、店に置かれている数は少ない。

 しかし、硬いが甘味は強いのか……

 コイツは買っておいた方が良いな。


『店にある奴全部買っても良いか?』


「ぜ、全部ですか!? いや、買ってくれるならこっちとしても助かりますが……」


『あ、他に売る予定があるなら、それ以外でな、いくらになる?』


「他に買っていくようなのはいないんで、そこは問題無いんですが……全部となると、大体このくらいになりますが……」


 他に買う奴がいたら、買い占めたら迷惑になるからな。

 それに、コイツは俺が個的に使う奴だから、払う金も俺が今まで稼いだ金だ。

 オヤジが提示した金額はそこまで安くはないが、払えない額じゃないし、こうしてる今でも勝手に入って来るからな。


 この『勝手に入って来る』と言うのは、今までベヤヤが作った様々な商品や、作っているハーブティーが売れに売れている為で、ハーブティーに関してはシャナルにある畑で妖精達が収穫して、エルフを通じて今でも継続して売れているのである。


 この日、俺達が買った物はかなり多く、野菜と穀物を数種、干した果物は数も量も大量だ。

 干した果物は『酵母作り』の為に必要な物だから種類を多くして、実際に酵母を作って試さなけりゃならない。

 もしかしたら、俺が持ってる酵母よりも発酵パンに向いてる酵母が見付かるかも知れないし、俺の使ってる酵母を使ったパンの匂いを苦手って言ってるのもいるからな。

 これは個人個人で差があるから仕方ないとはいえ、そう言った場合に備えて酵母は複数作ってるが、万人受けする酵母なんてもんは無い。

 だから、もし新しい酵母が出来たら色々と幅が広がる。


 そんな事を考えながら歩いていたら、俺の鼻が香しい匂いを感知した。

 独特の焼ける匂いと、脂がコゲた時の匂い。

 それが路地の方から、風に乗って此処まで漂って来ていた。


『この匂いは……』


「匂い……ですか?」


「何か分かるか?」


「……いや、俺にはさっぱり……」


 後ろに付いて来ていたヘイシと、弟子の弟子がそんな事を言ってるが、まぁニンゲンの鼻で分からねぇかもしれねぇな。

 匂いは僅かだし、この感じからするとかなり離れた所で焼いてる様だな。


『ん~、荷物もあるし先に戻ってて良いぞ、俺は匂いの元を探してから戻るから』


「え、ちょっ!?」


 なんかヘイシが驚いた様に見えたが、そんな事は気にしない。

 取り敢えず、鼻を頼りに匂いが強い方へと歩いていく。

 ちと狭いが、別に通れない訳じゃないな。



 そうして、狭い路地を進んで行くと、ちょっとずつ建物の見た目がボロくなっていき、壁の穴を板切れで塞いだだけだったり、ボロボロになっている屋根を何枚もの板切れで補修している様な家が増え始めた。

 そして、ジロジロと俺に向けられる視線を感じられるが、その視線はかなり悪意を感じる。


『よっと……此処か?』


 若干広い場所に出ると、そこにはいくつかの竈が作られているが、石を積み上げただけの簡素な物で、そこに串に刺さった魚が数本突き刺してあった。

 どうやら匂いの元はこの魚の様だが、見た事ねぇな?

 少し前にちっこいのと一緒に捌いた魚がいたが、アレとも違う。

 見た目は一匹のサイズは俺の両手を合わせたくらいだが、頭が小さくて腹部が膨らんでるから、喰い出はありそうだな。

 その竈が置かれている奥には、比較的大きな家があるが、そこの中から何人もの気配は感じる。

 取り敢えず、焼いてる魚は誰かの物だから勝手に触ったりすると、後でちっこいのから怒られるだろうから触らずに観察するだけに留めていると、その家の中からちっこいのと同じくらいのニンゲンが出て来た。


「さーて、焼けたか……うわぁ!?」


 そのちっこいのが驚いて尻もちついてるが、見た目は黒い髪に赤い目、ちょっと汚れた服を着てるが、俺等が料理をする時に身に着けてるエプロンを付けてるから、コイツも料理人って奴か?

 ちっこいのに常識外の強さを持ってるちっこいのがいるから、このちっこいのも見た目以上に強い可能性があるが、この反応を見る限り、そこまで強いって訳じゃねぇのか?


「アシュリー! 何かあったの……おわぁ!?」


 続いて出て来たのは、なんか疲れた顔をしたオッサンだったが、俺を見てちっこいのと同じ様に驚いて尻もちをついている。

 このオッサン、日頃から大量に料理をしてる男な。

 エプロンを身に付けているだけじゃなく、そこに染み付いたは、多くの料理を作って来た事で複雑に染みついている。

 この大き目の家はどうやら食堂みたいだな。


『驚かせて悪いが、コイツの匂いが気になったんでな』


 そうして指差すのは焼かれていた魚。

 この匂いは、俺の鼻からすれば間違いなく美味いヤツだ。


「ぁ、ぇ、あの?」


 オッサンは混乱している様だが、俺としてはこの焼き魚に使われているであろうに興味がある。

 この魚、ただ焼いただけじゃない。

 焼けた魚の匂いの中に、僅かだが何かの香草らしき匂いが複数混ざっているが、いくつかの香草には予想が付く。

 だが、その中でも予想出来ない物がいくつかあり、ソレが知りたい。


『ただ魚を焼いた匂いじゃねぇ、タイム、ローズマリー、セージ、他にもいくつかの香草使ってるだろ?』


 俺の言葉に、オッサンがガクガクと頷いてるが、まぁ頭の振りが早い早い。

 取り敢えず、危害は加えないし、知る事知ったら帰るから、とオッサンとちっこいのを宥めて、家の中に案内されると、予想通り、そこには多くの机と椅子がある食堂になっていた。

 その隅に、数人の人相の悪い男達が座って此方を見ているが、どう見ても美味しく料理を楽しんでましたって感じじゃないな。

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