第184話




 森の中を歩きながら、周囲を警戒しつつ、変化している場所を見付け出す。

 言うのは簡単だが、実行するのはかなり難しい。


「ふむ、これもただの獣道だな」


 下草が左右に押されている所に、いくつかの小さい足跡が残されている。

 ラムートが言う通り、ここは普通の獣が通る獣道だろう。

 だが、俺達が探している物では無い。

 しかし、ラムートの格好はいつもの様な革鎧では無く、深緑のローブに網の様な物を付け、その網の部分に葉や蔦を絡ませている。

 コレで茂みの中に入って気配を消されたら、斥候職の俺達でも発見するのは難しいだろう。


「発見された足跡からするとこの近くにあるとは思うんだが……何もないな」


 思わず呟く。

 木の上に頭が出る程の巨体であれば、動くだけで痕跡が残る。

 それこそ、木の枝は折れるし、地面には足跡も残る筈だ。

 しかし、ラムートと広範囲を探しているが、見付かるのは普通の獣道のみだ。


「足跡すら見付からないなんて変ですね……」


「もう少し範囲を広げるか?」


「一つでも足跡があれば、ある程度進む方角を決められるんですがね……」


 そう言った瞬間、ガサリと茂みが音を立てた。

 その茂みに向けて、ラムートが瞬時に矢を番えた弓を向け、俺自身は腰の短剣を引き抜き、左手にワイバーンの革を貼り付けた小盾を構える。

 茂みのサイズから、出て来るのはそこまで大きくは無いだろうが油断はしない。

 そして、出て来たのはただの兎だった。

 その兎が、俺達の姿を見て慌てた様に別の茂みの中へと跳び込んでいく。


「……驚かすなよ……」


 短剣は鞘に戻すが、盾自体は構えたまま、兎が出て来た茂みの方を警戒しながら近づいていく。

 小動物が俺達がいる方角へ逃げて来るなんて、本来なら有り得ない事だ。

 つまり、あの小動物は俺達がいても逃げる事を優先したという事になる。

 茂みをゆっくりと掻き分けて、向こう側を覗き込む。


「コイツは……ラムート、少し周囲の警戒をしていてくれ」


「分かった」


 茂みを掻き分けた先にあったのは、ボロボロになったテントと踏み荒らされた野営地跡。

 中央には焚火の跡があり、そこから薪の一本を手に取る。

 やはり、表面は完全に冷えてるな……

 そうなると、この野営跡はそれなりに前の物になるが、誰かが森の中に入っているとは言っていなかったし、こんな場所で野営なんて自殺行為だ。

 此処だと茂みや木々に近過ぎて、忍び寄られたら対処出来ない。


「人数は3人か4人くらい、明らかに素人だな……」


 ボロボロになっているテントの中を調べると、そこには毛布と荷物袋が置いてある。

 その荷物袋を調べると、道具や武具の手入れ道具などが入っており、荒れた踏み跡の足跡も含めて推測すると、人数は少なくとも3人から4人程度。

 ただ、気になる事もある。

 素人だとしても、襲われて碌な抵抗が出来ないままだったのかと言う事だ。

 この野営地跡、荒らされているが血が飛び散っていたりしていない事から、戦闘によって荒れた訳じゃない。

 そして、足跡はブーツ以外だとかなり小型の物があるんだが、こんな足跡は見た事が無い。

 ゴブリンとも違うし、コボルトとも違う。

 これ以上は此処で分かる事は無いな……

 収納袋から粘土の様な物を取り出し、比較的しっかりした形が分かる足跡の型を取っておく。


「そろそろ日が陰り始める時間になりますが、どうしますか?」


「……殆ど手掛かりらしい手掛かりもなかったが、戻り始めた方が良いだろう」


 普通ならまだ明るい時間帯だが、森の中と言うのは意外と早く暗くなる。

 その暗くなった森の中を探索するなんて、余程の実力者でもない限り、ただの自殺行為だ。

 ここでの証拠として、この場にあっためぼしい物は回収し、描き写した地図に発見場所を印しておく。

 後は向こうの奴等が何かを発見してくれれば良いんだが……




 ダルが木の上から小型の弓に矢を番え、音も無く小型の鳥を仕留める。

 この鳥はこの後、戻ってから晩御飯のおかずになる予定だ。

 木から飛び降り、まだ暴れる鳥の首を掴んで一気に捻り絞める。

 こんな事をしてはいるが、ちゃんと俺の方へも気は向けている。


「……なんじゃこりゃ……」


 思わず呟いた俺の目の前には、巨大な足跡だけではなく、明らかな戦闘の跡。

 若干の焦げ臭い臭いを感じ取り、ダルと一緒にやって来たのだが、そこで見付けたのがこの戦闘の痕跡だ。

 そして、地面には巨大な足跡があったんだが、俺の記憶に間違いが無ければ、どう見てもコイツはサイクロプスの足跡ではないし、明らかに数が多い。

 足跡の感じから少なくとも、この場に3体はいた感じだ。


「ナルミン、分かったか?」


「取り敢えず、最低3体はいる可能性が高いんだが……コイツ本当にサイクロプスか?」


 巨体であるサイクロプスは靴などは使わずに素足で行動しており、その足跡も足の指が分かるのが普通だ。

 だが、此処にある足跡は、どれもまるで靴を履いている様な足跡なのだ。

 靴を使うサイクロプスなんてのは聞いた事が無いし、迷宮にいる奴でも、靴やグリープを使っているなんて話は聞いた事が無い。

 そうなると、サイクロプス並に巨体で靴を履く様な相手と言う事になるんだが……


「サイクロプス、違う?」


「少なくとも、俺等が知ってるサイクロプスとは違うな」


 それに、戦闘跡を見る限り、相当激しかったようだ。

 木々の先端や折れた部分は、一部燃えて炭化している所もあるし、地面が抉れている場所もある。

 そして、折れた剣や槍が落ちているんだが、多少の血痕がある程度で、明らかに血痕の量が少ない。

 サイクロプスの再生力は確かに高いが、斬れば当然、傷が塞がるまで出血する。

 コレだけ激しい戦闘をしたのであれば、サイクロプスに一撃も当てられなかったとは考えにくい。


「訳が分からん」


 思わず頭を掻き毟ってしまうが仕方無いだろ。

 もしも、コレが本当にサイクロプスだった場合、靴かグリープを履いた上に斬られても防御出来る防具か、斬撃にも耐えられる皮膚を持っている事になる。

 そんなんもうサイクロプスじゃねぇよ。


「どうする? 進むか?」


 ダルの言葉に少しだけ考えるが、もしかしたら、逃げた奴がこの近くに隠れている可能性もある。

 そうなれば、探さない訳にもいかないんだが……


「少し周囲を調査して終わりだな……もう暗くなっちまう」


 暗くなる前に見付けられれば良いんだが、その可能性は低いだろう。

 燃え残った場所に触れると、まだほんのり暖かい事からそこまで時間は経過していない。

 もしも、逃げて隠れている奴がいるとすれば、ここで戦っていた相手が残って探している筈だ。

 だが、この周囲に何かヤバそうな相手がいる気配は俺には感じられない。


「一応聞くが、ヤバそうな気配はあるか?」


 その言葉に、ダルが首を横に振った。

 口と態度は悪いが、狩人であるダルの実力は本物だ。

 そのダルの感覚でも分からないとなると、この近くにはもういる事は無いだろう。

 そうして、その場から離れて周囲を調査するが、やはり、生存者は発見出来なかったが、別の物を発見する事が出来た。



 森の中で、地面が急に盛り上がった場所があり、そこにぽっかりと巨大な穴が洞窟の様に開いていた。

 そして、無数の足跡がその洞窟に入る様に続いている。


 ダルと一緒に慎重に覗き込む。

 洞窟の中は奥に進むに連れて坂になっており、かなり深い。

 一瞬、出来たばかりの迷宮かと思ったが、迷宮特有のあの独特な感じがしない事から、ただの洞窟の様だが、こんな所に洞窟なんて聞いてはいないし、洞窟が出来る様な地形では無い。

 と言う事は、この洞窟は人為的に作られた物なのだろう。

 村に戻ってコイツの報告をするのは憂鬱だが、時間的にも限界だ。


「頭が痛ぇな……」


 思わず呟いちまったが、コレは仕方無ぇだろ。

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