第161話




 グリアム殿達が撤退を決めたと早馬での知らせを受け、儂等も防衛陣を構築していく。

 あの二人が率いる部隊が撤退を決めたというのも意外だが、連絡に戻った兵士の話を聞いて納得する。

 ゴーレムの強さは予想通りだったが、そこにあの『城壁崩し』がいるのでは、流石に難しいだろう。

 これがゴーレムだけとか、『城壁崩し』だけならどうにかなるだろうが、両方を同時に相手をすれば、片方に対処している間に、もう片方から攻め落とされる事になる。

 コレは英断だろう。


「『城壁崩し』には儂が対応するしかあるまい」


「ゴーレムの対処は、魔法の直接攻撃が出来ないとなると、撃破そのものは難しいですね」


 儂等の目の前には、王都を中心とした地図が机に広げられている。

 王都防衛策はいくつも準備されているのだが、流石に、複数の巨大ゴーレムが攻めて来るなんて事を想定した防衛策など考えられてはいない。

 なので、当初はスタンピード防衛線を参考にしようとしたのだが、魔法による直接攻撃が出来ない為に難しい。


「グリアム殿がやっていたように足止めに徹するのが一番だろう。 美樹殿達の予想なら、マナを吸収させなければ、稼働時間が伸びずに停止する」


「もしその予想が外れていたら……」


「それこそ神に祈るしかあるまい」


 儂と防衛部隊の隊長である『ユシウス=トコン』が、地図を見ながら防衛の為の話し合いをしていると、部屋に別の兵士が駆け込んできた。

 一体何事かと思ったが、緊急伝令として陛下が儂を呼んでいるらしく、大至急、王城へと来て欲しいと言う事だった。

 防衛の為にアレコレと準備しているのだが、それよりも優先する事態とは一体何事だ?

 防衛策に関してはノエルに引継ぎ、儂は伝令の兵士と共に王城へと急いで向かった。




 大急ぎで王城へとやってきた後、そのまま王城に併設されている騎士の詰所に通され、とある部屋へと案内された。

 そこは頑丈な扉に、高い位置に明り取り用の小さい窓が一つあり、硬い石材を積み上げて構築された部屋。

 所謂、『尋問室』と呼ばれる部屋であった。

 その中央にある椅子に、黒いヴェールで顔を隠した小柄な人物が一人座っていた。

 体系と服装からして、恐らく女性なんだろうが長袖に長いスカートと、殆ど肌を見せていない。


「……さて、大至急と言う事だが一体、どういう事だ?」


 儂を案内した兵士によると、儂等が防衛の為に出発した後、この女性が王城へとやって来て、『マリオン殿』に会わせて欲しい、もしくはこの手紙を渡して欲しいと言い始め、恋文かと思って拒否をしたのだが、中身は恋文などでは無く危機を知らせるもので、このままでは大変な事になると言われ、女性を一時拘束し、そんな危険な事が起きるのであれば上に連絡が行けば良かろうと、隊長格が女性の許可を得てから手紙を開封し、内容を検め、その内容から本当に危機であると判断したが、そんな内容を知っている女性には、間者の疑いがあるとして、そのままこの部屋にて待機して貰ったのだという。

 それで陛下に報告し、その陛下が儂を呼んだという訳か……

 しかし、随分と大人しい間者だな。

 此方に寝返るつもりか?


「まず、儂が彼女の話を聞くが、お主達は直ぐに門へと増援を送っておくのだ」


「それは既に手配済みです」


 うむ、素早い判断だ。

 さて、それでは彼女の話を聞くとしよう。

 ガチャリと儂が扉を開けると、ヴェールの向こうの視線が此方へと向いたのが感覚で分かる。

 そして、儂は彼女の目の前にある椅子へと腰掛けた。


「こんな所で済まない。 状況が状況なのでな」


「……問題ありませんし、寧ろ、当然の事でしょう」


 ふむ、自身の置かれた立場を完全に理解している様だな。

 それなら、余計に解せぬ。


「率直に尋ねるが、お主はクリファレスとヴェルシュ、どっちの国から派遣されておるのだ? 勿論、答えんでも良いが……」


「帝国です。 帝国陸軍特殊部隊に所属して……名前の方は……今は御容赦下さい」


「過去形と言う事は……」


「はい、私は脱走兵となります。 ずっと身を隠していたのですが、帝国は私を見付け出し、新たな任務を私に……」


「その内容と言うのが、この手紙に書かれている、王都外壁の門を開放する、と言う事、なのだな?」


「私に出された指示はそうですが、恐らく、他の面々にも別の指示が出されている筈です」


 彼女の言葉を考える。

 まず、外壁にある門を開放するというのは、王都に迫っているゴーレムを通す為だろう。

 だが、元特殊部隊に所属していたとはいえ、彼女一人で出来るだろうか?

 クリファレスとヴェルシュに比べ、我が国はそこまで強いという訳では無いが、王都を守る兵達は精鋭を揃えているし、それこそ、王都防衛の要ともなる門には、実力のある者達が配備されている。

 それを突破した上で、門の開閉装置を操作して開放するのは一人では無理だ。

 ともなれば、必ず王都の中で陽動や扇動が行われ、兵達を其方にも割く事で門の守りを手薄にしようとするだろう。


 そもそも、これは彼女の言っている事が本当であるとした場合だ。

 これで彼女の受けている本当の命令が、陛下達を狙う事であったら、ここで儂等が対処に動けば監視が減り、楽に目的を達成出来るだろう。

 彼女を部屋に残し、儂は別室にいる対処した兵士に話を聞く事にした。


「身体検査を行った女性兵士によると、武器は所有しておらず、拘束も素直に受けていました」


「ふむ、武器を隠して持ってもいなかったのだな?」


「はい、その兵士の話では見付けられなかったそうですが、少々気になった所が……」


 その兵士がそう言うと、自身の頬や腕を指差した。

 ふむ?


「皮膚のかなりの部分が黒くなっていたそうです。 それこそ、顔から腕、脚から胴等、まだらな部分もあれば、完全に真っ黒に染まっていた所もあったそうです」


「日焼けでは無いのか?」


「そう言う感じでは無く、まるで炭の様に黒くなっていたそうで、最初は防具か何かだと思ったそうですが、腕を触った感じは皮膚そのものだったそうです」


「……病気の後遺症とか火傷とかか?」


 そう聞いたが、理由に付いては語ってはくれなかったらしい。

 一応、他人に感染するような病気とかではないとは言っていたらしいが……

 しかし、皮膚が黒くなる、のう。

 何か比較的最近に、そんな話を聞いた事がある様な気がするのだが……

 儂が腕を組んで必死に思い出そうとしておるのを、兵士が心配そうに見ておる。


「……そうか


 少し前、ミアン殿から魔女様が『変異薬』を使用した人物を探しておる、という事を聞いていたのだ。

 『変異薬』は副作用だか後遺症だかで、皮膚が黒くなってしまうという問題点があり、現在は取引も調合も禁止されている。

 特殊部隊に所属しておったなら、『変異薬』を使用しておったとしても不思議ではない。

 そして、アレだけ肌を隠した状態で王都に入れたという事は、恐らく何処かに抜け道があるのだろう。

 つまり、あの者には王都の土地勘がある、と言う事だ。


「まさか、彼女は……」


 儂がある考えに至った瞬間、窓の外からドーンッという音が響いて来た。

 慌てて儂が外を見ると、王都の一部で黒い煙が上がっている。

 どうやら、陽動を担当しておる奴等が動き出してしまったようだ。

 儂は兵士に彼女の監視を続ける様に言うと、急いで外に飛び出して黒い煙が上がる場所へと向かう。


 煙を上げておったのは、今は誰も使っておらぬ一軒家程度の小型倉庫の一つで、何事かと思った民衆が集まって来ておる。

 ただ、中には誰もいなかった事で人的被害はないのだが、陽動を目的としておるなら、必ず何かを仕掛けておるだろう。

 そう考えた瞬間、儂の鼻孔が微かな刺激を感じ取った。


「全員その場から離れよ! 毒煙だ!」


 儂の声で、近くにおった民衆が慌てた様に離れていく。

 その民衆を飛び越え、儂が倉庫へと駆け寄り、その左の拳にマナとは別の力を纏う。

 陛下には後で謝罪あやまれば良い!


「我が拳にて砕き穿て! 『地轟爆拳アースクエイク・ナックル』!」


 儂の拳が倉庫の根本の地面に突き刺さった瞬間、巨大な爆音と共に大量の土砂が、倉庫に降り注ぎ、更に、出来上がった巨大な穴に倉庫が崩れて落ちていく。

 これで、毒煙がこれ以上、拡散する事は無いじゃろう。

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