第181話




 冒険者ギルド『シャナル』支部。

 町の規模は小さいながら、そこまで凶悪な魔獣が出ない上に、ドワーフやエルフがいる為に武具が充実している為に、初心者や駆け出し冒険者が腕試しとして活動するのにぴったりな場所である。

 冒険者の事を良く知らない者からすれば、『冒険者は乱暴者が多い』と思われているが、そう言った者達は大抵、何かしらの問題があって上のランクに上がれず、新しく入ってくる後輩に抜かれたくない為に妨害している様子を見られているからだ。


 そんな冒険者ギルドにやって来たのは、見るからに田舎から出て来たばかりという感じの若者達だった。

 先頭にいる金髪の少年は簡素な真新しい革鎧に、真新しい剣を腰に下げている。

 その後ろには、同じ様に真新しい革鎧に弓を持った緑髪の少女と、短剣を下げた青髪の少女がいる。


「何だよ、碌な依頼ねぇじゃん」


 少年が依頼ボードと呼ばれている壁に張られた依頼を見てボヤいている。

 冒険者ギルドの依頼には、常設依頼と通常依頼、緊急依頼の3種類がある。

 常設依頼は文字通り、常設的に張り出されている依頼で、主に薬草集めや小型魔獣の駆除がギルドが依頼主になっている。

 通常依頼は、一般人や貴族等の依頼をギルドが仲介して受注される依頼の事であり、達成が難しい高難易度の依頼ともなると、特定の高ランク冒険者を指名する事もある。

 そして、緊急依頼はギルドが直ぐに対応しなければ不味い、と判断した場合に発行する物で、スタンピードの様な物では無く、ゴブリンやオークが大規模な集落を形成していた場合が殆どで、過去には意外な所で盗賊退治で発行された事がある。


「此処って出来たばかりなんだから仕方無いんじゃない?」


「そうそう、アタシ達に相応しい依頼なんて無いでしょ」


 後ろにいた少女達がそんな事を言っているが、そんな華やかな依頼が常時ある訳が無い。

 そもそも、この近くには冒険者がこぞって集まる様な、迷宮の様な稼げる場所が無いので、此処にいる冒険者達の目当ては別の物だ。


「坊主共、新人か? だったら、登録しても依頼受ける前にそこで講習受けねぇと依頼は受けれねぇぞ?」


「は? 講習?」


「最近になって決まった事でな、新人の生存率を上げる為に始めたんだとさ」


「やる前は運が悪けりゃ即、死んでたからなぁ……」


 講習では、新人冒険者の生存率を上げる為、簡単な薬草の見分け方や、武具の手入れ方法、野営時の設置場所や決まり事を、先輩冒険者達を講師に招いて教えている。

 勿論、講師となった冒険者にはギルドから金が払われる。


「……ねぇ、こういうのってクズな先輩とかが絡んで来るとか聞いたんだけど?」


「……知らねぇよ、何だよこの和気藹々な冒険者ギルドって……」


 少年少女が何やらひそひそと話をしているが、それをその場にいた他の冒険者達は不思議そうに見ている。

 そして、何かに気が付いたように手を叩いた。


「あぁ、新人に突っ掛かっていく馬鹿がいないって事か?」


「あー……他の所だとそう言う馬鹿はいるだろうからなぁ……」


「どう言う事です?」


 青髪の少女がそう言って、その冒険者達のテーブルに近付く。


「此処が正式に解放された直後くらいは、そんな馬鹿やる奴もいたんだがなぁ……」


「元気が有り余ってんなぁって事で、鬼軍曹に全員、討伐依頼で連れて行かれて、数日で全員逃げてんだよなぁ」


「「「鬼軍曹?」」」


 そんな事を話していたら、冒険者ギルドの入り口が開いた。

 全員の視線がそこに向くが、そこにいた人物を見て全員が目を逸らした。




 ……ギルドから呼ばれたんでやって来てみれば、何か微妙な空気なんだが……

 今ここにいるのは、比較的行儀が良い冒険者だけで、素行が悪い馬鹿共冒険者は全員、特別討伐依頼に連れて行って性根を叩き直すか、圧し折ってさっさと『シャナル』から叩き出した。

 特別と名が付いているが、実際には多少買い取り額が高いだけの雑魚退治を延々と行うと言う物だ。


「あ、レイヴンさん、上でマスターがお待ちです」


 受付嬢が気が付いて声を掛けて来るが、ギルマスが一体何の用だ?

 そうして、受付嬢に連れられてギルマスの所に案内され、3階にあるギルマスの部屋に通された。


「よく来てくれた」


 『シャナル』の冒険者ギルドのギルマスは、『ダストン』と言う名の濃い金髪の中年男性で、全体的に筋肉質でがっしりした体躯だ。

 元冒険者であり、最後のランクはAと言う高位の冒険者だった。

 ギルマスになるまでは大きな怪我も無く、冒険者ギルドから声を掛けられ、丁度良いと言う事で引退してこうしてギルマスになったのだ。


「単刀直入に用件を伝えよう。 ここから5日程離れた村から緊急の知らせがあってな、大至急調査と、可能であれば対象の討伐をして欲しい」


 ダストンの表情を見る限り、かなり渋い事から相当に面倒な相手なんだろう。

 しかし、どんな面倒な相手なんだ?


「村人の話だと、どうにも『サイクロプス』が確認されたようでな」


 ダストンが溜息交じりにそう言うが、『サイクロプス』とは確かに面倒な相手だ。

 『サイクロプス』の討伐ランクはBで、その巨大な体躯から繰り出されるパワーと、胴体を半分以上切断されても治癒してしまう程の回復力が驚異的なモンスターだ。

 しかも雑食性で腐肉であっても食い散らかし、嗅覚も強い為に、餌を求めてかなりの距離を移動する。

 更に、個体によっては魔法にも耐性を持つ個体もいたりして、討伐するには相当な苦労がある癖に、使える素材は殆ど無いという、冒険者からすれば、地味に厄介な相手なのに放置すれば被害は甚大になる為に放置も出来ないという損な相手だ。

 

「本来なら、高ランク冒険者を召還して対応させたいんだが、相手が相手なだけに、時間を掛ければそれだけで最悪の事態になりかねんのだ」


「成程な、それで他の情報は何かあるのか?」


「まず、『サイクロプス』と判明した経緯だが、村の子供が村の入り口近くから、森の中で木の上に一つ目巨人の頭を見た、と言う証言をした後、村にいた男衆が手分けして捜索した所、巨大な足跡を発見、その暫く後から家畜が数頭、被害にあっていると言った所だ」


 ダストンが得た情報は、『サイクロプス』が村の近くに出た可能性を示しているが、どうにも引っ掛かる。

 まず、『サイクロプス』ならば、家畜よりも遥かに弱い村人を狙う。

 ああ見えて、家畜ってのは実際の所かなり強い。

 集団で一塊になって突撃でもすれば、『サイクロプス』であっても吹っ飛ばせるくらいのパワーはあるし、オークの集団を家畜の牛達が恐慌状態になって暴走して轢き殺した、何て話もあるくらいだ。

 しかし、これ以上の情報は実際に村に行ってみなければ得られないだろう。


「分かった。 それに考えようによっては進藤の訓練にも丁度良いか」


 模擬戦だけじゃ変に癖が付くからな。

 偶には強敵との実戦も必要だろう。

 なんかダストンの奴が溜息を吐いてるが何だ?


「いや、それよりも馬車はこっちで用意してあるから、なるべく早く出発して欲しい」


「下にいる使えそうな奴等を連れて行っても良いか?」


「……お前なら大丈夫だろうが何故だ?」


 偶に低ランクの奴を連れて行って、囮に使う馬鹿がいるので、それを警戒しているんだろう。

 俺の場合、実地訓練も兼ねるが、単純に森の中を広範囲で調査する事になるから、俺と進藤だけじゃ手が足りん。

 だから、狩人レンジャー斥候スカウトを連れて行きたいんだよ。


「成程。 それなら同意している奴なら問題は無いだろう」


 既に数人、実力的に申し分ない奴の心当たりは付いている。

 後は、現地での調査次第だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る