第210話
「なぁ、臨時の先生って何者だと思う?」
「ドリュー先生の代わりだろ? 優秀って事だろうけど、何も聞いてねぇなぁ」
「あ、やっぱお前のトコでも? 俺ん所でも新しいセンコーの事は聞いてねぇらしいぜ」
「フン、俺等に教えるんだから、優秀じゃ無ければ務まらねぇだろ」
教室にいる生徒達がアレだコレだと話し合っている。
そうしていたら扉がガラッと開き、目の前にある教壇に細身の男が歩いていく。
見た目は金髪に整った顔をしており、蒼白いローブに赤い宝石の付いた金色のブローチをネクタイピンの様に付けている。
そして、全員を見回して一つ咳払いをすると、扉の方に視線を向ける。
「あー、既に聞き及んでいると思うが、ドリュー先生が一時的に帰省すると言う事で急遽、魔導学の臨時教師を招く事になった。 入りなさい」
そう言われて入って来たのは、薄い緑の長髪に同じ緑の目と丸型の大きな眼鏡を付け、灰色のローブを着た少女。
ただ、その胸元には金色の水晶の様な石で出来たネックレスをぶら下げている。
その少女が、男の隣に立つ。
「えっと、ドリュー先生の代わりに参りました、『リリー=フラムベル』と申します」
そう言った少女が頭を下げる。
だが、その名前を聞いた生徒達は首を傾げた。
彼等の知る貴族家に、少女の家名である『フラムベル』と言う貴族家は覚えが無かったからだ。
「なぁ、フラムベルって聞いた事あるか?」
「……無いな、少なくとも僕は聞いた事は無い」
「貴族オタクのお前が知らないって事は……新しい貴族か、それとも没落寸前の貴族って事か?」
「オタク言うな、それに新しかろうが没落してようが全部覚えてる」
ざわつく生徒達を見かねたのか、教壇に立っていた男が手をパンパンと叩いた。
「静かに! フラムベル先生は貴族では無く平民だからな、皆が知らなくても無理は無い」
その言葉を聞いた生徒の中には、落胆したような表情を浮かべる生徒や、明らかに溜息を吐いている生徒がいる。
それを見て、少女が身を竦ませた。
「バーラード学年主任、いくらドリュー先生の代わりとはいえ、平民の、それも子供では我々に教える資格すらないのではありませんか?」
そんな事を言ったのは、薄赤色の頭髪を後ろに撫でつけ、オールバックの様にした男子生徒。
その言葉を聞いて、近くにいた別の生徒達も頷いている。
「君達の言いたい事は分かる。 そこで学園長からいくつか提案を受けているし、コレから言う事は彼女も了承している事だ。 一つ、彼女の授業を受けるか受けないかは君達が決めて構わない。 例え受けなかったとしても、年末の試験で合格点を出せば何の問題も無い。 二つ、もし彼女の授業を受けない場合、私が特別に授業を教える事になっている」
「それだと誰も彼女の授業は受けないのでは?」
「それに関してだが、もし彼女の授業を受ける場合、今期の学費は免除するとの事だ」
それを聞いた学生の数人が小声で話し合い始めている。
試験等で上位になった一部の学生は、学費を免除されており、それ以外の生徒は家からの支援や、休日等にアルバイトをして金策を立てている。
それでも賄えない場合は、学園側が立て替えたりしているのだ。
つまり、貴族の子息や令嬢であれば、学費の心配をする事は無いが、平民や孤児ともなると、学園が肩代わりした学費を卒業後も延々と返す事になってしまう。
なので、出来る事なら学生達も学園相手に借金はしたくないのだ。
「学費無料ってのは魅力的だけど……どう見ても子供でしょ? 本当に授業出来るの?」
「フン、それならば、手っ取り早い判断材料がある。 おい、魔術学の基本的な事である『シュバルトハイムの詠唱理論』の事も説明出来るのだろう?」
薄赤毛をオールバックの様にした男子生徒が、いきなりそんな質問を少女に聞いているが、少女の方は「あ? え? シュバルト? え?」と返答に困っている。
その様子を見て、男子生徒が盛大に溜息を吐くと、椅子から立ち上がると、そのまま教室の扉へと歩いていく。
「やはり、平民ではこの程度か……コレは授業を受けるだけ無駄だな」
そんな事を言って教室から出て行くと、他の生徒達も顔を見合わせて同じように続々と椅子から立ち上がり、そのまま教室から出て行く。
そして、最終的に残ったのは僅か5人の生徒だった。
それをみて、バーラード学年主任がフンと鼻で笑うと、少女の肩を叩いた。
「まぁこうなる事は分かり切っていたが、5人も生徒が残ってくれて良かったではないか。 それでは、彼等は君の生徒となるので、しっかりと授業をするんですよ」
そう言い残して、バーラード学年主任も教室から出て行った。
教室に残った5人の生徒。
そして、教壇に立っている俯いた様子の少女。
気まずい雰囲気がしばらく続いていたが、急に少女がガバッと顔を上げると、教室の扉に駆けていき、扉の外を確認した後、扉を閉めて鍵を掛けた。
そして、パンパンと手のホコリを叩き落とすような仕草をした。
「はー、コレで第一段階は成功なのじゃ。 それに『シュバルトハイムの詠唱理論』なんぞ、間違いまくっとるモンを説明する必要もないじゃろうに……」
ブツブツと言いながら、少女がゆっくりと教壇の位置に戻って来る。
その様子は、先程までのショックを受けていたモノでは無く、まるで最初から予定通りと言った感じだ。
それを、教室に残っていた生徒達が唖然とした様子で見ていた。
「あ、あのー……リリー先生? それで授業は……」
「……ん? あ、リリーとはワシの事か、スマンスマン、適当に付けた偽名じゃから忘れておった。 それで授業なんじゃが、まずは、此処におる5人がワシの授業を受けるって事で良いんじゃな?」
その言葉に、残っていた5人が頷いている。
彼等は全員平民と元孤児で、ドリュー先生が偶然発見し、学園に入学する事になった生徒達だった。
他にも平民の生徒はいるが、彼等は貴族家の子息や令嬢に付き従う事で、自分の身の安全を確保している。
なので、先程教室から出て行った生徒の中にも、同じ様な平民や元孤児の生徒はいる。
此処に残っているのは、そう言った付き従う事をしておらず、逆に敵対していたりする生徒達だった。
「で、本当に大丈夫なのか? 学費がタダになるからって残ったけどよ……」
「そこら辺は大丈夫じゃよ。 少なくとも、この教科書以上の事を教えてやるのじゃが……流石にこの教室じゃと広過ぎるからのう、次からは別の教室を使える様に手配しておくとして、まずは残っておる全員の実力を知るとしようかのう。 取り敢えず、全員近くに集合するのじゃ」
教室に残っていた生徒達が教壇の近くに集合すると、先端部に透明な水晶が付けられた銀色の
それを、少女が一番端にいた男子生徒に手渡す。
「さて、その短杖は流し込んだマナによって、先端の水晶が松明の様に光る様になっておるのじゃ。 全員最大までマナを流して、その明るさで大体の実力が分かるのじゃよ」
「それって危険じゃないの?」
「余程極端なマナ量を持っておるなら一瞬で極端に明るくなるじゃろうが、学生がそこまで持っておる事も無いじゃろうし、問題無いのじゃ」
緑髪を肩くらいまで伸ばした少女が、恐る恐ると言った感じで聞いているが、それを聞いた少女が何の事も無く答えているのを聞いて、男子生徒が短杖を慌てて手放した。
短杖が床に落ちてカランカランと音を立て、それを少女が拾う。
「別に落とした程度で壊れはせぬが、大事に扱って欲しいんじゃが……ホレ、さっさと済ませるのじゃ」
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