第176話
『長ーまた来たよー! でも守護者担当が対応してまーす!』
私が他の皆と薬草に魔法を掛けていたら、見回りに行っていた部下の一人がそんな事を言いながら、森の浅い所から飛んできました。
思わず溜息が出ますが、別段問題は無いでしょう。
私達妖精を保護してくれると言った人族が、専用の守護者達を作り、森に配備してくれました。
私達は、種としても珍しい為に、素材だけでなく愛玩用として過去に乱獲された過去があり、今までずっと人に見付からない様に隠れておりました。
今回、こうして正式に保護してくれる上に、専用の守護者まで用意して貰えました。
対価として、妖精にしか育成する事が出来ない薬草や、私達の羽根から採る事が出来る『鱗粉』を定期的に渡す事になっていますが、薬草はともかく『鱗粉』は無理の無い範囲で良いという話です。
そして、部下が言っていた『また来た』と言うのは、私達を狙う密猟者の事です。
まぁ守護者ゴーレムの性能を考えれば、密猟者程度の腕ではどうやっても勝てないでしょうが、最近では、部下達の中に守護者を独自に改造する者達も出てきましたから余計でしょう。
さて、今回の密猟者達はどうなる事やら……
そんな事を考えながら、私達は薬草に魔法を掛け続けるのでした。
少し前に発表された『特別妖精保護区』と呼ばれる森。
そこには当然、一攫千金となる『妖精』がいるという事で、捕獲出来れば貴族連中に高く売れるし、商人からすれば貴重な素材も採れるとなりゃ、違法と分かっても買い取ってくれる。
まぁバレたらヤバいんだが、普段から幻獣種とも呼ばれる魔獣を相手にしてる俺達くらいの腕になりゃ、取っ捕まる事なんて無いからな。
そう思いながら、暗くなった森の中に仲間と一緒に慎重に入っていく。
そして、まずは周囲の確認。
妖精にしろ何にしろ、森の中で生活しているのであれば必ず痕跡がある。
折れた木の枝や、不自然に落ちた木の葉、採取された形跡、それらを総合して判断していく。
相手が妖精であっても、基本的な所は変わらない筈だ。
「なぁ、本当に妖精なんていんのか?」
そんな事を言ってるのは、俺達の中では新参者で、つい一月ほど前に入れた新しい荷物持ちだ。
俺がそんなヘマする訳ねぇし、そもそも、この発表は貴族がした物だ。
面子を大事にする貴族サマが、適当な事を言う事はしねぇだろう。
「でもよぅ、妖精を手に入れたなんて聞いた事ねぇし、最近、同業者が捕まってるって話だぜ?」
「ハッ、そんな二流と俺達を比べてんじゃねぇよ。 大体、今回はただ偵察して本当にいるのかの確認と様子見するだけ……」
そう言ったら、近くの茂みからガサガサと音がする。
片手を上げて全員の動きを押さえ、声を押し留めて慎重に茂みに近付いて覗き込む。
すると、そこには数匹の背中に小さい羽根を生やした少女の様な奴等が、地面で何か作業の様な事をしているのが見えた。
コイツ等が目当ての妖精族だ。
一匹捕まえて貴族に売り飛ばせば、それだけで金貨数百枚は下らない。
それが少なくとも3匹いる。
俺が指を3本立てて3匹、その指を正面に向けた後に地面に向ける事で、妖精が目の前で地面にいる事を仲間に教える。
今回は様子見の予定だったが、捕獲出来そうで幸先が良いな。
「本当にいやがった……」
「……よし、ネットと籠を準備しろ」
「おい、大丈夫なのか?」
心配そうに新人が言うが、此処で妖精を手に入れば後は逃げるだけだ。
3匹もいれば、相当な額で貴族連中が買うだろう。
俺等が使うネットはマナを使って強化されて、対象に付くと貼り付いてちょっとやそっとじゃ抜け出せない特殊な魔道具だ。
妖精を入れる予定の籠も、本来は小型の鳥型魔獣を入れておく物で、中に入れると魔法や能力を使えなくなる物だ。
ただ、どっちも値が張る上に、入手するには面倒な素材が多いんで持ってる奴は少ない。
大抵はどっちかの魔道具しか持っていないのだ。
「安心しろ、こっちはプロだぞ? ヘマなんてしねぇよ」
ネットの魔道具を持った二人が左右に別れ、別々の方向から妖精目掛けてネットを発射し、拘束出来た妖精を籠に放り込んで、後はさっさと逃げる。
それだけの簡単な仕事だ。
「おわっ!? 何だコイツ!?」
「ギャァッ!!」
俺は籠を持ち、左右に別れた二人が魔道具の先を妖精に向けたのを確認し、いつでも飛び出せる様に構えた瞬間、左右の二人がいた所で叫び声が聞こえて来た。
そして、その内の一人が吹っ飛ばされて背後の木に叩き付けられた。
なんだ!?
「何だコイツは!?」
茂みを掻き分ける様にして出て来たのは、全身が鈍い銀色に輝く巨大な蜘蛛と蛇。
蜘蛛の後ろには、魔道具を撃つ予定だった仲間の一人が倒れている。
ただ、俺にはこんな
「クソッ! 逃げるぞ!」
「仲間を置いていくのかよ!?」
「一緒に死にてぇなら勝手にしろ!」
新人が馬鹿な事を言いやがったが、あの二人はもう駄目だ。
助けるには、目の前の蜘蛛と蛇を倒さねぇといけねぇが、俺達に倒せる様な相手じゃねぇ。
瞬時に失敗した事と、この場から逃げる事を選択し、一目散に駆け出そうとしたが、俺の足を何かが掴んでその場にスッ転んだ。
慌てて足を見ると、ベットリと白いナニカで靴が地面に固定されて、全く動かせなくなっている。
「クソッ! クソクソクソッ!!」
腰に付けていた短剣を引き抜き、そのナニカに突き立てるが『カチン』と金属の様な音が響くだけで、欠ける様子も無い。
何度も短剣を振り下ろすが、全く通用しない。
「うわっやめっギャァァァッ!」
そうしていたら、新人の奴が蛇の尻尾で打ち付けられ、森の奥に吹っ飛ばされて茂みの中に落ちた瞬間、更にそこから空中へと吹っ飛ばされた。
そして、現れたのは見た事も無い甲虫。
全体的に丸っこいのだが、頭部と思わしき部分からは先端が枝分かれした角を持ち、蜘蛛や蛇と同じ銀色の体を持っている。
それがのそのそと茂みの中から現れたのだ。
「一体何なんだよっ!」
ガシガシと短剣を擦り付ける様にして、白いナニカを引き剥がそうとしていたが、そんな俺の目の前に3匹の妖精が飛んできた。
そして、銀色の奴等の前で何かやってやがる。
『ピィ!』
『チィ? チチィ!』
『キゥ? キュゥ……?』
何言ってるか分かんねぇが、どうやらこの銀色の奴等と妖精は何かしらの繋がりがあるようだ。
しかも、妖精は銀色の方に対して何か怒ってやがる様にも見える。
だが、それなら好都合だ。
この場を切り抜けりゃ……
が、それがただの俺の勘違いだと気が付いたのは、俺の背後から新たに現れた巨大な銀色の蜘蛛に吹っ飛ばされた瞬間だった。
そして、俺達は全員、蛇の尻尾と角付きに滅多打ちにされてズタボロになり、地面から伸びて来た蔦にギチギチに巻かれ、そのまま、その角付きに引き摺られて森の外に放り出された。
『長! 証を持ってなかったから、みつりょーしゃ?は全員倒しましたです!』
『全員、守護者で叩きのめして蔦でスマキにして放り出したのです!』
そんな事を言ってやってきたのは、巨大な蜘蛛ゴーレムに乗った妖精達でした。
この守護者は、事前に用意された物では無く、この子達が用意されていた物を参考にして作った新しい物ですが、何と言うか凄く厳つい見た目となっています。
全体的に二回りは大きくなり、相手の攻撃にも耐えられる様に足は太くなっています。
ただ、事前に用意されていた蜘蛛型にある『トリモチダン』と言う拘束用の攻撃は出来なくなっています。
その代わり、相手に牙を突き立てて麻痺させる攻撃が出来る様になっています。
『あまり危ない事はしない様に。 ヒト族には欲深く、狡猾な者もいるんですからね?』
『『ガッテンです!』』
そんな返事と共に、妖精達は森に飛んでいきましたが……
あんな返事、何処で覚えて来たんでしょうか……
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