第220話




 結果的に言えば、この人相の悪い男達は悪人と言う訳では無く、このオッサンの元仲間の冒険者達で、定期的にオッサンの所に手に入った食材を提供していて、今回も野菜やら肉を持って来ていて、その礼として料理を食べていた所らしい。

 そんな料理を食べていた所、裏口からちっさいのとオッサンが驚いた声を聞いた事で、不届き者からの襲撃を警戒したんだが、現れたのは俺。

 少し前にオウトであった事件での活躍を知っていたのか、俺なら問題は無いが警戒はしておこう、と言う事だったらしい。

 個的には、その不届き者も気にはなるが、今の所は知るべき事を知る方が先だろう。


「これが多分分からなかった香草、だと思います」


 そう言ってオッサンが出したのは、香草と言うより、何かの木の皮っぽい茶色の物。

 試しに一つ手に取って匂いを嗅ぐと、鼻を突く様な独特の香りがする。

 というか……


「グァゥ……(コイツは……)」


「不思議な事ですが、コレは熱を加えると匂いが変化するのです。 その前はそこまで良い香りと言う訳では無いのですが……」


 成程、そのままだとそこまで良い匂いじゃないが、火を通すと変化するという訳だな。

 しかし、コレの見た目は草と言うより、だが、こんなん売ってるのは見た事無いが……


「コレは元仲間達とまだ私が冒険をしていた時に発見した物でして、偶々、雨が降ってる中で獲物から討伐部位を剥ぎ取った後、一時的に脇にあった木に解体用の短剣を刺した後、焚火の近くに置いてしまった事で熱されて、匂いが変わった事に気が付いたという訳です。 まぁ仲間からは仕事道具を焚火の近くに置いていた事を叱られましたが……その後、その木を探して、分かる範囲を書き留めた後、引退後にこうして利用しているのです」


 その木だが、今でも森の中にあり、果樹を付ける訳でも無く、薪に出来る程のサイズでもない為、半ば放置されているらしい。

 後で調べて住処の近くに無いか確認だな。

 もしなければ、別のを探して畑にでも植え替えるとしよう。


「それで、これ等をそれぞれ粉末にし、塩や小麦粉と混ぜて使っているという訳です。 あの魚は、王都の近くを流れている川で獲れる魚で、それなりに獲れる上に劇的に美味しいという訳でもないので、そこまで高くないのです」


 成程なぁ……

 オウトに来る前、ドロウオとか言うヌメヌメした魚もそうだが、コイツも調理の仕方で変わるかもしれないな。

 まぁ取り敢えず、今度川に行って実際に獲ってみるか。


「よろしければ、数匹ならお渡しできますが……」


「グァ(それは遠慮しておく)」


 魚をくれるというのはオッサンの心遣いなんだろうが、此処で提供してる料理は、此処に住んでる様な食うに困る奴等がしっかりと食い繋ぐ為に必要な物だろう。

 それを俺の我儘で少しでも奪ってしまったら、この料理を喰えない奴が出て来て後で恨まれる事になる。

 それに、別に滅多に手に入らないような『幻の食材』と言う訳でもない。

 オウトから出るには弟子の許可が必要だろうが、新しい食材を手に入れる為なら、多分許可してくれるだろう。


「……おーぃ、話が終わったんなら、俺等の料理もそろそろ欲しいんだが良いか?」


 そうしていたら、強面集団が恐る恐ると言った感じでそんな事を言っている。

 どうやら、俺とオッサンの話が終わるのを待っていたようだ。

 こりゃ悪い事をしたな……


「あぁ、すまない、物自体は後は焼くだけだから、少し待っていてくれ、アシュリー、取り敢えずエールのおかわりを出してあげてくれ」


「はーい」


 オッサンが慌ててフライパンを厨房の竈に置くと、壁にあった棚の扉を開き、布で覆われた皿を取り出した。

 その皿に乗っていたのは、何やら小さめの白い塊が並んでいた。

 お玉で甕の中から油をフライパンに流し込み、しばらくしたらその白い塊達をフライパンの中に並べて焼き始める。

 そして、別の甕から今度は水をお玉で掬うと、一気にフライパンの中に回し掛け蓋をした。


「相変わらず、ジョッシュのは良い匂いだな」


「違いねぇ、それにコイツは酒が進む」


「まぁ、引退するまで料理番は絶対に譲らなかったもんな」


「今でも仲間に戻って来て欲しいっちゃ欲しいんだがなぁ……」


「流石に、アシュリーちゃん一人を店に残す訳にもいかねぇからなぁ……」


 強面達がそんな事を言いながら酒を飲んでるが、あの料理は一体何だ?

 見た目は白い塊で、なんか芋虫みたいな感じだったが、焼ける際の匂いは全く違う。

 コイツは……そうだ、小麦粉を焼いた感じの匂いだが、肉の焼ける匂いもするし、香草の香りもする。

 焼けるまで、アレが何なのか考え続ける。

 白い見た目と言う事は、肉汁や香草を小麦粉に混ぜた訳じゃないな。

 もし、肉汁や香草を混ぜたなら、白い見た目には絶対にならない。

 と言う事は、それ以外で白い見た目を保持したまま、肉汁や香草を加える方法がある。

 首元の鞄から手帳を取り出し、今まで似たような事をしていないか確認すると、結構最初の方に似たような試みをした事があった。

 それが、白パンの中に具材を入れ、パンを食べつつおかずも食べられる様にしようとした奴だった。

 パン生地で具材を包んで、石窯の中で焼き上げたんだが、表面は焼き上がったのに中身は冷えたままだった事で、この試みは失敗としたのだった。

 最終的に、中に入れる具材を調理済みにする事で解決したのだ。

 アレも、表面は普通のパンだった事から、あの料理も似たような物ではないか?

 だが、どうやって中に火を通す?


「はいよ、お待たせ」


 フライパンから焼き上がった物が皿に乗せられ、強面達の前に運ばれると、強面達が一斉に焼き上がったソレを喰い始めた。


「ホフッ……やっぱこいつは焼き立てが一番だな!」


「あっちぃけどな!」


 そんな事を言っているのを観察して、分かった事がある。

 小麦粉生地が薄い。

 つまり、パンの様に分厚い生地で包む訳じゃ無く、薄い生地で包む事で短時間で、中の具材に火を通す事が出来る訳だ。

 中々面白い料理だな。

 生地を薄くするとなると、俺が使ってる酵母はいらねぇし、コレなら弟子達でも工夫出来るな。

 中身を肉以外にするのも面白そうだ。

 そう思った時、俺も一つ面白そうな料理を思い付いた。


「ガゥア(外の竈借りるぞ)」


「ぁ、はい、それは問題ありませんが……」


 オッサンに許可を貰って、裏手にあった竈の前で、思い付いた料理の為の材料を取り出す。

 取り出したのは、小麦粉、コワ粉、水の入った甕に各種香草やら具材。

 さて、皮は若干もっちりした食感にしたいから、比率はコワ粉の方を多めにして……

 中身の具材は、酒に合わせるなら味は濃い目の方が良いが、濃過ぎるとそれはそれで飽きてしまって量を喰えない。

 火起こしをして温めたフライパンに、刻んだ肉や香草を入れて炒め、前に作ったトマトベースのソースを混ぜてトロミを付けた具材を準備。

 金属製の桶の中で小麦粉とコワ粉を溶き合わせ、そこに粒状の香辛料を擂り潰した物や塩を少々、それを竈に設置しておいたフライパンに流し込んで薄く丸く伸ばしていく。

 それが焼き上がったら フライパンから皿に移し、先程の具材を乗せるのだが、コレだけだと食感が面白くない。

 そこで、先程商店で買った野菜の中に、生でも食べられると説明された葉野菜と根菜の存在を思い出した。

 両方水で洗った後、葉野菜は水気を飛ばして生地の半分程度の大きさになる様に千切って広げ、根菜は細く千切りにして具材と一緒に乗せた後、生地でクルクルと巻き上げる。


「グァ!(出来た!)」


 同じ物を何個も作り、弟子達に渡す用、ちっこいの達に渡す用、ここのオッサン達に渡す用と数を分けて鞄に仕舞っておく。

 ここのオッサンには、この料理を思い付いた切っ掛けをくれたのだから、現物を礼として渡すが、コレを店で提供するかはオッサン次第だ。

 ぶっちゃけ、レシピを教えなくても、中の具材を別の物にすれば良いだけで、皮自体の調理過程は簡単過ぎるから、真似ようと思えば簡単に真似られるだろうしな。

 そして、オッサンにこの料理を渡した後、良いヒントをくれた事に礼を言って、俺は弟子達の所に戻り、同じ料理を渡して、どうするかは各自の自由に任せる事にした。



 数年後、王都では薄く焼き上げた生地に、様々な具材を巻いて食べる『白熊焼き』と言う料理が名物となっていた。

 白く焼かれた生地に、肉から果物まで、様々な具材を巻いて提供出来るという手軽さで、老若男女問わず格安で販売されていて、庶民も手軽に食べられる上に、味にも申し分が無い事が人気となった要因の一つだった。

 その『白熊焼き』を最初に提供した店の少女に、この名称の理由を尋ねると『昔、この店に来た白い毛皮を来た人が作ってくれた料理で、とても美味しく、とても印象に残っていた』と言っていた。


 その白熊、人じゃなくて本物の魔熊なんですよ、とは誰も言う事は無く、それを知っているオッサン達は、引退してからも全員が黙っていた。



 なお、その白熊は満足して城に戻ると『いきなり単独行動をされては困る!』とお𠮟りを受けたのは、言うまでもないだろう。

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