第214話




 ダラリと木剣を下げた状態の師匠に向かって、私と進藤殿が斬り掛かって行く。

 進藤殿と組むのはコレが初めてだが、彼の技量はかなり高い。

 彼の剣速は早く、かと言って雑と言う訳でも無い。

 的確に相手の隙を攻める様に立ち回り、私が斬り込む瞬間に動き、生まれる隙を逃すまいとしているが、それでも師匠はあっさりと応対してくる。

 私が左から攻めれば、彼は右から攻め、私が前から攻めれば後ろに回り込む。

 だが、師匠はその全てを捌き切ってくる。

 相変わらず、後ろに目でもあるのかと思うくらいだ。

 実際、私の突きに合わせて、彼が後ろから斬り掛かったのに、私の突きを回避して見もせずに彼の剣を振り向き様に弾こうとしたので、そのまま上から抑える様にして防ぐ。

 あのまま弾かれていたら、進藤殿の木剣が弾き飛ばされていただろう。

 防ぐのに成功したら一度引き、続けて突きを放ち、そこから木剣を振り上げる様にして狙うが、何と木剣の柄で打ち払われた。

 生徒達の前だからとワザと見える様に遅くやっている、と言う訳でも無く、私と進藤殿は本気で動いており、ここまで1分も掛かっていない。

 その間に、十数回は師匠へと打ち込んでいる。


 模擬戦の後、見ていた教師達に聞いた所、私達の模擬戦は早過ぎて、半分以上は動きが見えなかったらしい。

 ただただ『凄かった』と言うのが、生徒達の感想。


「ふむ、真面目に鍛錬はしていたようだな」


 師匠がそんな事を言っているが、本当に真面目に鍛錬をしていなかったら、恐らく、最初の一太刀で木剣を弾き飛ばされていただろう。

 打ち合えば分かるが、これだけ鍛錬を重ねても、一向に師匠には届く気がしない。

 それでも、愚直に鍛錬を続けるしか無いんだが……

 そうしていたら、模擬戦を始めてから、初めて師匠が木剣を構えた。

 遂に師匠が攻めに転じる様だ。

 私も進藤殿も警戒して、師匠の動きに対応しようと改めて木剣を構えた。

 一挙手一投足、師匠の動きを警戒した。


 そのつもりだった。


 気が付いた時、師匠の姿は目の前から消え、私の手からも木剣が消えていた。

 ザスッと音がしたのを聞いて、私の木剣が遠く離れた場所に突き刺さっているのに気が付いた。

 進藤殿の方も、同じ様に木剣が無くなり、唖然としているのが見える。

 慌てて回収しようとも思ったが、この時点で私達の敗北が確定しているので、模擬戦は終わりだ。


「……参りました……」


 進藤殿と一緒に木剣を回収し、タンル殿に模擬戦終了を伝える。

 そのタンル殿も、私達の模擬戦を見て唖然としていたが、終了を受けて生徒達に説明している。

 まぁ、殆ど見えていなかった様で、説明もかなり曖昧な物だったが……

 師匠達と共に、訓練場の隣にある控室に入り、使っていた木剣の汚れを拭き取って所定の籠に戻す。

 そして、魔女様が来るであろう学園長室へと向かう事になった。


「師匠、最後の攻撃、一体何だったんですか?」


「ん? あぁ、アレはちょっと意地悪だったか」


 先を歩いている師匠に、最後の木剣を弾き飛ばされた攻撃の事を尋ねる。

 私達は、師匠の動きを警戒していたのに、気が付いたら木剣が弾き飛ばされていた。


「進藤、お前は分かるか?」


「……悔しいが分からない。 警戒してたのに気が付いたら消えていた」


「まぁそうだな。 俺の動きを警戒していた、それ自体は間違いじゃないが、タネを明かせば単純な事だ」


 師匠がそう言うと、指を一本立てた。


「人はずっと警戒状態を維持する事は出来ない。 必ず、無意識でその警戒状態を解く瞬間がある。 それと同時に、筋肉も緊張状態を維持し続ける事は出来ない。 あの一瞬、二人の意識と肉体が警戒を解く瞬間、木剣を弾き飛ばした、ソレだけだ」


 何のことは無い、と師匠は言ったが、そんな事を真似するのは出来ないんじゃないだろうか……

 私達がその域に達するのにどれだけ掛かるのか。

 そうして先程の模擬戦の事を話しながら、学園長室に向かう。

 私は連撃による手数は合格点だが、それを繋げるのに隙が多くなっている事を指摘され、進藤殿は逆に攻撃の隙は少ないが、組んだ相手に合わせ過ぎて手数が少なかった事を指摘されていた。



 学園長室に到着すると、そこでは学園長の前でニカサ様と魔女様が何やら話し合っている。

 その手には互いに何やら分厚い書類の束を持っているが、話している内容は例のゴーレムの内容では無く、どうやら、何かの病気の様だ。

 学園長も、眼鏡を掛けてその書類を見ている。


「……確かに、対処法がコレだけで良いなら、態々殲滅する必要も規制する必要も無いね」


「うむ、熱で無毒化出来るから、屋外から戻ったら蒸した布で拭き取るも良し、シャナルの様に風呂屋を作るのも良いじゃろうな。 まぁ出来るかは別問題じゃがの」


「一体何の話だ?」


「む、兄上か、何、例の病気に付いての話をしておるのじゃが、対処法が楽じゃから、態々駆除するとか物騒な話にならずに良かったのう、と話しておったのよ」


 魔女様がそんな事を言っているが、一体何の病気なのだろう?


「取り敢えず、こっちの要件は済んだが……どうやらそっちも仕込みは済んだようだな」


「うむ、取り敢えず数名に絞れたんじゃが、まぁ色々と問題点もあってのう……学園長殿、ちょっと質問なんじゃが、この教科書、何時頃から使っておるのじゃ?」


 その魔女様の言葉を聞いて、学園長殿が唸っている。

 教科書とは、一体何か問題だったのだろうか?


「その教科書は確か……5年ほど前から使用しておる物ですな。 前使っておった教科書は難解だったのもあり、生徒側からも不評だったので、試しに交換した所、学生達が好成績を出しましたので正式に交換したのだと思いましたが、教科書に問題でもありましたか?」


「問題と言うか……ワシが見た所、コレ、内容的に8割は関係無い事じゃと思うぞ?」


 魔女様が言うには、この教科書では魔法を行使する条件という前提から間違っており、この教科書通りに生徒達が実行したとしても、本人の保有マナの量に左右されてしまい、体内マナを大きくする手段が多い貴族家の方が遥かに有利になってしまうという。

 コレは、明らかに貴族家出身の者を優遇しようとする為の意図的な物だろう。


「しかし、結果として優秀な者を出しておりますので、撤回するのはかなり難しいかと……」


「まぁそうじゃろうが、ワシが教える生徒がぶっちぎりの結果を残せば議題には上げられるじゃろ? ソレで充分じゃよ」


「問題はそこなのですが、大丈夫なのですか?」


「まぁ問題は無いのじゃ。 さて、明日からの授業に使う為に色々と準備をせねば……」


「それだが、この後はどうするんだ?」


「む? どうするとは?」


 師匠の言葉に魔女様が不思議そうな表情を浮かべる。


「俺は宿を確保してから、王都で活動しながら待機するが、お前はどうするんだ?」


 私は近衛騎士団の方にある宿舎、カチュアはニカサ様の家、バートとムっさんは王都にあるルーデンス卿の屋敷で寝泊まりしているが、魔女様はどうするのだろう?


「あれ? 寮があるのでは?」


「生徒用の寮以外に教師用の寮もある事はありますが、今の教師用の寮は全室埋まっておるのですが……」


 この学園の生徒達は寮生活だが、教師達は王都内に屋敷があったり、自身の家を持っている為、毎日通っている形だ。

 その為、教師用の寮はそもそもの部屋数が少なく、全室埋まってしまっている。

 学園側も、まさか魔女様が寮生活を考えていたとは思っていなかったらしく、空き部屋を用意していなかったらしい。

 つまり、魔女様も王都の何処かに家を借りなければならないと言う事だが、見た目が幼いという事で借りるのはかなり難しいのではないだろうか?

 宿を借りるという手も無い訳では無いが、防犯も高い所の宿を半年も借りるとなるとかなりの値段になってしまう。

 魔女様は一体どうするつもりなのだろう。


「まぁ……今日の所は例の件で保管しておる研究室に行くから問題は無いじゃろ」


 どうやら、魔女様は問題を後回しにする様だ。

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