第218話




 王城にある調理室では日々多くの料理を作り、王族だけでなく、城に勤めている貴族や文官にも振舞われている。

 その為、一度に作る為に大鍋や巨大なフライパン、多くの竈が用意されているのだが……


「はいっ新しいパン焼き上がり!」


「こっちのムニエル焼き上がったぞ!」


「スープは出来てるな!? さっさと運ぶぞ!」


「デザート用の果物持って来てくれ!」


 正しく戦場の如き状態となっていた。

 此処まで忙しくなったのは言うまでもないだろう。




「オーク肉と言うのは、手間暇かけてもそこまで喰えた物じゃ無いのですが……」


「グァゥ、ゴァ、ガゥァ(ちゃんとした下処理と、筋切り、しっかり煮込めばこうなる)」


 料理長が出された煮込み料理を食べて唸っている。

 その煮込み料理は、今までの物と違って赤み掛かったスープの中に数種の野菜と共にゴロッとした肉が浮かんでいた。

 それまでは、オーク肉と言うのは筋張っていたり、脂肪が多く、独特の臭みがある為に味付けが濃かったり、香りが強いスープに入れて煮込み、重労働の冒険者達が食べる物として普及はしていたが、王族等の貴族達が食べる事は殆ど無かった。

 だが、今料理長が食べているのは、それほど味は濃くなく、香りも香辛料を僅かに使われた物。


「しかし、此処まで臭みを取り除けるのは……」


「ガゥ、ゴァゥ(一回そのまま煮て、水を取り替えて香草のと煮込むんだ)」


「成程、我々はそのまま捨てていましたが、煮込みをする際に使える訳ですな」


「料理長! 早く調理に戻ってください! このままだと追い付かなくなりますよ!?」


 そう言いながら、料理長がメモを取っていたが、副料理長と思われる青年によって、料理長は強制的に調理場へと戻された。


 今までは余りの忙しさから『それなりに美味しくて食べられれば良い』、という者が多かった王城勤めをしていた者達は、ここ最近、提供される料理の質がいきなり上がった事で絶賛し、それから毎日欠かさずに訪れる様になり、それがどんどん口伝で広まり、今では朝昼晩、夜食に至るまで食堂は毎日満員状態となっていた。

 当然、食堂が満員になると言う事は、提供される料理の量も増える事となり、料理人達の負担は凄まじく増えていた。

 一度に多量の料理を提供する為なら、多少の質を落としても良い、と考える料理人もいるが、それを許さないのがここの料理長とその師匠。

 例え多量の料理になろうとも、妥協を許さず、出来る限り質を落とさずに提供する為に、調理工程を工夫していた。

 そうして、今までも質が良かった料理の質は更に上がり、城勤め以外にも、それを聞いた王城に出入りしていた兵士達も食事をする様になり、忙しさは加速してしまった訳だ。




 昼食が終わり、大量の皿が積み上がった状態となって、調理場では全員がぐったりとしていた。


「料理長……もうこれ以上は、今の人数じゃ流石に無理ですよ」


「前に比べて、作ってる量が増えましたもんね……」


 前々から、今の人数では少ないから補充をした方が良い、と言われていたが、そもそも、王城に勤めるというだけでも門は狭いのに、その中でも多くの者に食事を提供するともなれば、その門は更に狭くなる。

 もし悪意がある者を入れて、提供する料理に僅かでも毒が混入すれば大問題となる。

 実は、こうなる前に色々と面接や試験は行われていたのだが、全員がどこかしらに問題や怪しい点があるとして落としていた。

 その為、料理長達は何とか踏ん張っていた訳だが、それも限界に来ていた。


「しかしなぁ……下手に増やして問題が起きたら、それこそ大問題になってしまうぞ」


「それは分かりますけど、このままだとぶっ倒れる奴が出てきますよ?」


「ううむ……どうにかして暇を作らねばならんが、その暇を作る事すら……」


「ゴァゥア?(別に作り置きすりゃ良いんじゃねぇのか?)」


 その言葉で全員の視線が一点に向いた。

 そこでは、積み上がった皿が一枚一枚浮いては水桶に入り、石鹸と海綿で擦られて汚れを落として、新しい水桶の中で洗われ、水きり場に並べている白い巨体がいた。


「作り置きって……スープとかは作れるでしょうけど、メインとなる肉料理とかは無理でしょう?」


「流石に冷めた料理を出す訳にもいきませんしねぇ」


『塊肉を下処理してオーブン窯で焼いて、薄く削いで提供すれば、冷めてもそれだけでもメインになる。 魚も揚げて酸味のあるタレと絡めておけば、ソレだけでも十分な味になる』


 念話でそんな事を言われ、この場にいた料理人達は、料理長が最初に紹介した時の事を思い出していた。

 『見た目だけで判断はせず、その知識から学ぶ事は多い』と言って紹介されたのだ。

 そして、その日からアレコレと手順や調理法を料理長経由で教え込んだ結果、キャパオーバー一歩手前の状態になってしまったのだ。


「しかし……」


『パンはその都度、焼き立てじゃなく、一日に提供する量を焼いて置けば、オーブン竈も空くから、温める必要がある奴は提供する前にオーブン窯で再度温めりゃ良いし、保温する為の窯もありゃ便利だ』


 焼き立てのパンは人気も高いが、焼き上がりまでオーブン窯を占有してしまう問題がある。

 だが、何より最大の問題は、王城で焼き上げているパンは、時間が経つとかなり硬くなってしまう為、焼き立てを提供するしかないのだ。

 その為、食事が提供される前に、ある程度の数を焼く事になっている。


『まぁコイツは無発酵パンで取り置きには向かねぇから、いっそのこと発酵パンに変えるか』


「発酵パンですか?」


『ちょっと作るのは面倒だが量は作れるし、ある程度は作り置きが出来る柔らかいパンだ』


 そんな言葉と共に出されたのは四角い形のパン。

 そのパンが皿に乗って料理長の前に置かれると、料理長達がそれを手に取って、まずはその柔らかさに驚いている。

 そして、ナイフで切って少し食べて、その味で更に驚いている。


『それ、時間経過は半分だが、此処に来る前に焼いた奴だぞ』


 つまり、このパンは二ヶ月は前に焼かれた訳だが、料理人達は信じられないと言った表情を浮かべていた。

 当然の事だが、無菌状態になっている特製鞄の中にあったから大丈夫なだけで、普通に保管したのでは食べられなくなる。

 これと同じ事は出来ないが、一日保管するくらいであれば十分であろう。


「コレは確かに……しかし、どうやって作るのですか?」


『流石にコイツは自力でやれってのは無理だからな、ちゃんと説明してやるから、さっさと片付けるぞ』


 その言葉で、料理人全員が積み上がった皿の山を崩しにかかった。

 なんだかんだ言って、この場にいる料理人達は全員が料理好きである為、新しい料理を学べるとあれば、やる気が湧いてくるのだ。



 そして、その日の夕食から発酵パンを使ったパンが提供される様になり、それ以外にもコワを使った料理が増えていくようになっていった。

 当たり前だが、そのパンを求めて文官達の争奪戦も起きる様になり、中には食べないのに確保し、他の者に売り付けようと考えた馬鹿な者も出てくるようになり、それを知ってキレた料理長達が多くのパンを提供する事で供給過多状態に変え、残ってしまったパンはスープを吸わせてグラタンの中に混ぜたり、それこそ削って粉にして、フライの衣に再利用したりした。

 他にも、そのパンに切れ目を入れて、生野菜や腸詰等を挟んだ物が兵士達に提供され、外でも気軽に食べられるとして流行する事になった。

 この話は軍を率いているサーダイン公爵の耳にも入り、手軽に食べられる軍用食の一つとして採用の価値があるとして、色々と考案される事になった。

 その中で、薄いフライパンを二つ合わせてパンを挟み、直接焼く事が出来る様になった『焼きパン』と言う物が誕生し、温かい食事が食べられるとして軍では流行る事になり、演習中の食事の中での定番となっていったが、それはそのままバーンガイアの民間にも伝わり、『焼きパン器』として2個セットの薄いフライパンが売られるようになった。


 将来、そんな事になるとは知らず、今日も調理場で白い巨体は楽し気に料理を作っていくのであった。

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