第160話



 防衛戦。

 迫る複数の巨大ゴーレムに対し、グリアム将軍達は王都より数日離れた場所で防衛戦を展開、マルクス副団長が率いる魔法師団により動きを妨害され、鈍った所に強力な縄を使った拘束をされていた。


『コイツ等!? なんで魔法を使わねぇんだ!?』


 ゴーレムの一体がメイスを振り回すが、それを掻い潜った騎馬兵がゴーレムの足元に杭の様な槍を突き刺して走り抜けて行く。

 マルクス副団長がそれを確認し、部下達に指示を出して、その槍に付与された魔法を開放させると、一瞬でゴーレムのいる地面がぬかるんで、ゴーレムが足を取られて更に動きが鈍くなっていく。

 ゴーレムには魔法陣で魔法を分解、吸収する機能があるが、今回のは、槍の先端から魔法によって水を生み出し、同時に先端部が地面の中を破砕する事で一気にぬかるみを発生させた為、ゴーレムが分解、吸収する事が無い。

 更に、そんなゴーレムに向かって巨大な岩が飛来し、一発がゴーレムの一体に直撃して横倒しにした。

 コレは、グリアム将軍が用意した攻城兵器の投石機に、王都の石壁の修理の際に使い道が無かった微妙にサイズが足りなかった石材を投げ飛ばしている物だ。

 当然、マナなど欠片も使っていない。

 グリアム将軍達は、始終ゴーレムの動きを阻害し続け、直接戦闘をとにかく避けていた。

 それだけで、ゴーレム側からすれば致命的な事だった。

 魔法で攻撃されないからマナの補充が出来ず、進軍しようにも妨害されて足元はぬかるみ、進むのに相当な時間が掛っている。




「彼女に言われた通り、あの様子だと相当に効いている様だな」


 隣に立って双眼鏡を使い、戦況を見ているグリアム卿が言うが、余りにも簡単過ぎる。

 確かにアレだけ巨大なゴーレムであれば、強力なパワーと耐久力でごり押ししてくれば止める術はない。

 だから、こうやって足止め出来ているのは奇跡に近い。


「このまま終われば良いのですが……」


「……そう簡単にはいかんようだ」


 その言葉でグリアム卿の眉間に皺が寄っている。

 戦場を見れば、ゴーレムの背後から何かが飛び出し、倒れていたゴーレムの背に飛び降りていた。

 その手には巨大なタワーシールドを持ち、厳つい重鎧に身を包んでいる兵士。

 その兵士が勢いよく駆け出すと一気にジャンプして、ぬかるみを越えてしまった。

 そして、それに向かっていった騎馬兵が槍を突き出したが、あっさりと盾で受け止め、一瞬で槍の内側に潜り込まれ、その拳で殴られた。

 問題だったのは、殴られて吹っ飛ばされたのが、乗っていた兵士だけでなく、馬ごと吹っ飛ばされていた事だ。

 しかも、そのまま周囲にいた別の騎馬兵に襲い掛かり始めている。

 あの兵士、何という力だ。


「あの盾……まさか……」


「グリアム卿、一旦兵を引かせます」


 グリアム卿が何かに気が付いたようだが、あの兵士の登場により、騎馬兵が対処出来ずに戦線が崩壊している。

 このままでは、全滅するのも時間の問題と判断し、空中に火球を複数打ち上げ、一時後退を決める。

 吹き飛ばされた兵士達を別の兵が救助し、当初の予定通りに騎馬兵は散り散りに逃げて後退する。

 我々も後退するのだが、遠くに見える兵士は追撃して来る訳でも無く、その場で立ったまま此方を睨んでいるだけだった。




「それで、一体何を見たのですか?」


 部隊が再集結した状態になり、腕を組んでいるグリアム卿に声を掛ける。

 あの距離ですと、私でもあの兵士はタワーシールドを持っている、というのが分かるだけになるが、双眼鏡で見ていたグリアム卿は何かに気が付いていたようだ。

 私の言葉に、グリアム卿が腕組みを解く。


「……見間違いでなければ、あの兵士はヴェルシュ帝国の『城壁崩し』と呼ばれる象の獣人だ」


「アレが『城壁崩し』ですか……」


 私が近衛魔法師団に入隊するより前、ルーデンス卿が戦った事があると言っていた獣人で、凄まじい力を誇る。

 その力で強固な城壁を破砕した事から、付いた渾名が『城壁崩し』。

 ルーデンス卿も『黒龍を除けば、奴が最も強かった』と言っていた程だ。


「奴がいる以上、兵を差し向けても悪戯に消耗するだけだ。 何か策を考えねば……」


「確かに、ゴーレム以上に厄介な相手ですね……」


 予定外の『城壁崩し』の登場は、既に早馬によって王都へ報告を送ったので、何かしらの指示が来る事になるだろう。

 ならば、我々が出来る事はこの場で耐え抜く事だが、魔法を使おうにもゴーレムによって使える魔法は少なく、『城壁崩し』によって兵士を分散する訳にもいかない。

 このままでは耐える事すら難しい状況に陥っていた。


「何処まで相手が出来るか分からぬが、『城壁崩し』を孤立させ、儂が相手をするとしよう。」


 グリアム卿の職業クラスは『天魔騎士』と呼ばれる上級職であり、バーンガイアでも勝てる者は片手で数える程しかいない。

 ただ、それでもルーデンス卿には勝てないらしいのだが、そのルーデンス卿と引き分けた『城壁崩し』を相手にするのは……


「では、援護に私も……」


「いや、マルクス卿にはゴーレム相手の指揮を執って貰いたい。 そして、儂が倒れた場合、救助は考えず、部隊を率いて撤退をして欲しい」


 我々二人が此処で倒れるのは避けたいと考えているのだろうが、二人で相手をして倒すなり無力化するなりした方が良いのではないか、と提案したが、グリアム卿の考えでは、恐らく我々二人でも倒す事は出来ず、無力化させる事は出来るだろうが、相当な時間が掛るだろうと予想していた。

 その根拠になるのが、ゴーレムの技術以外に、少し前にヴェルシュ帝国へと送られた『黄金龍の爪』の存在。

 もしもアレを素材として装備に使っていれば、対魔法能力も飛躍的に伸び、生半可な魔法では通用しない事になる。

 実際、『シャナル』から流れて来た同じ素材を、王都で購入して実験的に盾に使用した際、私が本気で撃ち出した『フレアジャベリン』ですら、耐える事が出来てしまったのだ。


「……いえ、ここは王都ギリギリまで引きましょう」


 私の考えでは、ここで我々が戦い続けても、ゴーレムと『城壁崩し』を同時に相手をする事はまず不可能、それどころかジワジワと押し潰される事になるだろう。

 それに、此処で軍部のトップでもあるグリアム卿を失うのは、バーンガイアにとっては大きな痛手となる。

 それならば、ここは敢えて引き、作戦を練り直した方が良いだろう。

 これは普通の部隊を相手にするならば、始終追われる事になる為に無理な事だが、あのゴーレムはそこまで足が速い訳では無いから出来る事だ。

 確かに巨体である為に歩幅は大きいが、その速度は騎馬の速度よりも多少早い程度で、我々が引く速度より遅い。

 もしも『城壁崩し』が此方の意図を読んだとしても、コレばかりはどうにもならない。


「致し方ないか……全軍撤退! 防衛線を下げる!」


 グリアム卿の掛け声を受け、その場にいた騎馬兵を含む全兵士が撤退を開始する。

 負傷兵も多くいるが、幸いな事に死者はおらず、王都へと戻れば治療して復帰出来るだろう。

 此処まで運んで組み上げた攻城兵器だが、放置して再利用されては大問題となるので、出来ぬ様に破壊していく。

 初戦は我々の敗北と言う形になるが、相手の情報を得られただけでも良しと考える事にした。




 我の前からバーンガイア軍が撤退していく。

 流石に我と巨大ゴーレムを相手にするのは不可能と判断したか。


『隊長、追撃しますか?』


「フン、その鈍重なゴーレムで追い付けるのであればな」


 我の言葉を受け、ゴーレムに乗っているは黙り込んでいる。

 足止め策を受けた際、我の様にゴーレムを捨てて戦っていれば、半数は倒せただろう。

 だが、この腰抜け共はそれもせず、ゴーレムの中に引き籠ったまま戦っていた。

 このゴーレムは大賢者が作った物だが、陛下の命令とはいえ、自らの力を信じる筈の獣人が、こんな物に頼らねばならぬとは情けない。

 溜息を吐きながら、我に充てがわれているゴーレムに歩くが、此処で問題が起きた。

 ゴーレムの一体がマナ不足に陥ってしまい、このままでは王都付近まで行った所で機能停止してしまうという。 


「他のゴーレムからマナを融通しろ、それで王都付近まで行き、マナ回復を優先して待機しておけ」


 本当に溜息しか出ん。

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