第194話




 その日、冒険者ギルドに併設された大型会議室には、多くの人が集まっていた。

 ただし、集まっている人たちはほぼ全員が成人して間もなくと言う感じで若者が多い。

 違うのは、簡素な革鎧や武具を持っている者もいれば、豪華な板金鎧や武具で武装した若者、剣だけもった者等、何とか必要最低限を揃えた者、財力で成り上がろうとしている者、生活の為に武器だけは揃えた者と様々だ。

 その中でも異彩を放っているのが、無駄にキンキンキラキラした豪華な装飾が施された板金鎧に、無数の宝石や無駄に装飾が施された剣と盾を持っている若者で、その両脇には若者に負けず劣らずの装飾が施された装備を持った少女が二人座っている。

 その3人組が退屈そうに椅子に座って、若者は大欠伸をしている。


「よーし、講習を始めるが全員揃ってるか?」


「予約していた22人、全員揃っていますよ」


 そう言って会議室に入って来たのは、随分とボロい装備を身に着けた冒険者の男と、手にリストを持った受付嬢の二人。

 その二人が会議室正面にある机の前に立った。


「あー、今回の講習を担当する事になった冒険者の『アルカイド』、職業クラスは『重装剣士』、ランクはCになる、俺の仲間も外で待機してるが、まぁ紹介は良いか」


「アルカイドさん、真面目にやらないと駄目ですよ」


「仕方ねぇだろ、こういうのは慣れてねぇんだし……」


 そんな二人のやり取りを、集まっていた面々が見てザワついている。

 そして、無駄に豪華な装備で着飾っていた若者が盛大に溜息を吐いた。


「ハァ、やっぱりこんな講習参加するだけ無駄だな、おい、別にコレ講習は強制じゃないんだろ?」


「はい、この講習に参加するのは少し前は必須でしたが、一部の冒険者達から苦情もありましたので、今ではが、受けずにもし、不利益が出ても冒険者ギルドは一切の保障、責任は取りませんが、それでもよろしいですか?」


「フンッ、馬鹿馬鹿しい、行くぞ」


「あぁ、待ってくださいよー」


「アッシュ、行くなら手始めに近くの平原で依頼を受けてからだな……」


 アッシュと呼ばれた若者と、二人の少女が会議室から出て行くと、アルカイドが頭を掻いて受付嬢の方を見る。

 その視線は、『本当に良いのか?』と言う感じだが、受付嬢の方は手元のリストに赤丸を付けていた。


「えーと『アッシュ』、ドミニク様の注意通り、やはり問題を起こしましたね……要注意にしなければ」


「あー……取り敢えずだ、残った奴等は『受ける』って事で良いんだよな? それじゃ改めて始めるが、この講習はお前達みたいな初心者に対して行われるモンで、現役、引退した元冒険者が依頼を受けて講師を務める事になってんだが、基本的な事を教える事になる、当然、さっきの坊主みたいに『受けなくても良い』なんて考えてる奴もいるが、まぁ知り合いに熟練の冒険者がいたりしない限り、最終的に上手くはいかねぇだろう」


 その言葉で、会議室が再びザワつく。

 簡単に言えばアルカイドは出て行った彼等に対して、『最終的には大成しない奴等』と評価を下したのだ。


「あの、どうしてそう思うんですか? 凄い装備を持ってたみたいですけど……」


「お、そこの嬢ちゃんは良い観察してるな、その観察力は冒険者には大事な事だから大事にしろよ~。 さて、さっきの坊主は確かに良い装備をしてたが、別に『装備が凄いから強い』ってのは初心者に限らず、誰もが陥り易いだ。 あぁ、別に凄い装備が強いってのは間違いじゃないんだ。 上のランクを目指すなら確かに大事な事だが、それは上のランクにはじゃないと通用しない相手が増えるから、自然とそうなっていくってだけなんだよ。 現に、俺の使ってるのはまだコレだしな」


 そう言ってアルカイドが腰の収納袋から取り出したのは、鎧と同じ様に傷だらけの大盾で、その材質は鋼に僅かなミスリルを混ぜた合金だ。

 僅かな装飾が施されているだけで、御世辞にも『強そう』とは見えない。


「コイツは俺がEランク時代から使い続けてるが、修理したり、手直しを繰り返して未だに現役だ。 それでもCランクまでは上がれた訳だ」


「次の大型討伐を成功させれば、アルカイドさん達はCからBにランクアップする予定となっています」


 受付嬢がそう言った事で、その場にいた参加者達がどよめく。

 アルカイドが大盾を収納袋に戻すと、全員の顔を見回す。


「まぁソレはともかくとしてだ、凄い装備だから強い、って訳じゃねぇのは分かったな?」


「は、はい!」


「よーし、それじゃまず最初に夢をぶっ壊すと思うが、冒険者ってのは別に輝かしい職じゃねぇ、ぶっちゃけ、地味な職だ。 よく、吟遊詩人とか御伽噺とかで『冒険者が偉業を達成した』なんて謳ってる奴が多いが、あんなん出来んのはほんの一握りのな連中だけで、大多数の冒険者は毎日、泥臭くて面倒な依頼を受けて、何とか生活してるってのが実情だ。 それで、実力に見合わない依頼を無理に受けたり、実力を勘違いして魔獣に挑んで死ぬ、なんて事を減らす為に、こうした講習をやる事になった訳だ」


「先程も言いましたが、この講習は強制ではありませんが、ギルドとしては受ける事を推奨しています」


「まぁ受けりゃ色々と便利だしな」


 そう言って、アルカイドが背後の黒板に何かを書き始め、受付嬢が参加者達に薄い冊子を配る。


「さて、此処にいる全員に話を聞きたいが、一人一人聞いてたらいくら時間があっても足りねぇからな、俺が質問をするから『そうだ』と思ったら挙手してくれ、まず、冒険者に一番大事なのは『魔物、魔獣を倒す事』だと思うか?」


 アルカイドがした質問に対し、数人の若者が手を上げた。

 それを見て、アルカイドが頷いている。


「んじゃ次の質問だ、『職業は絶対で、職業が上位なら下位より強い』と思うか?」


 アルカイドが次々と質問を繰り返していき、参加していた若者達が挙手したり、隣同士で話をしたりしている。

 そして、十数回の質問をし、黒板にそれが書き留められて、挙手した人数も書かれていく。


「……まぁこんなもんか? さて、今の質問の中には『冒険者に必要か?』なんてのもあった訳だが、実は、挙手した奴は全員だ」


「ハァ!? 冒険者なんて魔獣とかを倒すのが仕事だろ!?」


「そうよ、私達が倒さなきゃ大変な事になるじゃないの、それなのに『遠征するのに必要な着替えと食糧は近くの町で調達する』とか当たり前の事を聞くとか訳分かんない」


 参加していた若者達が口々にそう言っている。

 それをアルカイドが鎮まる様に手で制し、文句を言った二人の方に目を向けた。


「まず、冒険者は魔物、魔獣を倒すってのは間違いじゃないが、一番大事な事じゃねぇ。 冒険者に一番大事なのは『情報を持ち帰る事』だ。 もし、危険な魔獣がいたとして、それを知った奴等が挑んで返り討ち、情報を持ち帰らなかったらどうなる? 魔物が群れを作って町の近くまで来ていたら? そう言った情報を知ったら、挑むよりまずはその情報を持ち帰る事が一番大事な事だ。 その間に誰かによって討伐されるかもしれねぇがソレはそれ。 着替えと食糧は、遠征先がどうなってるか分からねぇのに、行った先で調達するのは基本的に悪手だ。 もし、その町や村で食糧がギリギリだったりして、俺達冒険者に回せるような量が無かったら? 無理に捻出させるのか?」


 最初に文句を言った二人に対して、アルカイドがそう言うと、二人はそのまま黙ってしまった。

 頭を掻きながら、アルカイドが溜息を吐くと、もう一度全員の顔を見回した。


「まぁそう言ったのを教える為の講習だ、全部……とは言えねぇかもしれねぇが、ちゃんと冒険に役立つ知識だから、最後まで参加してくれるとこっちとしても助かるんだわ」

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