第180話
此処『シャナル』ではいくつか流行りがあるんじゃが、今一番の流行りは町の中心から少し外れた所にあるとある店で売りに出されておる物じゃ。
この店はエルフ達が交代で店番をしておるんじゃが、此処で売っておるのはエルフの森で採取されたハーブや果実以外に、時たま売りに出されておる物が争奪戦になる程の人気を奪っておる。
その商品こそ、ベヤヤが作るパンや携帯食料じゃ。
そもそも、どうしてベヤヤの料理を売りに出しておるかという話になるんじゃが、コレは簡単な話で、消費に対して生産が過剰になっておるからじゃ。
最初はハーブティーを作って売っておっただけじゃったが、それが意外と貴族にウケて爆売れして、かなりの額がベヤヤの懐に入った訳なんじゃが、今まではベヤヤが何かを買う訳でも無かった訳じゃ。
が、ここ最近、ベヤヤは色々な料理を作れるようになった事により、手に入ったお金で食材やら調味料やらを買う様になり、それを元にどんどん料理を増産しておる。
結果、ワシ等だけで消費する量を超えてしまった為に、ベヤヤの収納袋にどんどん溜まってしまったのじゃ。
流石に『これ以上作らないように』とは言えぬから、どうしたもんかと思っておったんじゃが、エルフが収穫物を『シャナル』で店を開いて売りに出すと知り、それに便乗してベヤヤの料理の中でも比較的持ち運びが出来る物を売りに出す事にしたのじゃ。
それが、ちょっと焼き過ぎてコゲてしまったパンじゃったり、味がいまいちで改良する予定であった携帯食料じゃったり、塩味が強過ぎた干し肉と言った物じゃ。
ベヤヤの中では失敗作と思っておるので、それなりに安い値段で売りに出しておる。
一番高い物でもベーコンとハムが銀貨3枚。
売りに出した最初の頃は、売れ残ったら店番をしておるエルフ達で消費する様にと言っておいたのじゃが、いざ売りに出した所、売れ残ったのは初日だけで、次の日からは飛ぶように売れて昼までには全部完売してしまう様になり、今ではメインと言っても良い程の売り上げとなっておる。
携帯食料とベーコンとかの保存が効くものは、冒険者連中やドワーフ達、町の兵士の一部が購入し、パンは町の住民が購入しておる。
他にも、ベヤヤが作っておるハーブティーも一緒に売りに出しておる。
そのハーブティーも、エルフから融通して貰ったハーブをベヤヤが畑を作って育て、自分でブレンドした物じゃ。
今ではイチゴみたいな果実も作り始めておるようで、畑とは別のプランターの様な物で育てておる。
そして、『シャナル』で甜菜が収穫される様になった事で、遂にベヤヤが待ち望んでおった砂糖が比較的安価で手に入る様になったのじゃ。
まぁ甜菜から砂糖を作るのは地味に面倒なのじゃが……
ベヤヤの目の前で、火に掛けられた鍋が、くつくつと湯気を出しておる。
鍋の中は大量の甜菜を小さく細切れにした物が入っておる。
それをベヤヤがゆっくりじっくりと温めておるんじゃが、この時、強力な火力で熱するとトンデモない味になるのじゃ。
なので、弱火でじっくりと熱するしかないんじゃが、兎に角時間が掛るのじゃ。
それをベヤヤは日が昇る前からずっとやっておる。
いや、朝食が準備されておったのは良いんじゃが、家の裏に作ったベヤヤ専用のオーブン窯の所で作業しとるなーと思ったら、甜菜糖を作っておるらしい。
どうやって作るのかの方法も調べた様で、ベヤヤの持っておる手帳にメモ書きして、それを見ながら火の調節をしておる。
まぁワシはやり方を知らんから、ベヤヤの好きなようにやって欲しいのじゃ。
煮詰めた鍋の中を漉し、出来上がった甜菜液をさらに煮詰める。
この時に灰汁が大量に出るから、それを兎に角取り続ける。
コレが成功したら、砂糖が手軽に手に入る様になるから料理の幅が広がるんだが、兎に角時間が掛るな……
しかも、出て来る灰汁の量がすげぇ量だ。
ひたすらに取っていると、どんどん液の量が減っていく。
手に入ったレシピだと、琥珀色になるまで煮詰める必要があるから、まだまだ煮詰める。
そうしていたら灰汁が出なくなったんで、その状態を少し維持した後、皿に流して冷やし固める。
そして出来上がったのは、色は茶色だが舐めると甘い砂糖。
コレで料理の幅が広がる!
煮出した物は、庭の一角にある落ち葉の山に混ぜて、しばらく放置すれば良い肥料になるだろ。
「グァ……(さて……)」
俺の目の前にあるのは、
形は丸く、良い香りはするんだが、食べるとほんのりと甘いだけで、正直味として考えるならそこまで美味い訳じゃない。
それを活かす為の良いレシピは随分前から知っていたんだが、砂糖を大量に消費するから気軽に試せなかったんだよな。
それが、シロップで煮込む『コンポート』って奴だ。
今回、砂糖が自作出来たから、やっと試す事が出来る。
果実を洗った後、ある程度の厚みで切って芯を取り除いて鍋に並べ、砂糖と水を入れて酸味のある果実を搾って煮込む。
クツクツと弱火で煮込みつつ、他にも複数の鍋を用意して同じように煮込むんだが、こっちは皮を剝いた奴やハーブを加えたりした奴だ。
ハーブを加えれば風味が変わるし、皮が無いだけでも食感が変わる。
果肉が透き通って来たら、火から鍋を外して冷ましていく。
完全に冷めた奴を一つ口に放り込むと、果実の香りと甘味が広がる。
完成したコンポートは、熱湯でショウドクした瓶の中にそれぞれ煮込んだシロップごと並べ、ハーブを使った奴には分かる様にメモを貼り付けておく。
そして、コンポートが出来たら作りたい物があったから、次の材料を取り出す。
コレは、パンを作る際に使うコワの実を削ったコワ粉と、手に入る様になったバターを混ぜて冷やして伸ばして折って、と繰り返して準備しておいたちょっと特殊な生地だ。
円形の鉄皿を準備し、その生地を鉄皿に敷いて、煮込んでいる最中に形の崩れてしまった奴を擂り潰して生地に塗り広げ、その上に形が綺麗に出来たコンポートを綺麗に並べ、別の生地を細く切って編み込む様にして上に被せる。
更に外周部分にも、余った生地を使って蓋をする様に被せて、小さく切ったバターを網目の中に放り込み、それとは別に溶かしたバターを網目に塗る。
出来上がった物を、温めておいたオーブン窯に滑らせる様に放り込む。
コレで後は焼き上がりを待つだけだ。
使った道具を洗いながら、焼き上がりを待っている間、周囲にはトンデモない香りが漂い、山から吹き下ろす風が村の方に流れてちょっと騒ぎになっちまったんだけどな。
家に戻ったら、ベヤヤがアップルパイならぬ、エリクスパイを作っておった。
エリクスの実は、エルフの森で栽培されておるリンゴによく似た果実じゃ。
香りは良いんじゃが、味としては微妙だったのを、この
数日前、バターを注文して受け取っておったのは、コレの為にパイ生地を作っておったんじゃな。
急に甜菜糖を作っておったから、大量に使う目的があるんじゃろうとは思ってはおったが、まさかスイーツを作れる様になっておるとは予想外じゃ。
因みに、味は最早文句の付けようがない程で、ベヤヤのハーブティーと一緒に食べると最早、一流パティシエが作ったと言われても不思議は無い程の味じゃ。
ううむ、コレは早急に卵の安定供給を考えねばならんかもしれん。
卵が安定して手に入る様になれば、更に美味い料理が喰えるようになるかもしれんしのう。
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