第195話




 新人の講習なんて、クソが付く程面倒な依頼で本当なら受けたくねぇ。

 が、数日間拘束される関係で、ギルドから結構な報酬が出る上に、ランクアップの為に必要な貢献度がかなり高いから受けたんだが……

 まぁ予想通り、クソ生意気なガキが受けずに出て行ったが、あーいう奴は必ず大失態を起こして、『言わなかったギルドのせいだ!』って喚きまくるんだよな。

 まぁ受付嬢の姉ちゃんが『苦情は受け付けない』ってガキ共に短剣を刺してたから、後から文句を言っても受け付けねぇだろうけど。


「さて、そんじゃまずは冒険者として基本的な知識からだが、魔獣とか魔物に付いてだな。 一般的には、魔獣と魔物ってのは一緒って思われてるだろうが、実は魔獣と魔物は違うモノだ。 魔獣は元々は獣で、澱んだマナに晒された事で魔獣になるって訳だ、んで、魔物だが……まぁそのなんだ、その澱んだマナそのものが実体を持った奴等……らしい」


 俺の説明を聞いて、ガキ共が不思議そうな顔をしてるが仕方ねぇだろ、それ以外に説明のしようがねぇんだからよ。

 学者とかなら詳しい説明が出来るんだろうが、俺には出来ねぇ。


「そんな説明で分かる訳ないでしょうがバカアル!」


 そうしてたら、会議室の扉を蹴破る勢いで開けてそんな事言ったのは、俺のパーティーメンバーで、魔術師の『エレナ』だ。

 コイツとは俺が駆け出しの頃からの昔馴染みで、依頼時の作戦の為、色んな魔獣やら魔物の事を調べてるんで、そこ等の学者並みに魔獣とかに付いて詳しい。


「お前なぁ……」


「全く、バカアルに講習させようなんてやっぱり早かったわ……」


 エレナがそう言って、俺を押し退けて机の前に立つ。

 まぁこの講習は俺達に出された依頼だから、誰がやっても良いんだけどよ……


「えー改めて説明する前に、私はエレナ、このバカのパーティーメンバーで魔術師よ。 さて、魔獣と魔物の違いだけど、魔獣はマナに長期間触れた事で体内に魔石が出来て変質した存在、対して魔物はマナがある種の波動を受けて実体化して誕生、それが長い世代を重ねる事で定着したと考えられているわ。 それが顕著なのが迷宮の魔物や魔獣ね。 迷宮の魔物や魔獣を倒すと肉体がマナに分解されるのは、迷宮内のマナで実体化してるけど、生物としては定着してないから、マナが濃い部分の素材の一部とか魔石しか残さない訳ね。 そもそも魔獣って言うのも……」


「エレナ、おい、ちょっと止まれ、新人共が付いて来れてねぇよ。 それに専門的な事なら後で話せって」


 エレナの奴、かなりの凝り性で、魔物とか魔獣とかの事を調べてるから、下手な専門家より詳しいのは良いんだが、説明を始めると止まらねぇ。

 だからか、エレナの説明を聞いて新人達が若干引いてる。


「コホン、それじゃ、皆が思う意外と厄介な魔物って何だと思う?」


 エレナの奴がかなり意地悪な質問を新人達に問いかけた。

 新人達が周囲の奴等と話し合いながら、正解を探してるがまず当たらねぇと思うぞ。


「はい、コボルト!」


「ケイブバット!」


「デスナイト」


「ドライアド!」


「はい、全員ハズレ、他にはいない?」


 新人共が口々に名前を言ってるが、エレナがバッサリと不正解と切り捨てた。

 てか、デスナイトなんて殆ど出て来ねぇし、出たら出たで大騒ぎになる大問題な魔物だぞ。

 まぁ当たるなんて思っちゃいないが……


「あの、ゴブリン……」


 そう言ったのは、後ろの席に座っていた中々ガタイがデカい青年。

 ただ、気が小さいのか、発言したことで注目を浴びた事で小さくなっている。

 しかし、コイツは……


「何でゴブリンだと思った?」


「あの、オラの住んでた村、しょっちゅうゴブリンに襲われて、大人の狩人が罠とか作っても最初だけしか通用しなくて、防衛で柵とか作っても、最初は無事でもその内、弱い所とか結び目とか狙って来る様になるし、収穫時期を狙って夜に畑を荒らすだ。 だから、村にいた大人達が『駆除するのも厄介だ』って……」


 俺の言葉に、青年がオドオドしながら答えてくれた。

 成程、村で過ごしてるうちに知った知識か。

 しかし、そうなると駆除が追い付いてないって事になるが、後でギルマス案件だな。


「はい、正解。 まさか正解が出るなんて思ってなかったわ。 彼の言う通り、意外かもしれないけど『ゴブリン』が最も厄介な魔物になるわ」


「意外かもしれないが、ゴブリンってのは確かに弱い、だが、他の魔物と違ってある事が出来る」


「ある事、ですか?」


「あぁ、ゴブリンはって事だ。 例えば、最弱の魔物であるゴブリンの縄張りの近くに、格上の魔物であるオークがやって来て住み着いてしまった。 しばらくは大丈夫だったが、やがてオークとの縄張りとぶつかり合う様になり、ゴブリンはオークを排除して自分達の住処を拡張したい、と考えたとする。 普通に襲い掛かったとしても、まず返り討ち。 他の魔物の場合、大抵は縄張りを諦めて移動したり、玉砕覚悟で戦ったりする。 だが、ゴブリンの場合は違う。 オークに対して毒を使ったり、森の中で罠を作って誘い込んだり、オークの食糧を先に根こそぎ奪ったりして、十分に弱らせてから襲う。 つまり、存外、ゴブリンってのは頭が良いって事だ」


 だから、最弱の魔物である筈のゴブリンは絶滅せず、今でも生き残ってる訳だな。


「上位の冒険者であっても、ゴブリンを見掛けたら気を付けるわ。 どんな罠が仕掛けられてるか分からないもの」


「はい、例えばどんな罠が考えられるんですか?」


 そう聞いて来たのは、赤毛の髪を短く切り揃えた少女。

 腰の両側に短剣を刺してる事から、斥候職か?

 それなら、罠の事を学ぶのは良い事だ。


「俺が知ってんのは、ポイズンシャークって毒蛇の魔獣から採れる毒を使った毒矢とか、落とし穴に短剣敷き詰めた奴とか、皮膚に付いたらスゲー痒くなる花粉使った泥玉とかか?」


「他にも、幻覚作用のある植物を使ったり、縄張り意識が強い魔獣とかの縄張りに誘い込んだり、逆に群れの中で弱い個体を囮にして誘い込んだりとかするわね」


 囮ってのは一番厄介なパターンで、まだそれを分かっていない初心者とか、手柄を焦ってる奴とか、自分の実力を見誤ってる奴が良く引っ掛かる。

 その結果、大怪我をするだけならまだマシな方で、大抵はそのまま本隊のいる場所に誘い込まれるか、背後から急襲を受けて瓦解し、分断されて物量差で個別に倒されてしまう。


「だから、『ゴブリン1体を見たら30体は隠れている』『逃げるゴブリン程頭が良い』って覚えとけ」


「はい! もしも逃げたゴブリンがいたら、どうやって追うんですか?」


 そんな事を聞いて来たのは、緑髪を肩辺りで切った少女だ。

 急所の部分だけを守る革鎧を身に着けている事から、あまり裕福じゃないんだろうな。

 こういう奴が、功を焦って突撃して散って行くんだよなぁ。

 そうならない様にこの講習会があるんだから、しっかりと教え込まねぇとな。


「まず、逃げてるゴブリンの状態を見る。 囮になる奴ってのは大抵、群れに付いていけない奴とか、群れにいると不都合な奴がやらされるから、痩せてたり、傷だらけだったりする。 そう言う奴が逃げたんだったら、まず俺達は追わない」


「まぁ状況にもよるけど、基本的には余程の事が無い限り追わないわね。 もしどうしても追う必要がある場合は、他のパーティーにも声を掛けて、複数のパーティーで追い掛ける事にするわ」


 ゴブリンの賢さと厄介さを理解してる冒険者なら、声を掛ければ協力するだろうが、良く理解してない奴だと、俺達の事を馬鹿にしてくる。

 だから、ちゃんと事前に調べたり、先輩冒険者の話を聞いたりするのは大事なんだよな。

 後は、引退した元冒険者の爺さんとか、薬師の婆さんとかが意外と良く知ってる。


「魔獣や魔物に関しての情報は、ギルドでも資料として纏めてありますので閲覧可能になっております。 暇な時にでも調べる事をお勧めします」


 受付嬢がそう言う通り、冒険者ギルドは色々と情報を纏めて資料として保管している。

 俺達も駆け出しの頃はちょくちょく利用したなぁ……


「よし、それじゃ座学は此処までにしとくか。 後は訓練場で実際に武器の使い方とか、野営の時のポイントとか、外での注意点とかやっておこうぜ」


 俺の言葉を聞いて、エレナと受付嬢が溜息を吐いている。

 俺の場合、頭を使うより体を動かした方が、得意なんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る