第211話
ワシの目の前で、少年少女が短杖を構えてマナを注ぎ込んでおる。
そして、先端部分に付けられておる水晶が明滅するのじゃが、まぁそこまで強い光にはならぬ。
極端に強い光を直視すれば、視力を失う事もあるじゃろうが、この短杖はちょっと細工をしてあるから、そんな事はありえんのじゃがな。
「うぐぐぐぐ……ブッハ……滅茶苦茶辛いんだけど、何だよコレ……」
最後に青毛の少年が、全力で籠めたマナの量で灯った灯りはマッチレベル。
他の面々でも、これ以上の灯りになったのは、ちょっとオドオドしておるピンク髪の少女だけじゃ。
それでも、『ちょっと明るいかなー?』と感じるくらいじゃけど。
「うむ、取り合えず、全員の実力は大体分かったのじゃ。 それを踏まえて、ワシが特別授業を組み立てるんじゃが、今日の所は、コレから体内のマナ総量を増やす方法を教えるでの、それをやって欲しいのじゃ」
「ぁ? 授業すんじゃねぇの?」
ワシの指示に対して、そんな事を言ったのは妙にがっしりした体格の赤毛の少年じゃ。
いや、本当なら授業をしたかったんじゃが、授業で教えておった内容のレベルが低いとしか言いようがなく、コレではワシの授業を始めるのが難しいのじゃ。
何せ、事前に教科書を見たのじゃが、半分近くが全く意味を持っておらぬ内容じゃった。
教科書の著者には悪いんじゃが、あまり分かっておらぬ人物が、発動時の様子を見たり、話を聞いたりして書き上げたんじゃなかろうか。
そこら辺をやんわりと説明し、全員に『流転法』を教えていく。
生徒達が椅子に座って目を閉じ、ゆっくりと体内のマナを動かし始めるのを感じ取りながら、授業内容を考える。
ワシが考えておった予定では、十分な体内マナを持っており、ちゃんと魔法や魔術を使えるのじゃから、それを応用したり、改良して便利に使える様にしたり、と言った内容を教えようと思っておった。
じゃが、実際には『長々と詠唱して魔法・魔術を放てる』と言うレベル。
コレはこの教科書のせいじゃな。
この教科書、最初に『魔法とは神が授けた奇跡の御業である。 神の使いである精霊に願う事で魔法は発動する。 神と精霊に感謝を捧げ、魔導の英知を求め続けよ』なーんて書いてあるのじゃ。
確かに、童女神殿が人々に魔法を授けたのは間違いないのじゃが、なんじゃ精霊って。
もしや、眷族殿達の事が間違って伝わっておるんじゃろうかとも思ったのじゃが、教科書を読み進んでその考えは間違っておると分かったのじゃが。
この教科書では、魔法はいくつかの属性が存在し、それぞれの属性を司る精霊が存在していて、その精霊に詠唱と言う願いを伝えて、マナを対価にする事で、魔法と魔術は発動する等と書いてあったのじゃ。
じゃから、詠唱は精霊に対し、発音良く、歌い上げる様にしなければならぬ。
当然じゃが、んな事は無いし、そもそも精霊なんて、この異世界にも存在せぬ。
取り敢えず、この教科書から考えるに、彼等の魔導の知識は皆無と考えて、最初から教えていった方が良いのう。
「よし、授業方針は決まったのじゃが、この人数でこの教室じゃと広過ぎるのう、後で小教室にでも変更するようにしておくかのう」
今おるのは大教室と呼ばれ、50人規模の学生が余裕をもって授業を受ける事が出来る、巨大な教室。
まぁ所謂、大学とかにある講堂の様な構造と同じ感じじゃ。
そんな大教室を、ワシを含めて僅か6人で使用する等、贅沢にも程があるのじゃ。
次からは別の小教室を利用出来る様に、学園長殿に頼むとしよう。
「それでは、次から授業をする上で出席を取らねばならぬから、全員の名前を教えてもらえるかのう?」
「もう『流転法』は良いのかよ?」
「良いも何も、全員『流転法』出来ておらんもの。 やっとるのは、頭から脚に、脚から頭に、と言った感じで全身を巡っておらん」
『流転法』は、マナを全身を使って巡らさねばならぬのじゃが、この学生達がやっておるのは、一部分から一部分へとマナを流しておるだけじゃ。
コレではいくらやってもマナの器は大きくならぬ。
ちょっと後で分かり易くなるような魔道具を作っておくかのう。
「と言う訳で、全員一旦中止! そこの赤毛君から自己紹介を頼むのじゃ」
「俺からかよ!? ったく、俺はヴァル、ドリュー先生に拾われるまでは、スラムで生活してたぜ。 一応、魔術適正はあるらしい。 次、ケンで良いだろ」
ヴァルが次に自己紹介する学生を指名すると、水色髪のちょっと気弱そうな細身の少年が立ち上がった。
「あ、ケンです。 ヴァルと同じで、拾われるまではスラム生活してました。 僕も魔術適正有りです。 それじゃ……カーラ、次は君で」
ケンが指名したのは、濃い青い髪の少女で、右耳に金細工のイヤリングを付けている。
「私はカーラです。 二人と違って王都で暮らしていた平民の両親が、私に魔術適正があるって知って、ドリュー先生に相談して、学園に通う事になりました。 次、ミニンね」
カーラの指名を受けて、次に立ち上がったのは金髪のウェーブが掛かった長髪を、ポニーテールで纏めている少女。
「ミニンです。 カーラとは御近所で、カーラと一緒に魔術適正があるって分かって学園に来ました。 それじゃ、最後はライムちゃんだね」
最後に指名されたのが、ライムと呼ばれた少女。
ちょっとオドオドしておる少女で、紫色の髪を肩辺りで切り揃えておる。
「あの、ライム、です……ドリュー先生が拾ってくれました……」
「ふむ、ヴァル、ケン、カーラ、ミニン、ライムじゃな。 ワシのちゃんとした自己紹介は後でやるとして、ちょっと気になった事があるんじゃが、魔術適正? 魔法適性では無いのか?」
ワシの言葉で、全員がキョトンとした表情を浮かべておる。
そして、ケンとミニンが溜息を吐いておる。
「先生、魔術適正ってのは、魔法とかを使えるかどうかを簡易的に調べる方法ですよ」
「いくら体内にマナがあって魔法回路を持っていても、魔術適性が無いと魔法の威力が落ちたりするんです」
二人がそんな事を言っておるが、ワシとしては、何故に『魔法』と『魔術』が同じ物として考えられておるのかって事が疑問じゃ。
そこでふと、先程の教科書の事を思い出し、試しにパラパラと教科書を流し読み。
その様子を5人が静かに見ておるが、ワシの予想が正しければ……
教科書はそこまで厚くは無く、内容もある程度は纏められておったから、あっという間に読み終わったのじゃが、この教科書では、『魔法』も『魔術』も同じ物として扱っておったのじゃ。
「うむ、これは大変じゃな……全員、次の授業までにワシの方で色々と準備しておくから、次の授業を始める前に一度、この教室に集合して欲しいのじゃ」
ワシから連絡する方法が無いし、あったとしても『改革派』に知られたら妨害される可能性がある。
そして、先程の自己紹介をしてもらっておる間に、ワシはポケットの中で小指の爪程の小さい水晶と、アイテムボックスの中にあった指輪を錬金術で弄って組み合わせ、金色の水晶が付いておる指輪を作り出したのじゃ。
水晶の中には、相変わらずブドウの房が刻まれておるが、まぁ問題無いじゃろう。
「コレがワシの授業を受ける、と言う証明になる指輪じゃから、くれぐれも無くさぬ様にしてくれい。 それでは、今日の所は解散なのじゃ」
全員に指輪を手渡した所で、丁度授業の終了を知らせる鐘の音が響いて来たのじゃ。
さて、まずは学園長の所に行って、空き教室の手配と授業で使う魔道具を準備せねばのう。
その後、ゴーレムの調査をしようと思ったのじゃが、そう言えば、兄上達の方は無事にアレス王子と接触出来たんじゃろうか?
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