第179話




 さて、白銀龍殿の襲来は予想外じゃったが、少し前から考えておった事を形にしようと思うのじゃ。

 ベヤヤを連れてワシがやって来たのは、現在ゴゴラ殿達が活動しておる工房じゃ。

 工房は『シャナル』の端の方にある工業地区と定めた場所にあるんじゃが、少し前からある物を作る為にドワーフ連中が引っ切り無しに出入りしておる。

 それが蒸留装置なんじゃが、未だに成功しておらぬらしい。

 何でも、小型サイズでは成功したんで大型化させたらしいのじゃが、アルコールを安定させて揮発させる温度を維持するのが難しい上に、揮発させたアルコールを冷却して液体に戻す作業が難しいという事で、現在は安定して蒸留出来る様に魔道具化させる為に、アレコレ改造しておる最中じゃと言う。

 まぁそっち蒸留装置はドワーフの趣味じゃから、ワシの方を優先して欲しいのじゃ。




「で、なんじゃ?」


「うむ、実は随分前から考えておった事があるんじゃよ」


 椅子に座って腕組みしたゴゴラ殿の目の前に、ワシが取り出して見せたのは数枚の設計図じゃ。

 それをゴゴラ殿が手に取って見ておる。

 そして、『ふーむ』と唸り声を上げておる。


「コイツは……荷車か?」


 そう、その設計図に描いてあるのは荷車じゃ。

 従来の荷車は、荷台に直接車軸と車輪が組み付けられておるタイプで、地球でも使われておった物によく似ておる。

 構造が単純である為、簡単に作れるし修復も簡単に出来るんじゃが、とある問題点を抱えておる。

 それが、悪路の影響がダイレクトに積荷へと伝わってしまう事じゃ。

 この異世界の積荷の保護方法じゃが、木箱の中に麺の様に細く削った木屑を詰めておる物もあれば、おが屑を詰めておる物、何も入れずにギチギチに物を詰める物と様々じゃが、長距離を移動する行商の場合、仕入れる際には3割は駄目になると思って仕入れるらしいのじゃ。

 収納用の魔道具もあるにはあるのじゃが、アレは値段が高い上に流通しておらん。

 ワシの様に作れる者もいるじゃろうが、高性能な物は総じて高ランクの素材を要求してくるから、高性能な物は一つ金貨ウン百枚なんてレベルで売りに出されるのじゃ。

 じゃから、荷車での移動はそこまで遠くには行けず、道中で魔獣や盗賊、夜盗に襲われて逃げねばならなくなった場合、悪路を全力疾走する事になって、衝撃を受けた積荷の大半が駄目になる可能性が高くなる訳じゃ。

 この異世界は魔法がある為に、科学技術の発展が遅れておるので、荷車も単純な構造のまま使われておるという訳じゃ。

 そこでワシが考えたのは、地球では衝撃吸収の為に作られたあり触れた技術である『サスペンション』じゃ。

 バネによって衝撃を受け止める事で、荷台への衝撃を最小限に抑える。


 設計図には、板バネとサスペンションを組み合わせた物を描いたのじゃ。

 コレが実現すれば、荷車だけでなく馬車にも利用出来るのじゃ。

 で、何故に今更?と思うじゃろう?

 そもそも、ワシが長距離を移動する場合、ベヤヤに乗って自身のアイテムボックスに荷物を収納しておるんで、馬車とか荷車とかを使う事が無いんじゃよ。

 ワシは使わぬがあって困る物でもないし、何より、衝撃に弱い製品を格安で輸送出来る様になるのじゃ。

 本当ならベアリングもあれば良いんじゃろうが、アレは中の玉を完全均一にしなければ効果を発揮出来ん。

 いくらドワーフが鍛冶が得意じゃと言っても、限度があるじゃろうし完全均一の物を大量に作るのでは機械には勝てぬじゃろう。

 ゴゴラ殿がワシの説明を聞いて、設計図の線を指でなぞっておる。


「成程、車輪と車軸で受ける衝撃を、コイツで分散する訳か」


「実現出来れば荷車だけじゃなく、馬車にも使える様になるから便利になるじゃろ」


 それなりの家柄以上の者が所有する馬車には、必ずと言って良い程クッションが備え付けられておるんじゃが、それの理由がこの衝撃対策なんじゃ。

 しかも、コレはそれなりの家柄以上に限った話で、街中を走っておる辻馬車や、貧乏な下位貴族ではクッションなんて洒落た物はおいておらぬ。

 そうなるとダイレクトに衝撃が伝わってくるんで、馬車に慣れておらぬ者は、その衝撃で尻が大変な事になる訳じゃ。

 因みに、ワシが乗った事がある馬車は、ニカサ殿に連れられて乗った王家が所有しておる馬車じゃが、クッションが備え付けられておった。

 しかし、ある程度舗装がされておる王都でも、それなりに衝撃を受けたのじゃから、郊外や森の中を走っておる時は相当な衝撃を受ける事になるじゃろう。


「……構造的には分かるんだが……こんなん作った事ねぇから成功するか分からねぇぞ?」


 別に期限は無いから、成功するまで試行錯誤して問題無いのじゃ。

 特に細さを均一にせねばならぬスプリングは難しいじゃろうからのう。



 そして始まる大改造。

 荷車を数台用意し、出来上がったパーツを組み付けてどんどんテストしていくんじゃが、当然、最初の頃はぶっ壊れまくっておる。

 一度、曲がり角を曲がろうとしたら、サスペンションに使用したスプリングが折れて勢い良く横転、運転しておったドワーフが骨折しておる。

 荷車自体は壊れてもドワーフが直ぐに直せるんで良いんじゃが、怪我に関しては治療院での治療を受けさせる事になっておる。

 と言うより、骨太で頑強な体躯をしとるドワーフが、荷車の横転で骨を折るなんてどれだけ速度を出しておったのやら……

 同時に板バネも試しておるんじゃが、此方も結果は思わしくはない。

 原因は単純な事で、使っておる鉱石由来の素材が適しておらんのじゃ。

 地球では板バネは鉄以外じゃとステンレスとかを使っておるんじゃが、当たり前の事で異世界にステンレスは無い。

 そこで、鋼鉄や鉄を主軸にした合金を試しておるんじゃが、強度が足りずに圧し折れたり、逆に強度があり過ぎて衝撃を吸収出来んかったり、ドワーフでも苦戦しておる。

 日夜、ゴゴラ殿達が合金の比率を前にして唸っておる。

 そうしておったら、大型蒸留器を作っておったドワーフ連中の方は完成したらしく、安く手に入ったエールを蒸留しておる。

 この異世界での酒事情じゃが、基本的に穀物から作られておるエールが主流で、果実を原料にしたワインの様な物は貴族が趣味で作らせておる程度で、蒸留が必要な酒は無いのじゃ。

 因みに、大麦で作られておるエールを蒸留すれば、ウィスキーになるのじゃ。

 まぁ美味いウィスキーにするには長い時間が必要なんじゃが、そこはちょっと考えがあり、大型蒸留器が成功したら提案する予定じゃ。

 ワシは年齢の関係で飲めんし、酒の味はドワーフに任せた方が良いじゃろう。

 そして蒸留成功をドワーフ連中が喜んでおるんじゃが、蒸留した酒を一口飲んで顔を顰めておる。

 まぁそれは当然じゃろう。

 本来は蒸留した酒を樽に入れて、年単位で寝かせて熟成させる必要があるんじゃもん。

 それを説明したら、ドワーフ連中ががっくりと崩れ落ちておるが、ワシの方でちょこちょこっと小細工する事にしたのじゃ。

 酒が大好きなドワーフが、年単位で待てる訳も無いしのう。

 樽の一つを用意し、その内部に時間を魔法陣を刻み込む。

 コレで、中に注いだ酒は数倍の速度で熟成される事になるのじゃ。

 当り前じゃが、普通に熟成させる樽も用意しておるぞ?

 強制的に熟成させる方法と、自然に熟成させる方法で味に変化が出るのかも調査するからのう。

 因みに、通常熟成の樽はミアン殿が責任をもって保管する事になったのじゃ。

 蒸留酒とが成功したら町の収入源になるからのう。

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