第199話




 森の中を歩いていると、肩から荷物を詰め込んだ袋がずり落ちてきた。

 それをイラつきながら背負い直すと、ガシャガシャと音がする。

 アイツ等の持っていた荷物を、全て俺の袋に詰め込んだせいで重い上に、適当に詰めたせいでポーションとかが袋の中でぶつかっているんだろう。

 現在地を調べるのには苦労したが、地図上では俺のいる位置は森の外周に近い場所の筈だ。

 足手纏いを連れていたら逃げ切れないだろうが、俺一人であれば余裕で逃げられる。

 従者なんだから、主である俺の為に役に立てるなら本望だろう。

 そんな事を考えていたら、目の前に巨大な岩が見えて来た。


「この岩がコイツの筈だから……こっちだな」


 冒険者連中が目印にしてる岩だけに、かなり巨大だな。

 その岩から右に向かって進めば、森の外に出られる。

 そうやって進んだのだが、何故か一向に森の外に出る様子が無い。

 それどころか、どんどん木々が増えているような気がするんだが……


「どうなってんだ!?」


 それからもしばらく歩いたが、明らかに可笑しい。

 しかし、何度見てもあの岩を右に曲がれば森の外に出られた筈だ。

 まさか、地図を見間違えたのか?

 仕方無ねぇ……あの岩まで戻るか……

 そうして森の中を戻り始めたが、今度はあの岩に辿り着けない。

 何でだ!? 




 私達は見捨てられた。

 その事実以前に、このままだと私達は絶対に助からない事に、心がどんどん沈んで冷えていく感覚が広がる。

 ライザさんの容体は回復する兆しが無いけど、見捨てて逃げるなんて事は出来ない。

 でも、このままだと……


「……ルーア……私は此処までだ……アッシュの馬鹿を頼むぞ……」


「ライザさん! まだ諦らめちゃ駄目です! きっと救助が来てくれます!」


「いや……もう私は駄目だろう……目が見えないだけじゃない、手とか末端の感覚が分からなくなってきているんだ……」


 慌ててライザさんの手を取ると、まるで氷の様に冷たい。

 右足に巻いた包帯を取ってみると、傷口の部分が黒ずみ、周囲が紫に変色していた。

 ゴブリンが使う毒が此処まで強いなんて……

 こうなったら、此処でいつまでも救援を待っていたら、私はともかく、ライザさんが助からない。


「ルーアの職業じゃ……効果は無いだろうが、私の槍を使え……振り回すだけでも牽制にはなる……」


「いえ、絶対に助けます! 見捨てなんかしません!」


 ライザさんを背負おうとしたが、ライザさんの方が私よりも頭一つ高く、普段から鍛えているのもあって凄く重い。

 それでも何とか背負うと、袋を割いて作った紐で体を固定する。

 私の弓はどうせ矢が無いから使い道は無いけど、それも何とか肩に掛ける様にし、ライザさんの槍を持って洞窟を出発する。

 アッシュ様が狼煙を上げてくれた筈だけど、ライザさんの状態を考えると待っているだけじゃ駄目だ。

 それでも、逃げる方向さえ間違えなければ助かる可能性は高くなる。


「太陽の位置があっちだから……沈んでいく方向に行けば……」


 地図が無いから確かな事は言えないけど、確かこの森の方から太陽が昇っていくから、沈む方角に進めば町の方へと進める筈。

 ゆっくりと進みながら、太陽の位置を確認し、木に槍で傷を付けて迷った場合の目印にする。

 それでも、いつ魔獣や魔物が出て来るか分からない以上、周囲への警戒は怠らない。

 もし、この状態で襲われたら、二人共助からない。


 そんな事を考えたのがいけなかったのか、私の隣の茂みから、いきなり数匹のゴブリンが飛び出してきた。

 その手には、簡素な石槍や、恐らく冒険者の物だったのであろう錆び付いた短剣や、ボロボロになった木盾を持っている。

 ライザさんの言う通り、私の職業である『弓士』では、槍を上手く扱う事は出来ないけど、別に絶対に使えない訳じゃ無い。

 私は狙いをほとんど付けずに、槍を滅茶苦茶に振り回す。

 ライザさんみたいに、狙って突くなんて事は出来ないけど、振り回す事は出来る。

 ただ、時間を掛けると騒ぎを聞きつけたゴブリンが増えてしまう。

 だけど、人一人を背負った状態じゃ逃げられない!


「ルーア、私を捨てれば逃げられる……紐を解け……」


「嫌です! 絶対に助けます!」


 ライザさんの言葉を遮って槍を振る手に力を籠めるが、ゴブリンに掠りもしない。

 逆に、ゴブリンがじりじりと私達を過去込む様に移動を始めている。

 このままだと、二人共やられてしまう。


「ぁっ……」


 振り回した槍の先端が木に引っ掛かって刺さり、私の動きが一瞬止まる。

 それをゴブリンが見逃すはずも無く、私達に向けてゴブリンが飛び掛かって来る。

 槍の間合いの内側に入られてしまった時点で、私の腕力ではゴブリンを弾く事は出来ず、ゴブリンの振るった剣を何とか槍の持ち手部分で受け止めたけど、他二匹によって私達が押し倒される形になってしまった。

 それでも何とか地面を抉り取り、ゴブリンの顔面に投げ付ける。

 眼球に泥が入ったのか、ゴブリンが悲鳴を上げながら顔面を押さえてのた打ち回っているけど、他二匹に私の両手は押さえつけられてしまった。

 もう駄目だ。


 そう思った時、のた打ち回っていたゴブリンがピタリと動かなくなった。

 私を押さえつけていたゴブリンが、しばらく待っていたが動かない仲間に業を煮やしたのか、ギャァギャァと鳴くが反応が無い。

 その瞬間、鳴いたゴブリンとは別のゴブリンが文字通り弾き飛ばされた。

 一瞬唖然としたゴブリンだが、吹き飛ばされたゴブリンの背中に矢が突き刺さっているのを見て、慌てた様に茂みへと跳び込もうとしたが、その茂みから振るわれた巨大な戦斧によって真っ二つにされた。


「大丈夫か?」


 そんな言葉と共に茂みから現れたのは、使い込まれた革鎧に身を包んだ大男でした。

 黒みがかった頭髪に青い目、腕や顔の一部には大きな傷跡。

 その大男が巨大な戦斧を担いで、周囲を見回した後に片手を上げると、その後ろから数名の男女が出て来ました。


「リーダーよ、周囲にゴブリンの気配は無いが突っ込むな、斥候の意味が無いだろ」


 そんな事を言ってハゲ頭を撫でている男性。

 その後ろにいる面々も、その言葉に頷いている。


「仕方無いだろ。 それに、この嬢ちゃん達が危険だったからな」


「脳筋リーダーは放っておいて……二人共怪我を見せてちょうだい」


 そんな風に私に声を掛けて来たのは、青いローブを着た金色の髪を伸ばし、一括りに纏めた女性。


「私よりライザさんを助けてください! ゴブリンの毒でっ」


「アナタ、アンチドートポーション! リーダーは周囲の警戒! ラムとローディは町に戻って治療院に報告!」


 私の言葉を聞いて女性が一気に指示を出し、ライザさんをその場に寝かせて治療を始めました。

 そして、傷口を見て顔を顰めた後、ハゲた男性から渡されたポーションを傷口に掛けた。

 ジュクジュクと音を上げて、傷口が泡立ち、その泡がどんどん紫色に変わっていく。

 二本、三本とポーションを掛け続け、五本目になってやっと泡が無色のままになった事で、女性が別のポーションを取り出して、ライザさんに飲ませる。


「……取り敢えず、コレで何とか大丈夫よ。 後は町に戻って治療院で治療ね」


「ありがとうございます、あの、治療に使ったポーション代は必ずお支払いしますので……」


「いいのよ、これでも私達は稼いでる方だし、それよりも、あなたはどうして此処に?」


 女性に聞かれ、私達は本当は3人で組んでいたが、薬草採取依頼を受けたついでに、森の中でゴブリンを狩ろうとしたら、逆に返り討ちに遭いそうになり逃走したが、その際に受けた毒でライザさんが動けなくなり、何とか回復を待っていたけど悪化し、緊急用の狼煙を上げて待っていたが、道具も食糧も全て持ち去られた事で見捨てられたと判断し、ライザさんを背負って移動していたら、ゴブリンの襲撃を受けて危なかったけど、皆さんに助けられた、と説明すると、リーダーと呼ばれていた大男が大きく溜息を吐いていた。

 そして、頭をガリガリと掻きながら、ハゲた男性の方を見て頷いている。


「……俺達はこの森の調査の依頼を受けて今日の朝に森に入ったんだが、まず、狼煙は見てない」


「この緊急用の狼煙を上げる道具って、かなり遠くからでも見える筈なのよ。 それが見えなかったと言う事は、その男、使ってない可能性が高いわね」


 その言葉を聞いて、私は色々と力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 もし、あのまま洞窟に残っていたら、私達は確実に………

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