第213話
訓練場の隣に備えられている控室。
そこで、私は進藤と向かい合っていた。
「進藤、もう怪我は大丈夫なのか? かなり厄介な物だと聞いていたが……」
「アレス王子、御心配をお掛けしましたが、この通りです」
そう言った進藤の様子を見る限り、無理して言っている様子は無く、完全に回復している事が分かる。
あの勇者によってクーデターを起こされ、国から逃げる際、進藤はあの勇者と戦い重傷を負った。
クーデターは表向き、第二王子だったジャックス兄様が目論んだ事で、勇者がそれを知って阻止した事になっているが、進藤の報告では、勇者も元々はクーデター側にいて、ギリギリの所で計画を乗っ取ったという話だ。
その勇者が、第三王子である私を探しているという報告は、この国に来て、身分を隠して匿ってもらっている家の人達から教えられた。
そして、『今は絶対に名乗り出ないように』とも言われている。
その理由として、あの勇者はクーデターを阻止した事になって、代理の国王として国を纏めているが、正式な王となるには、継承する筈の王族の男子が全員死亡していなければならない。
実際、王都に到着するまでに、二度、暗殺者と思われる刺客に狙われ、護衛の一人が毒を受けて一時危篤状態になったが、別の護衛が持っていた治療薬で解毒する事が出来た。
他にも、止まった宿で出された食事に、致死量の毒が混ぜられていたりしたのを、『鑑定』が付与された魔道具で見破って事無きを得た事もある。
護衛が持っていた解毒薬や魔道具は、事前に持たされていた物らしいが、相手はどうしても私を消したかったらしい。
王都に入った後、今の家族に迎えられ、こうして身分を隠して学園に通わせてもらっている。
「……申し訳ありません……あの時、誠一郎を止められていれば……」
「進藤が謝罪する必要は無い。 確かに父上や兄上達の事は残念だが、勇者相手ではどうにもならないだろう。 それよりも、これからどうするかが問題だ」
私個人としては、勇者をどうにかして無力化して国を取り戻したいが、勇者が暴れれば、進藤達でも勝ち目がないのに、兵士をいくらぶつけても駄目だろう。
かと言って、匿って貰っているだけでも、勇者が攻めて来る口実に出来るのに、バーンガイアに救援を求めるなんて、これ以上迷惑を掛ける様な事は出来ない。
こうなると、勇者を無力化するなんて事は、ほぼ絶望的だがまだ手はある。
それが、私自身が強くなり、勇者を討って国を取り返す事だが、匿ってくれている家の方々からはあまり良い案とは言えないと言われてしまった。
その理由が、私の職業である『聖騎士』は、攻撃スキルよりも防御スキルや補助スキルが多い職業で、そんな職業で勇者を討つには、相当に鍛えなければならない。
それこそ、学園を卒業した後も鍛え続けても、何年掛かるのか分からない上に、本当に討てるまで強くなれるかは分からない。
現実的な所では、私が進藤達と協力して勇者と戦う事だが、もしも勇者の手により私が倒されてしまったら、クリファレスと言う国の正式な王族が絶えてしまう。
例え私が倒れてもまだ姉上達がいるが、クリファレスは男子しか王になれず、バーンガイアの様に女王を立てる事が出来ない。
姉上が婿を迎えても、その婿は王になれないので、一時的にクリファレスの舵取りをする王が不在となってしまい、大混乱を引き起こす事になる。
なので、余計に私が勇者の相手をする事は、バーンガイア王や側近の貴族から止められている。
そう言う事を悩んでいたら、学園長やニカサ様から、第三の提案が出された。
それが、冒険者や傭兵の中でも上位の面々を雇って、クリファレスを末端からどんどん解放していき、軍を編成していって、勇者を経済的に弱体化させて最終的に討つか拘束すれば良い、と言う物だった。
これなら時間は掛かるが、私が直接先頭に立つ必要は無くなり、末端からとはいえ、国を開放する事が出来る。
だが、これには時間が掛かり過ぎる問題があり、あの勇者から国を開放する前に、帝国との戦争で国自体が倒れてしまうだろう。
どうすれば良いのか……
そうしていたら、扉がノックされ、少し間を置いて教師の一人が入って来た。
何でも、師匠と言う男性とノエルさんが模擬戦をするが、その師匠が進藤も参加する様に言っているらしい。
それを聞いた進藤の表情は、若干複雑そうだ。
だが、拒否する理由は無いようで、それを受けて部屋から出ると、進藤は訓練場の中央へと歩いて行った。
訓練場の中央で向かい合う3人を見ながら、私達生徒全員が教師に指示された壁際に並んでいる。
教師のタンル先生が言うには、偶然、卒業生のノエルさんの師匠と言う男性が来たので、参考として模擬戦を見せてくれると言う事になった為だ。
ただ、その師匠と言う男性が、ノエルさんだけでなく同時に進藤も相手にすると言う。
進藤の
ノエルさんの職業も『
そんな二人を同時に相手している上に、最初は二人は真剣を使おうとして、タンル先生が止めなければ大事故になっていた可能性がある、と思ったのだが、始まった模擬戦を見てその考えは吹き飛んだ。
前後左右、青年に向かって二人が剣技を繰り出すが、師匠と言う青年はそれを片手で構えた木剣で全て見事に弾き、受け流し、捌き切っている。
進藤とノエルさんは急遽組んだにしては、互いに隙を補佐しあっていて、殆ど隙も無い攻撃を繰り出している。
しかも、二人が動き回って攻撃をしているのに対して、青年は殆どその場から動いていない。
それどころか、背後から音も無く突きを放った進藤の攻撃に対して、見もせずに上体を僅かに動かして回避し、その突きを放った木剣を掬い上げる様にして弾き飛ばそうとしたのを、ノエルさんが妨害する為に木剣を振り下ろし、それを迎撃した隙で進藤が体制を立て直した。
これがほんの一瞬の事だ。
周囲を見回してみると、最初は騒いでいた他の生徒は全員黙り込み、教師陣に至っては口を開いて唖然としている。
「ふむ、真面目に鍛錬はしていたようだな」
二人の猛攻を涼しげな顔で捌き切った黒髪の青年が、左手を木剣でトントンと叩いてそんな事を言っているのが聞こえた。
対して二人は、多少息が上がっているだけだが、二人掛かりで一撃も有効打が入れられないというのは、あの青年の実力は、二人と比べても相当に隔絶しているという事になる。
「クレス君、あの人ってクレス君がさっき話してた護衛の人だよね? かなり強くない?」
そう聞いて来たのは、同級生で同じ様にこの授業を受けていた『クエス』と言う少女。
彼女はこの授業を受けているだけあって、男子生徒と比べても上位の実力を持っているから、この模擬戦がどれだけ驚異的な物か分かっているのだろう。
そんな彼女は、緑色の髪をリボンで後ろで一纏めに纏め、3人の模擬戦を見ていた。
「うん、ちょっと事情があって離れてたんだけど、やっと戻って来たんだ」
「ノエル様が強いのは知ってたけど、あの師匠って人、強過ぎだよ」
「流石、師匠って事なんだろうけど、二人掛かりで押さえるのがやっとって感じだね」
そんな事を言っているが、私には分かる。
二人の表情は、あの青年の動きに集中しているのに対し、青年の方は平然としている事から、攻めあぐねているのは、二人の方だ。
だが、生徒達は派手に動き回っている二人の方が優勢だと思っていて、その事に気が付いているのは、私以外だとクエスだけの様だ。
そして、初めて青年がその場から動いたのを見て、二人が木剣を構えた。
次の瞬間、私達が見たのは青年の姿が消え、手から木剣が消えて唖然としている二人と、ザスッと訓練場の遠くの地面に2本の木剣が突き刺さった音だった。
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