第162話




 崩落した倉庫は土砂も被った事で鎮火したが、発生した毒煙は早々に無くなる事は無い。

 まぁそこまで危険な毒では無かった筈だが、多く吸い込めば危険な事に変わりはないからな。

 だが、油断は出来ん。 

 無人だった倉庫が燃えた上に、そこから毒煙が発生するなんてありえんだろう。

 儂の魔法が強ければ、土魔法で壁を作って覆ったり、水魔法で鎮火させたり出来るんじゃが、儂の魔法はそこまで強くない。

 なので、かなり強引な方法を取ったが、もしも、儂が対処しておらねば毒煙に気が付かず、集まった民衆が吸い込み、そのまま風下にも流れて大きな被害が出たじゃろう。


 大慌てで兵士がやって来たが、現場を見て絶句しておる。

 その兵士に、同じ様な事が他でも起きる可能性があると伝え、その際には必ず発生する毒煙に注意する様にも伝える。

 そして、儂はそのまま門の方へと走ったが、門では予想外の事が起きておった。




 そこでは正しく死屍累々と言った状況になっており、門を守っていた兵士が倒れている。

 慌てて近付いてみたが、死んでおる訳では無く、麻痺しておる様だ。

 王都にある外壁門は跳ね橋式であり、通常は左右にある操作室で操作する事で上下させるのだが、その右の操作室へ続く扉が破壊されている。

 慌てて中の様子を伺うと、中からは何かを叩き付ける様な音が聞こえて来る。

 その音はどう聞いても、戦っているというより、扉を破壊しようとしておる音だ。

 左側も気にはなるが、現在進行形の右側をどうにかしないといかんだろう。

 そうして飛び込んでみれば、部屋の扉の前で二人の人間が手にツルハシの様なハンマーを持っているのが見える。

 そして、それを扉に叩き付けていた。

 それを見て一気に加速し、二人が儂に気が付いた瞬間には儂の両手が二人の顔面を掴み、扉へと叩き付けていた。

 この二人組だが、顔の下半分をマスクの様な物で隠しておるだけで、別に何処にでもいる様な特徴のない男達だ。

 それでも、扉を破壊しようとしていた以上、今回の件を考えれば間者の可能性が高い。


「中に誰かいるか!」


 二人の意識が飛んで完全に沈黙したのを確認し、扉を叩いて声を掛ける。

 しばらくそれを繰り返した所、ガチャリと扉の鍵が開いた。

 そして、内側から出て来たのは鈍く光る腕。


『おせーよ』


 扉を開けたのは、『強化外骨格』を着込んだムっさんだった。

 その後ろでは、数名の兵士がぐったりしており、その介抱を美樹殿とカチュア殿がしている。


「何があった?」


 部屋にある固定用のロープを使って、気絶しておる二人を拘束しておく。

 そして、ムっさんがその拘束した二人を掴んで持ち上げた。

 後は併設されている牢屋に放り込んでおけば、一応は安心だ。


『こいつ等が何か投げてきやがった後、煙みたいなモンが広がって、兵士共がバタバタ倒れやがった』


「バート達は?」


『そこは知らねぇが、反対側にいるんじゃねぇか?』


 そうして外に出ると、反対側の方からバート達が出て来た。

 そして、その背後からは儂達と同じ様にロープで拘束していた奴等を引き摺っている。


『そっちも無事だったのね』


『取り敢えず、軽く尋問したんだがコイツ等何も喋らねぇ』


 縛り上げられた奴等の見た目は、先に儂が倒して拘束しておった者と同じで、そこ等辺にある様な服を着ているが、布の様な物で顔の下側を隠しているだけで、特徴と呼べるような物は無い。

 だが、麻痺毒が撒かれたのに動けていたという事は、予め解毒薬を飲んでいたか、それとも鼻や口を隠している布が特別な物なのだろう。


「ヴェルシュの奴等だろう。 兎に角、毒を撒かれておったのに良く守ってくれた」


『まぁ……偶然なんだが……』


 バートが何か言い辛そうにしておるが、どういう事だ?

 そう思ってノエルの方を見ると、儂の背後の方を見ておる。

 儂の後ろにいるのは、ムっさん以外には美樹殿とカチュア殿しかおらぬが……


『実は陛下の前で『強化外骨格』を使用した際の、消費した分のマナを充填しておこうと、外に天幕を用意して美樹さん達に充填して貰っていたんですが、一緒に微調整もしておこうとなりまして……』


 成程、陛下達の前で見せた際、マナを消費しておるからそれを充填するのは不自然では無いが、何故言い辛そうにしておるのだ?


『実はその際、美樹さんが兵士に『強化外骨格』を見られてしまいまして……』


 なんでも、調整用に使っておる工具を置いた台が崩れ、かなり大きな音がした事で兵士達が慌てて入ってしまい、まだ機密状態だった『強化外骨格』を見られてしまったらしい。

 ただ、その後、直ぐに襲撃を受けたので、結局は多くの者に目撃されただろうが、あの時点ではまだ機密だった為、それを見られてしまった事は迂闊だと思っているらしい。


「その程度なら問題はない。 それに、これからもっと多くの者に見られる訳だしのう」


 儂の言葉とほぼ同時に、門の向こう側から多くの兵士が此方に向かって来ているのが見える。

 どうやら、防衛に向かったグリアム卿達が戻ってきたようだな。




 そして、戻ったグリアム卿達から聞いた話を纏めると、ゴーレムには魔法が直接は通用しないが、魔法によって発生する影響は無効化出来ない様だという。

 それならば、無力化させるのは簡単だが、問題は『城壁崩し』がいる事だ。

 アレの強さは獣人の中でも飛び抜けておる。


「つまり、『ヤツ城壁崩し』は儂が相手するしかない、と言う事だな?」


「残念ですが、ゴーレムと同時に相手をするとなると、我々では戦闘不能にする事はおろか、押さえておく事すら出来ません」


「儂の部下が数名、馬事ぶっ飛ばされておる。 あの膂力は驚異的だ」


 マルクス卿が地図上に置いた駒を動かしながら言う。

 そして、グリアム卿の言う通り、奴の力なら馬ですら吹っ飛ばす事が出来るだろう。

 下手に持ち堪えようとしなくて正解だ。

 その兵士達は現在、治療の為に別室に運ばれておる。


「ルーデンス卿には『城壁崩し』を相手をしてもらうが、もう一つの問題はゴーレムに付いてなのだ」


 グリアム卿曰く、ゴーレムは単体であるなら脅威ではないのだが、数が揃うと対応し切れなくなる。

 その為、バート達も協力をして欲しいと言う。

 具体的には、二人で組んで一体ずつを相手して欲しいらしい。

 相手となるゴーレムは5体、儂がゴーレムに乗っておる筈の『城壁崩し』、バートとノエルで1体、美樹殿とカチュア殿で1体、グリアム卿達率いる騎士団と魔法師団が3体を相手すれば、ゴーレムの数は5体となる。

 ムっさんはもしもの為に城壁で待機となる。


「それでは、それを踏まえた防衛地点は此処になります」


 マルクス卿が指示した地点は、もうほとんど王都の目と鼻の先と言う程近い。

 本当なら、ここまで近い場所は選ばないのだが、相手の進行速度と迎え撃つ準備をした上でとなると、この地点しかない。

 後は、どれだけ早く準備を整えられるかに掛っている。

 儂等の準備は早く終わるが、グリアム卿達の方が間に合わないのだ。

 少なくとも、今いる兵士達は全員、今日の出撃で完全疲弊状態になっている為に、このまま連続しての戦闘行為は不可能となる。

 出来たとしても、攻城兵器を準備する程度だろう。


 儂等が急いで準備をし、交代の兵士達と共に防衛陣地へと向かい、収納袋とアイテムボックス持ちの兵士達が、分解して収納していた攻城兵器を組み立てる。

 アイテムボックス持ちの兵士と言っても、容量はそこまで大きくはないが、一人でもいれば兵站も含めて、かなり物を運ぶ事が出来るので重宝している。

 そして、準備が整った頃、ズシンズシンと言う足音が響いて来た。

 どうやら、ギリギリ間に合ったようだな。

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